第133話 女神の要望と、ドン引く三美神
「……泊まるって言ったんですか? ミカナ先輩が?」
聞き返す俺に、先輩はこくりと頷く。
そのまま上目遣いで見つめてくる。
年上の先輩なのに、その仕草がとても可愛らしく思えてしまう。
「だ、駄目かな?」
「いや駄目というか……いきなりすぎて驚いちゃって、一応どうしてって理由を聞いてもいいですか?」
「じ、実はね。今回のお母さんの入院で金銭的にも困っていて……学校を休みながら、お母さんの付き添いをして……あと、バイトを増やそうと思っているんだ。まだ先生や麗ちゃんには話してないんだけど……ね」
生徒達のアルバイト届の把握は生徒会が担っている。
会長である麗花は勿論、副会長の俺も名簿など管理しているのだ。
「他に頼る当ては? 亜夢先輩とか?」
「遊びで泊まりに行くのとは違うの……結構切実な話だから……いくら親友でもアムちゃんには頼りたくないの」
「どうして?」
「……なんか施しを受けるみたいでしょ? だから嫌なの」
俺ならいいのかな? でも気持ちはわかるかもしれない……。
きっと誰よりも苦労している分、本来はああいう桁外れの金持ちに苦手意識があるのかもしれない。
別にミカナ先輩なら、俺は構わないんだけど……。
「や、やっぱり駄目だよね? そこまで、お願いするなんて図々しいし……」
「いいですよ」
「え?」
「ミカナ先輩にはいつもお世話になっていますから、この家でよければ落ち着くまで住んでください」
「ありがとう、サキくん!」
ミカナ先輩は声を弾ませて両手で俺の手をぎゅっと握ってくる。
初めての触れ合いで胸が高鳴ってしまう。
危ない、危ない……自重、自重……。
愛紗達とでさえドキドキして慣れてないのに、ましてやミカナ先輩となんて想像もしてなかったからな。
だけど……あれ? 待てよ?
何か忘れてない?
「――あっ、愛紗達も泊まるんだ!」
「え?」
「あっ、いやぁ……こっちの話で」
「やっぱり迷惑?」
「いえいえ……空き部屋はありますのでご安心ください」
つーか、ミカナ先輩に彼女達が期末テストまで泊まりに来るって知られた時の反応の方がやばいよ。
絶対に怪しまれてしまう……。
今度は『寝取りの神西』じゃなく『ふしだら神西』とか噂が広まりそうだ。
「そうそう、先輩。期末テストはどうするんです?」
「勿論、その日だけは登校するわよ。でも勉強する暇はないから受けるだけになりそうかな……まぁ私、進学希望じゃないから別にいいし」
「勉強なら、ただで24時間教えてくれる人いますよ」
俺は何気、ソファーで萌衣ちゃんとくつろぐ夏純ネェに視線を向ける。
「………」
何故か本人は仏頂面でしれっとしている。
ミカナ先輩は不思議そうな顔で、俺と夏純ネェを見比べているので、ここは説明が必要だろう。
「こちらのお姉さんは『神西 夏純』っていって、俺の親戚の人でね。保護者として一緒に住んでもらっいるんだけど、一応某有名大学を出ていて頭だけはいいんだよ。今はただのニートだけどね」
「どうも~、頭だけはいい、社会人ニートで~す!」
すっかりひらき直りやがって……ムカつくわ~。
「へ~え。お姉さん、とても綺麗だから別事務所のモデルさんだと思ってたのに……頭も凄くいいんですね?」
「……美架那ちゃんって言ったわね? 事情は昨日サキちゃんから聞いたわ。今時の学生なのに凄く苦労していて、はっきり言ってとても好感が持てるわ……けど、一つだけお願いあるの」
「なんです?」
「そろそろ、私の従弟の手を離してもらっていい?」
「あっ、ごめん、サキくん……」
夏純ネェに指摘され、ミカナ先輩は申し訳なさそうに慌てて握っていた両手を離した。
しかし俺としては、まったく嫌ではない。
寧ろ、いつも生足や胸の谷間を見せてくる露出度の高い親戚の従姉より、余程健全な触れ合いだと思う。
「い、いえ、俺は全然……それより夏純ネェ、勉強の件はいいだろ?」
「もちのロンロンよ。後で教科書とノートを見せて頂戴。秘技『山当ての法則』でばっちりテスト対策してあげるわ」
んな秘技なんて持ってたのかよ……。
すっかり忘れてた。
夏純ネェは、女子力以外はハイスペックな姉ちゃんだったんだ。
けど、もちのロンロンって一体何?
「ありがとうございます、夏純さん!」
ミカナ先輩は丁寧に頭を下げている。
普段、威風堂々っとしている人なので、こういう謙虚な姿勢の彼女もとても新鮮だ。
正直、凄く可愛い……思わず守りたくなる。
ピンポーン!
不意にチャイムが鳴った。
あっ、早速か……。
俺は玄関に向かうと案の定、愛紗と麗花と詩音が立っていた。
しかも長期滞在を想定したフル装備だ。
「や、やぁ……」
「サキ~! また誰か女の子、上がり込んでいるでしょ~!?」
また詩音が鋭い直観を働かせてくる。
なんでわかるんだ? エスパーかよ……。
「ミカナ先輩だよ。大切な弟妹さんを預かっているんだ、来て当然だろ?」
「な~んだ。ミィカさんか……ミィカさ~~~ん!」
詩音は大声で叫びながら上がり込む。
すっかり自分の家だな……まぁ、いいや。
「サキ君、美架那さんは元気そう?」
「ああ、まぁ……でも結構大変みたいなんだ。それでちょっと協力しようと思ってね」
麗花がタイミングよく切り出してくれたので、俺は彼女がしばらく家で泊まる旨を説明した。
「わたしはいいと思うよ。美架那さんも安心して頑張れると思うし……でも、やっぱりサキくんは優しいね」
「いやぁ、愛紗……その節では俺も助けてもらったから」
「そうだね……わたしも美架那さんに協力してあげたい」
愛紗は『お父さん』の件で、ミカナ先輩に助けてもらっている。
勿論、俺もだ。
彼女が協力してくれなかったら、あれほどの円満解決には至らなかっただろう。
「私も生徒会で、あの人にお世話になっているから何か協力してあげたいわ……期末テスト勉強とかどうなのかしら? 三年生の問題でも教科書とノート見ればなんとか……」
「一応、夏純ネェが教えることになっている。頭だけはいいからね」
「流石、夏純さんね……本当、尊敬しちゃうわ」
駄目だよ、麗花。あんな社会人ニートを尊敬しちゃ……。
「サキくん、私達、邪魔にならない?」
愛紗が心配そうに見つめてくる。
「そんなことないよ。みんなで、ミカナ先輩を支えてあげような」
「うん」
「そうね」
これも、ミカナ先輩の日頃の行いってやつだな。
お金はないけど人徳はある人だってつくづく実感する。
「――サキ~! ミィカさんも一緒に泊まるって、あたし聞いてないんだけどぉ~!?」
リビングで詩音が吼えている。
いちいち説明するの面倒だから、そのまま彼女に聞けばいいのに……。
そう思いながら不要なトラブル回避のため、俺は詩音にも説明する。
「……そっかぁ。わかったよ、ミィカさんがバイトの間、あたし達で入院中のお母さんの看病をしてあげるよ!」
「本当、しぃちゃん!? 超助かるよ~!」
ミカナ先輩は嬉しさのあまりに、詩音に抱き着いた。
「そうね、いいアイデアだわ、詩音。私も協力いたします」
「勿論、わたしもです、美架那さん!」
「麗ちゃんに愛ちゃんまで……本当にありがとう、みんなぁ!」
ミカナ先輩は瞳を潤ませ、頭を下げながらお礼を言っている。
なんか俺まで目頭が熱くなってきた……。
愛紗に麗花に詩音……本当に、優しくていい子達だと思う。
こういう子達と、いつも一緒にいれて俺はとても誇りに思える。
ん? でも……あれ? 待てよ?
確か、先輩のお母さんが入院している病院って……確か。
「ミカナ先輩、あれですよね? お母さんが入院している病院って……」
「――遊井病院よ」
「「「えっ!?」」」
ミカナ先輩の一言で、『三美神』達は硬直する。
無理もない――
何せ、あの因縁深き元幼馴染である『遊井 勇哉』の両親が経営する病院だからだ。
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