第103話 愛紗出生の秘密




 愛菜さんは立ち止まり、じっと俺を見つめてくる。


 自分から「おばさん」っていう感じには決して見えない若々しさ。

 そこは謙虚な愛紗のお母さんからだろうな。


 俺は「はい」と返事して、彼女の話を聞くことにした。



 ――愛紗の父である『野牛島やごしま 直樹なおき』さんとは、愛菜さんが中三の時に知り合ったと言う。


 当時の直樹さんは大学生で実業家である父の後を継ぐ予定で将来は約束された青年だったらしい。


 なんでも家庭教師と教え子の関係とか。


 愛菜さんは、そんな彼に恋をして想いを打ち明けて付き合うようになった。


 しかし直樹さんには既に婚約者がいて大学卒業後に結婚する予定だったらしい。


 愛菜さんも婚約者がいると知らぬまま直樹さんとそういう関係になり、さらに妊娠していることが発覚する。

 しかし彼女は堕ろさず生むことを決意する。


 その子が、愛紗っというわけだ。


 勿論、愛菜さんの両親と直樹さんの家で大騒ぎになるも、子供を認知することで合意する。

 その代わり籍には入らないという条件で、しばらくは直樹さんから毎月の養育費が振り込まれていたようだ。


 愛菜さんもその間、自分の両親を頼りつつ子育てしながら勉強し、看護師の資格を取ることができたらしい。



「思った通り、愛紗が小学生に入るかって頃にピタっと養育費が振り込まれなくなってね。丁度、看護師として働き始めた頃だったから判断に間違いなかったわ。まぁ、今でもわたしの両親には迷惑かけているけどね……」


「思った通りって?」


「丁度その頃、直樹さんの実家の事業が潰れてしまったのよ。わたしの父も下請けだけど似たような仕事していたから、『あそこの会社は先がない』とわかっていたみたい……だから認知だけさせて籍にいれることにはこだわらなかったわ。養育費が支払われている間に一人で養わせる資格を取れと強く勧めたのも父なのよ」


 賢明なお父さん……いや、おじいちゃんか。


 でも愛紗はお父さんより、お母さんと祖父に愛されていたことがよくわかる。


「そして、夏休みが終わった頃ね……直樹さんが初めて職場に現れたのは……滞納してきた養育費を持ってね。おまけに謝罪しながら、これまでの経過を色々と話してくれたわ」


「色々なことですか?」


「そう、養育費の支払いが滞ってしまった理由とか、これまで何をしてきたのか……」


「あの直樹さんを追っている『男達』は?」


「…………」


「愛菜さん?」


「ごめんなさい。言えないわ……これ以上、サキくんを巻き込むわけにはいかないし、話すべきことじゃない」


「……そうですか」


 俺もこれ以上、無理に聞き出すことはできない。

 正直、どこまで踏み込んだらいいのかわからない部分もあるし。


「でも安心して。養育費は受け取らずに返しているし、愛紗が会ってもいいって思うなら、わたしは止めたりしないから……でも、サキくんに一つだけお願いしてもいい?」


「ええ、なんなりと」


「……あの子を守ってあげて」


「え?」


「これから、わたしに何かあってもお願いできる?」


 愛菜さん、どういう意味だろう?


 けど……。


「勿論、全力で守ります。その為に、俺も頑張ってますから」


「本当にいい子……あの子が好きになるのもわかるわ……」


「あっ、いや、そのぅ……」


 お母さんに直接言われると思いっきり照れてしまう。

 そんなデレデレしていい場面じゃないのに。



 気づけば、愛紗が住むアパートの前についてしまった。



「――ありがとう、サキくん。家まで送ってくれて……頼もしかったよ」


「はい……俺もお話しできて嬉しかったです」


「もし話が決まったら、サキくんにも連絡するね」


「はい、それじゃLINE交換しましょう」


 自分で提案してアレだけど、同級生の母親と直接連絡し合う仲って何か変な気分だ。

 ましてや、愛紗のお母さんだし……。


 でも、愛菜さんは綺麗だよなぁ。

 それに気持ちも強い人だってよくわかった。


 流石、愛紗のお母さんだと思う。






 次の日、学校にて。


 休み時間。


 また後輩の燿平が教室へとやって来る。


「よう、燿平……今日はなんの用よ?」


 リョウは机の上に顔を伏せて適当に聞いている。

 ボクシング以外、日に日にやる気が失せているような気がするぞ。


「いえ、またヤバイ噂を耳にして……火野さんどうしたんっすか? 覇気がないっすよ?」


 俺は燿平の腕を押さえ、耳元で「今は聞かないほうがいい」と囁いた。


「んで、ヤバイ噂って何?」


「ここじゃって話っす。いつもの場所にいかないっすか?」


 俺は頷き場所を移動する。

 一応、無気力と化しているリョウの腕を引っ張り「お前も来いよ」と連れて行く。

 シンもしれっと付いて来る。

 


 人気のない屋上に行く。


 ちなみに、俺も生徒会副会長なので自由に用務室から鍵を借りて開けることが可能となった。



「燿平、それで?」


「ええ、サキさんに言ってもピンと来ないかもしれないっすけど、昨日なんっすけど『鮫島中』の奴に遭遇しまして……」


「鮫島中って、確かアイドルの『御手洗』がいた中学だろ? ヤンキー中学でリョウが単独でシバいたって言う……」


「そうっす。その中に『板垣いたがき 祥哉しょうや』って奴がいましてね……そいつに会ったんっすよ」


「――板垣だァ!? あのクソ野郎、まだ生きてんのかぁ!?」


 リョウが急にスィッチを入れて凄んでいる。


「あっ、起きた……どうした、リョウ? そいつと何かあったのか?」


板垣いたがき 祥哉しょうや。鮫島中の頭を張っていた奴だ……卑怯な手を平気でやってのける最低のクズだ!」


「卑怯な手だと?」


「ああ、喧嘩相手が強すぎて敵わねぇと判断すると、そいつにじゃなく付き合っている彼女や身内に仕掛けて来て精神的に追い詰めてくるサイコ野郎だ! 過去、俺の身内にも仕掛けてきやがったからな!」


「リョウの家にもか?」


「ああ。だが俺ん家、親父は元世界チャンプのプロボクサーだろ? お袋も合気道の有段者だ。六つ年上の姉貴もいるが、以前は喧嘩上等のスケバンだったから余裕で撃退してやったけどな」


 おっかねぇ家だな……寧ろ被害者は向こうじゃないのか?


「だが手口が気に入らねぇ! だから俺が直接乗り込んでシメてやったわけだ! んで燿平、そいつがどうしたってんだぁ、ああ!?」


「おっ!? ようやくエンジンが掛かって来たっすねぇ、火野さん!? 待ってたっすよ~!」


「……最近、彼女と上手くいってなかったようだから心配したぞ、リョウ」


 黙っていた、シンがぽつりと呟いた。


「――千夏? はぁ~……もう、いいや」


 リョウは電池が切れたようにへたり込み、そのまま床で寝そべっている。

 また自堕落な男に戻ったようだ。


「せ、先輩!? テメェ、何余計なこと言ってんっすか!? ああ!?」


「うるせぇ後輩! テメェに一度口に利き方を教えてやるか! ああ!?」


 今度は燿平とシンが揉めだして、メンチを切り合っている。


「やめろ、二人とも! 揉めている場合じゃないだろ!? んで、その板垣って奴と遭遇してどうしたんだ?」


 俺の制止と問い掛けに燿平とシンは気を静める。

 燿平は軽く咳払いをした。


「……ええ、それがっすね。俺が街で見かけた時、5人くらいの男達と一緒だったんっすよ。かなり血相を変えて、必死で誰かを探していたんっす。普通に歩いていた俺も声を掛けられたっす。まぁ、俺のことは気づかれなかったっすけどね……」


「ふ~ん。それで、そいつの何が気になってんだ?」


「板垣は中学卒業してから高校に行ってないっす。確か就職して大工をやっている筈っすよ。それなのに一緒にいた連中がスーツ着たサラリーマン風の大人とか、普通の大学生っぽい奴とか、そんなのばっかりでとても大工仲間って感じじゃないっす。おまけに奴も日焼けとかしてなくて、とても外仕事の大工しているって感じじゃないっす。相変わらず、毒蛇の刺青タトゥーも健在でしたし……」


 毒蛇の刺青タトゥー


 サラリーマン風の男と一緒だと?


 あれ? こいつらって……まさか。


「なぁ、燿平……板垣は誰を探しているようだった?」


「確か『左足を引きずって歩く色白のオッさん』って言ってたっすね……サキさん、何か?」


「いや、別に……」



 ――間違いない。



 愛紗のお父さんを探していた連中だ。






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