第105話 母から聞いた駄目父のこと




 俺が戸惑っていると、愛菜さんが悪戯っぽく微笑を浮かべる。


「ふふふ、昨日の帰り偶然に会ったのよ。サキくん、確かランニング中だったわね?」


「え、ええ……話に花が咲いて、つい話込んでしまって」


「ふ~ん、そうなんだね。お母さんと仲良くしてくれると、わたしも嬉しいなぁ」


 流石、学園一の天使様だ。

 微塵も疑わない。


 にしても、愛菜さんって意外とお茶目なんだな……。



 俺は居間のちゃぶ台前に座り込む。

 着替えを済ませた愛紗がすぐ隣に座ってきた。


「はい、サキくん。お茶だよ、冷めないうちに」


「ありがとう、じゃ頂きます」


 うん、美味しい。


 このまま愛紗の部屋を直に見られるチャンスはあるのだろうか?


「――あっ、愛紗……ごめ~ん! 今からコンビニでシャンプー買って来てくれない? 切れちゃったのよ!」


「わかったぁ」


 愛菜さんお願いされ、面倒がらず素直に応じる愛紗。

 なんて、いい子なんだろう……夏純ネェに爪の垢を煎じて飲んでもらいたい。


「あっ、愛紗、俺も――」


「サキくんはお茶飲んでいるから、少しおばさんと話そう、ね?」


 愛菜さんは、向かい側でちゃぶ台に両肘を乗せて頬杖をつきながら言ってくる。

 さっき同様の悪戯っ子のような微笑だ。


「大丈夫だよ、サキくん。すぐそこだし、ゆっくりしていってね」


 愛紗はジャケットを羽織って玄関から出て行った。



 俺の愛菜さんの二人っきりとなった。


 お互い向き合っているので、奇妙な空気を感じてしまう。



 愛紗のお母さんと、個室で二人っきりか……。



「――サキくん。愛紗にはもう言ってあるからね」


「え? え? な、何を?」


「直樹さんと会う日よ。それで多分、あの子、サキくんを家に上げたと思うから……聞いてあげてね」


 そうなのか? 


 ってことは、お父さん……あの後、愛紗と会う気になってくれたのか。


 でも……。


 俺は学校で、燿平やシンとの会話が脳裏を過る。


 ひょっとしたら、直樹さんが『特殊詐欺』の主犯格……『番頭』じゃないかって。


 はっきり言って犯罪者だよな?


 このまま知らぬが仏で会わせていいのだろうか?


 けど、俺がどうこう言える話じゃないし……。


「サキくん、どうしたの? 浮かない顔して?」


「え? い、いえ……なんでも……」


 やべぇ、目を合わせられない。

 まだ可能性の段階なのに……完全にそうに違いないって思っている。


「……ひょっとして知ってるの? 直樹さんのこと?」


「いえ、直樹さんのことは知りません。でも、追っていた連中の一人について後輩が知っていたので、なんとなく……」


 駄目だ、誤魔化せない。

 基本、嘘をつけないタイプだから尚更だ。


「……そう知っているんだね」


「愛菜さんは知っているんですか?」


「再会した時に全て話してくれたわ。養育費と一緒にね……前にも行ったけど全て返したわ。だって他人を騙して得たお金であって、ちゃんと働いたお金じゃないから」


 やっぱり、そうなんだ。


「前に愛菜さん、俺に言いましたよね? 『わたしに何かあったら愛紗を守ってほしい』って、あれはどういう意味だったんですか?」


「言葉のままよ。わたしも知っちゃったからね……それに聞いた瞬間、このまま直樹さんが逃げ続ければ、いずれわたしにも被害が及ぶかもしれないって頭に過ったから……今だってそう思ってるわ」


「失礼承知で聞きますけど、そのこと警察には?」


「わたしからは言えない……だって、まだ愛しているもの。それに彼ね、仲間を裏切って、自分から『自首』しようと考えて、わたしの前に現れたのよ」


「自首しようと考えている? 警察に?」


 愛菜さんは頷く。


「けど、まだ決心しきれない部分もあるみたいね……現にまだ自首してないし、昔っから優柔不断なところがあるから……だから、愛紗に会うことで自分に踏ん切りやけじめをつけたかったのかもしれないわ」


「そんな状態で、愛紗に会わせていいんですか!?」


 強い口調で言った瞬間、俺は口元を押える。

 その先は俺が口を挟むべきことじゃないと思ったから。


 けど、愛紗のことを考えると言わずにはいられない。


 結局、大人達の都合で彼女を危険な目に合わせて傷つけてしまうのではないかとさえ感じてしまう。

 せっかく笑顔で過ごしているのに……。


「……サキくんの言う通りね。直樹さんも酷いけど、それを許したわたしも酷い母親」


「ごめんなさい、そういうつもりじゃ……」


「いいのよ、サキくんなら……。あの人ね、自分の親が経営している会社が破産し潰れてから、多額の借金を抱えて闇金にも手をだしたみたい。それでしばらく途方にくれていたらしいわ。婚約者とは破産後すぐに別れたって……」


 愛菜さんの話だと、それから闇金業者の紹介で反社会的勢力と繋がりを持つようになって、今の『特殊詐欺』グループに入ったようだ。


 そこで頭角を現して出世し、集団を仕切る『番頭』の地位まで成り上がったらしい。


「……自分の借金を返却したと同時に肩の荷が下りたのか、わたしと愛紗のことをふと思い出したって言ってたわ。その時は『随分と都合がいいんじゃないの!』って怒鳴って追い返してやったんだけど……」


「けど?」


「彼ね、勤めている病院に頻繁に顔を出すようになったわ。それでも捕まらないイコール、わたしと愛紗の存在が『仲間』にまだ知られてないんだって確信したわ。籍を入れなかったのが幸いね……皮肉な話だけど」


「そうですか……」


「せめて愛紗がどんな姿をしているか知りたがっていたけど、わたしは教えなかった。愛紗を巻き込ませたくないと、その時は思っていたから」


 あれ? この話の流れ……実は俺、余計なことしちゃった系?

 だって、お父さんに愛紗の画像写真見せちゃったもん。

 おまけに彼女が会ってもいいと思っていることまで喋っちゃったし。


「サキくん、直樹さんに会っているなら、彼が左足を引きずっていること見てるでしょ?」


「はい、見ています」


「あの左足も『仲間の誰か』にやられたみたい……抜け出して自首しようとするのがバレて酷い暴行を受けたらしいの……隙を見て命辛々逃げて来たって言ってたわ」


「それで余計に慎重だったんですね……地位もあったから余計ですか?」


「きっとそうね。直樹さんの口から警察に全て話したら、その組織は結構な大打撃を受けるみたいだから尚更だと思うわ……」


 逃げなかったらどうなっていたんだろう?

 漫画やドラマみたいに……下手したらキルされていたんだろうか。


 きっと板垣達は、直樹さんに警察に自首させないよう先に捕まえようとしているんだ。


 あんな連中に捕まったら、それこそ愛紗のお父さんは……。


「そんな状況だから本当は会わすべきじゃないのはわかっている。でも、やっぱり父親には変わりないし……それで、あの人が自首してくれればと考えて、愛紗に話だけはしたのよ」


「それで修学旅行で、彼女は俺にだけ打ち明けてくれたんですね?」


「そうみたいね……凄く嬉しそうだったわ。あんな顔を見たのは久しぶりよ。だからサキくんには感謝しているの」


「い、いえ……俺は……そのぅ」


 お母さんに直に言われると恥ずかしい……けどデレてる場合でもない。


「でも実際、直樹さんも怖くなったんでしょうね……愛紗に直接会うのが……あるいは断られるのかのどちらか……だから、あの子がいる高校に訪れたのかもしれない。どうやって、あの子が通っている学校を知ったのかわからないけど……」


 いや知るのは簡単だ。

 愛紗の名前を出して、その辺の高校生に聞きまくれば、どっかで必ずヒットするからな。


 母親である愛菜さんにはわからないと思うけど、娘さんはそれくらい超有名な美少女なんだ。


 しかし、こうして話を聞くと余計に俺は「やらかしちゃった系」のようだな。


 ――ここは潔く謝るしかない。


「あ、愛菜さん……いや、この際、お母さんと呼ばせて頂いてよろしいでしょうか?」


「なぁに? 急に改まって?」


 俺は正座し、愛菜さんに向けて頭を下げる。


「すみません、お母さん! 俺ぇ、余計なことやらかしてしまいましたぁぁぁっ!」


 清々しい土下座どげざを披露した。






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