第三楽章(13)

 摩耶子は立ち止まって、そのビルを見上げた。

 仕事柄、この道を通ることは少なくない。渋谷駅前に建つそのビルの前を歩く度に、摩耶子はトオルとばったりと出食わすのではないかと心臓がドキドキするのだった。通りをゆく人々の顔を見ながら、どこか落ち着かない。その反面、トオルを探している自分がいた。

 思い切ってエレベーターに乗れば、トオルに会えるのかもしれない。あのはにかんだ笑顔が、自分を迎えてくれるのかもしれない。でも、その一歩が踏み出せないまま、今日も摩耶子は歩道橋を駆け上がる。


(何があなたを躊躇させるの?)


 うつむいた自分に問いかけるも、明確な答えは返ってこなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る