第109話 思わぬ加護
俺と直樹さんは立ち止まり、ビクッと体が跳ねる。
やはり他に仲間がいたのか!?
俺は拳を握りしめる。
もう、やるしかないと思った。
キッと鋭い眼光で、後ろを振り返る。
「――やっぱり神西くんだぁ。また会ったね~?」
神楽先輩だった。
動きやすいデニムパンツを履いて、黒Tシャツの上にカーディガンを羽織る大人っぽい私服姿である。
しかし背中に大きなボストンバッグを担ぎ、もう一つ同じ大きさとタイプのバッグを両手で重そうに持っていた。
「せ、先輩……どうして、ここに? バイトは?」
「終わったわ。これから次のバイトに行くところよ」
「その荷物は?」
「さっきバイトで使った衣装と小道具が入ってるわ。ついでに頼まれて、これからクリーニングに出すところ」
「そうですか……大変ですね」
俺は溜息を吐きながら、ホッと胸を撫でおろす。
「ところで愛ちゃんは?」
「ええ、ちょっと別なところにいまして……」
「そちらの方は?」
神楽先輩は微笑みながら、直樹さんに視線を送る。
「え? ええ、知人です」
「ふ~ん、さっき言ってた会う目的の人?」
「そうですね、何か?」
やたら食いついてくる神楽先輩に俺は眉を顰める。
今の状況で呑気に世間話している余裕はない。
はっきり言ってスルーしてほしいところだ。
「……愛ちゃんに似てるね。お父さん?」
「え!?」
「…………」
ずばり言い当てられ、俺は固まってしまう。
直樹さんは否定も肯定もしない。
つーか、なんで見ただけでわかるんだ?
エスパーか、この先輩は!?
すると、遠くから板垣達の姿が見える。
5人いた連中が3人に減っている。
俺が倒した2人は放置して、自分らだけでも追ってきたって感じだ。
向こうも相当必死なのだろう。
しかし蛇のようにしつこい連中だ。
「すみません先輩、急ぎますので!」
俺は直樹さんの腕を引っ張り先を急ぐ。
神楽先輩は俺の様子に何かを感じたのか、後ろをチラッと見た。
「――神西くん、こっちよ!」
彼女はいきなり、俺の手を握りしめたかと思うと、そのまま狭い裏路地へと引っ張られた。
「神楽先輩!?」
「追われているんでしょ!? 逃げるわよ!」
まるで全て見透かされているように先輩は言った。
この人、ガチでエスパーじゃないのか!?
だけど味方には変わりないので、俺と直樹さんは素直に彼女について行く。
「たまにはいいわね、こういうの! 映画みたい! もうスリル満点!」
先頭でやたら声を弾ませる、神楽先輩。
まさか楽しんでませんか?
その後、神楽先輩の案内で迷路のような裏路地を走った。
「……どうやら追って来ないわね。ここで体を休めながら作戦を練りましょう」
神楽先輩は足を止め、服が汚れるのを気にせず座り込んだ。
俺と直樹さんも彼女にならい同じように座る。
「神楽先輩……どうして?」
「この辺はバイトガールの私にとって庭みたいなものよ。どこに入って、何処へ抜けるか全部わかってるわ。追って来ないってことは、まかれる可能性を危惧して手分けして出口付近で待ち伏せしている筈よ。あるいは私達が引き返すのを想定して入口付近で待っているか……」
「いや、そうじゃなくて、どうして神楽先輩が俺達を助けてくれるんです?」
「え? だって神西くん後輩だし友達じゃない?」
「そ、そうですけど……」
俺は言いながら、全ての元凶である直樹さんをチラ見する。
「その人、誰かわからないけど、神西くんが必死でまもるべき人なら私にとっても同じよ。それが友達だと信じているから」
「先輩……」
不思議な女性だ。
けど言わんとしていることは理解できる。
現に俺も愛紗のお父さんを板垣達から逃がすため、こうして一緒に行動している。
犯罪者なんだから、ほっときゃいいのに……。
捕まって何されたって、それはこの人の自業自得の筈なのに……。
けど、カフェで愛紗の震える手を握り、彼女の涙を見た時に誓ったんだ。
――必ずもう一度、愛紗に会わせてやるって。
だから危険を承知で身体を張ってしまったんだ。
それに今思えば、仮に直樹さんが捕まって連中の厳しい尋問を受けて、うっかり愛紗や愛菜さんのことを喋ってしまった時の方が怖い……それこそ収拾がつかなくなるかもしれないと思った。
「すまない。全て私のせいで……キミ達を危険な目に……」
直樹さんは気持ちが溢れ涙を流して謝罪する。
そして自分がこれまでしてきた事を語りだした。
あの『特殊詐欺』グループの『
なんでも空手の有段者らしく、直樹さんが逃げ出し捕らわれた際に暴行して左足を負傷させ監禁したのも、この男の仕業と指示によるものだとか。
ちなみに直樹さんは連中から逃げている間は、昔破綻して路上生活していた時に知り合ったホームレス達に
予め組織のくすねた逃走資金もあり、お金には困ってなかったようだ。
俺は既に知っていることばかりであるため、今更大した驚きはしない。
神楽先輩は一瞬だけ顔を顰めるも黙って傾聴していた。
「……まぁ、娘への想いがあるだけ、私の父よりマシかもね」
「え?」
聞き返す俺の言葉に、彼女は首を横に振るう。
「なんでもないわ。だったら余計に捕まるわけにはいかないんじゃない? 神西くんじゃないけど、やることやって貴方は自首するべきよ!」
神楽先輩の言葉に、直樹さんは涙を拭きながら頷いている。
「けど、神楽先輩どうします? さっきの先輩の話だと、連中は抜け道ごとで陣取っている可能性あるんじゃないですか? あるいは痺れを切らしてそれぞれの出口から向かってくる可能性があるんじゃ……それこそ仲間を呼んで一斉に攻めてくるとか?」
「いや、神西くん。私が直接関与して管轄していたチームはあの連中だけだよ。他の管理していたチームとはメールだけでやりとりしていたからね。きっと連中はまだ他の『番頭』や『
「だから、お父さんを捕らえる必要があった……自分たちの潔白を証明するために」
「そうだ……だから、奴らも必死なんだよ」
「じゃあ、単独で路地を塞ぎながら来るってところか?」
「それはないわね。だって、神西くんは二人くらい倒しているんでしょ?
「ちなみに先輩、ここの抜け道の出口って幾つあるんですか?」
「さっきの入口を含めて三つよ。どれも離れているけど大人が一分くらい走ればすぐ追いつける距離ね」
ってことは、もたもたしてたらすぐに合流されてしまうかもな。
けど一対一なら、さっきの要領で倒せるかもしれない。
問題は『
なんでも空手使いらしいからな……こいつだけは厄介そうだ。
俺は思考を凝らしながら、ふと神楽先輩に視線を向ける。
持っていたボストンバッグのチャックを開けて、何かもそもそやっていた。
「神楽先輩……何してるんですか?」
「多分、一戦交えることになるから、私達も保険を掛けるわ」
「保険? 一戦交えるって……神楽先輩、まさか連中とやり合うつもりですか!?」
「そうよ。奴らの狙いは、そこの
「いや、それだけじゃなくて……神楽先輩が戦うのは危険だって言ってるんです!」
「神西くん、私のこと知らないでしょ? 私、喧嘩で誰にも負けたことはないのよ。あの天馬でさえも二度負かしているわ」
そうなのか? それで『勇者四天王』を従える『女神』って呼ばれているのか?
だったら、今すぐ『勇者四天王』を応援に呼んだ方が良くないか?
あの『勇磨 天馬』を見る限り、戦力になるか微妙だけどな。
「――だから、神西くん。服脱いで」
「はい?」
「服を脱ぐのよ! 急いで!」
「ええっ、なんで!?」
「保険掛けるって言ったでしょ!? 奴らに顔バレしてもいいの!?」
「そ、それは困るけど……」
「言っとくけど、私の着替え見たら両目ともくり抜くからね!
神楽先輩の剣幕に、俺と直樹さんは渋々従うことにする。
でも、一体何を考えているんだ?
この神楽 美架那っという先輩は……。
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