第134話 秘密会談と掴まされた爆弾




 愛紗、麗花、詩音の三人はそのままフリーズしてしまった。


「みんな、どうしたの?」


 事情の知らない、ミカナ先輩は首を傾げる。


「いやぁ、先輩……なんていうか、その病院は彼女達にとっては『鬼門』っていうか、触れてはいけない『禁断の領域エリア』っていうか……」


 愛紗のお母さんと麗花のお父さんが嘗て勤めていた病院だ。

 んで詩音のロシア人のお母さんが、遊井の母親とママ友だっけ?


 すっかり縁を切ったとはいえ、これまでの彼女達が受けた傷跡はすっかり心に刻み込まれていて当然だろう。


「「「…………」」」


 瞳孔を見開いたまま硬直を続ける我らが『三美神』。


 完全に思考が停止してしまったようだ。

 例えるなら『蛇に睨まれた蛙』状態だろう。


 こうなりゃ、刺激療法で親父とお袋がカンボジアで写した『遊井の見習僧』写真でも見せるか?

 いや、それはそれで彼女達が発狂しそうだ。


「……まっ、いざって時は変装して行きましょう」


「そっだね。そん時だけ髪の毛元に戻すわ……ウィッグもありだね」


「わたし顔立ちがお母さん似だから、伊達眼鏡とマスクして行くよ」


 それぞれ自分に言い聞かせるように妥協案を言い出している。

 まるで敵アジトか魔王城に乗りこもうとする意気込みだな。


 ただ、ミカナ先輩のお母さんのお世話しに行くだけなのに……。


「その時は、俺も同行するよ。それなら怖くないだろ?」


「「「うん!」」」


 俺の提案に間髪入れず返答する女子三人。

 素直過ぎて可愛い……いかん、これから一緒に過ごす上で間違いを起こさないように自重しないと。


「サキくんって本当にみんなに好かれているんだね……でも気持ちはわかるわ」


「え? なんて?」


 ミカナ先輩の何気ない言葉に俺は戸惑い聞き返す。


「気持ちがわかるって言ったの。もう言わないよーだ、うふふふ」


 なんかいつもの先輩に戻ったようだ。

 これはこれで良かったかな。


 それに、愛紗達も『恩のあるミカナ先輩の協力のため』っという口実……じゃなく、目的で俺の家に泊まってくれるわけだしな。


 いざって時は言い訳……じゃなく説明もできるだろう。


 また誰かに後ろ指をさされることもあるまい。


 この時は、そう高を括っていた――。






 ~壱角 亜夢side



 わたくしの大親友である、『神楽 美架那』ことミィちゃんが学校をしばらく休むことになった。


 その間、彼女の弟妹ていまいは後輩である『神西 幸之』くんのお家でお預かりすることになっている。

 天馬様を初め、わたくしも何か協力できることはないか伺うも、ミィちゃんから……。


「大丈夫だよ、心配してくれてありがとね」


 と、微笑んで返されてしまいました。


 きっと彼女なりの事情があるのだろう。

 しかし、やっぱり――寂しい気持ちも抱いてしまう。

 友達なら、本当はもっと頼ってほしいのに……。




「――可笑しくね、それ?」


 お屋敷の客間にて、お兄様の『勇魁』がお友達を招き入れていた。


 いつも一緒にいる『鳥羽とば 堅勇けんゆう』くんと『勇岬ゆうさき 茶近さこん』くんだ。


 ――天馬様の姿はありません。


 お兄様は天馬様を呼ばずに、よくこの二人だけをお屋敷に呼んで親密に会談を開いたりしています。


 かれこれ中学の頃でしょうか。


 お兄様が、この二人を天馬様に紹介し、今のような関係性に至るようになりました。

 なんでも「武士は相身互あいみたがい」のような間柄だとか?

 つまり自分と立場が同じで助け合う仲だそうですわ。



 わたくしは人数分の紅茶を用意し、ソファーでくつろぐお兄様達にお出しする。


「可笑しいって何がだい、茶近?」


「なんで、ミカちゃんは後輩の神西を頼らなければならないんだよ? 普通、頼るんなら親友の亜夢ちゃんだろ?」


「……お兄様、わたくし席を外しますわ」


「亜夢、今キミのことを話しているんだ。ここに座りなさい」


 お兄様に勧められ、わたくしは「はい」と返事をして隣に座る。


「なのによぉ、どうして亜夢ちゃんを飛び越えて神西なんだ? 親戚とか幼馴染でもないだろ?」


「直接知り合ったのは体育祭前だっけ? 確かに重要なことを気軽に頼める間柄ではないと思う……けど、神西君は甘いが悪い人間ではない。僕はそう評価している」


「……しかし、勇魁。彼の女癖の悪さも有名だぞ」


 堅勇くんは言いながら、懐から写真を取り出しをテーブルの上に置く。


 ――サキくんが『三美神』と呼ばれる彼女達と仲良く触れ合っている姿が写っている。


「まぁ、確かに『三美神』の話は有名だが……だが、そもそも幼馴染だった『遊井 勇哉』が悪いだけであって、神西君は巻き込まれた立場だ。特別に非はないだろ? その後の『王田 勇星』の件は寧ろ社会のクズ排除に貢献してくれている程じゃないか」


「それに女癖の悪さはケンユの方がダントツじゃね?」


 お兄様に続き、茶近くんが笑顔で茶化してくる。


「他のレディ達なら恋愛は自由だ。好きにすればいい……だが、ミカナに関して別枠の筈だ。違うかい?」


 堅勇くんの言葉に、お兄様達は黙り込む。


 彼ら三人とも以前から、ミィちゃんに対して淡い恋心を抱いていた。

 なんでも卒業と同時に告白して、恨みっこなしで彼女に選んでもらうと誓いあっているらしい。


 仲良しである天馬様はそのことを知らない……。


「……神西君を粛清するべきだと言いいたいのか、堅勇?」


「出る杭は打つべきかと……あの調子に乗ったクソアイドルみたいにね」


 そう、あのディニーズ事務所のアイドル『御手洗 勇李』も対象者だった。

 これまでも、お兄様達三人は会談を開き、小悪党以外にも彼女に近づく者や危害を加える者を影で粛清している。


「彼は悪人ではない……正直、僕は気が引ける」


「それに神西って相当強いんだろ? チンピラを20人抜きしたり、王田の顎砕いたり、つい最近だと空手家と戦って勝ったって……」


「ボクらなら問題ないだろ?」


 普段の変人ナルシストとは異なる、堅勇さんの冷静な口調。

 彼の家は、表向きは不動産王と呼ばれる会社を経営しているが、実は裏社会にも精通している。

 さっき、茶近くんが言っていたサキくんの情報もその経由から得た内容らしい。


「ボクシングをベースにした我流だと聞く。それこそ『王田家』の執事長の息子からの手ほどきも受けているらしい」


「浅野か? あいつって『暗器』とか使うだろ? それこそ一番やばいじゃん」


「前は相当ヤバかった猛犬だったが、今じゃ『主』を失った野良犬だ。ボクなら勝てるさ」


「そりゃ、ケンユなら大丈夫だろうけど……」


 自信満々の堅勇くんと異なり、茶近くんは慎重派である。


「……とにかくだ。神西くんとは今度ジークンドーを教える約束もしているからね。僕からも探りを入れてみるよ……それまで保留にしてくれないか?」


「らしくないな、勇魁。随分とあいつの肩を持つじゃないか?」


「堅勇、勘違いするなよ。僕は手を下すのは『悪』とそれに加担する連中だけだ。僕は神西君を『悪』だと思っていない。寧ろ、王田に代わって生徒会副会長を引き受けた善人じゃないか?」


「そんなの東雲がいるからだろ? その後も南野や北条もついて来てんじゃん」


「おまけに1年でバスケ部の美少女も神西に夢中らしい」


 どうやら茶近くんと堅勇くんにはサキくん恋愛事情が筒抜けのようですわ。


「だからって、誰かを泣かしたり迷惑を掛けてもいないだろ? 他人をやっかむのはやめた方がいい。キミ達こそ、らしくないんじゃないかい?」


 良かった……どうやらお兄様はサキくんの擁護派のようですわ。

 先日の『遊園地』で遊んだ件で彼の誠実な態度に好感を抱いているみたいです。


 わたくしも、サキくんと接している限りでは、そんな軽い男の子とは思えません。

 とても誠実でお優しい方という印象です。


 現に、ミィちゃんもサキくんのお話をする時はとても嬉しそうに――……。


 嘘、まさか?


「――まぁ、神西君が僕らのミカナに手を出そうとするなら話も変わるが、弟妹さんの件はミカナからの要望で彼も善意で引き受けたことだし、流石にそれはないだろ?」


 お兄様がそう言った瞬間――。



 ピロリン♪



 わたくしのスマホにLINEメールが入る。


 ミィちゃんからだ。


 何気に見た内容に、わたくしは瞳孔が開くほど魅入ってしまう。



 ――しばらく、サキくんのお家で泊まるらしい。



 ……こ、これって非常に不味くありません?


 もし、この場でお兄様達に知られたら……。


 わたくしは何かとんでもない爆弾を持たされた気分に陥った。




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