第101話 不審な男の意外な正体




 俺達三人は立ち止まり、そいつの様子を窺う。


 まるで誰かを待ち伏せている黒コートの男。


 見るからに怪しい……やっぱり変質者だろうか?



「……昼間もいましたね。警察呼びましょうか?」


 黒原がスマホを取り出す。


「うん……まずは声を掛けてみるのもありじゃね?」


「サキ、無駄に関わる必要はない。黒原君じゃないが、ここはスマホで撮って警察を呼んだほうが無難だ。第一、襲われたらどうする?」


「あの男、昼間逃げる際に左足を引きずっていたからね。俺なら確実に逃げ切れるよ。それに、シンがいるんだ。拳銃でも持ってない限り負ける要素はないだろ?」


「そこで俺を頼るな。お前だって十分に戦えるだろ……って、おい!」


 シンが表情を強張らせ、俺の後ろ側に向けて指を差した。


 振り返ると、黒コートの男が俺達に近づいて来る。

 やはり左足を引きずらせながらだ。


 俺達は身構えて警戒する。



「……キミ達、あの学校の生徒さんかい?」


 穏やかな口調で渋みのある黒コートの男の声。

 サングラスとマスクで素顔はわからないも、俺の親父くらいの年齢だと思う。


「はい、そうですけど?」


 俺は返答する。


「なら南野 愛紗って知っているかい?」


 なんだと!? 愛紗だと!?


「失礼ですけど、貴方は?」


「……いや、知らないならいいんだ。すまない」


 男は背を向け左足を引きずりながら立ち去って行く。


「ちょ、待ってください! シン、黒原、先にリョウのところに行っててくれ!」


「サキ、どうしたんだ?」


「いや……とにかく頼むよ!」


 俺は何も言わず押し付けるように二人から離れた。


 ――誰にも言える筈がない。


 きっと俺の予想が正しければ、あの人は……。




 俺は駆け足で、黒コートの男にすぐ追いついた。



「あ、あのぅ……」


「なんだい、キミ? あまり私に近づかない方がいい」


「南野 愛紗さんを探しているんですよね?」


「……そうだけど、キミは?」


「俺、神西 幸之って言います! 愛紗さんの友達です!」


「なんだって、本当かい?」


「はい……貴方、やっぱり?」


「……どうやら私のこと『彼女』から聞いているようだね?」


 俺は無言で頷く。

 その言動で俺は予想が確信へと変わる。

 

 この男性……やっぱり……。


「そうか……キミは『彼女』にとって、私のことを話せるほどの間柄なんだね……少し人気のない所で話してもいいかい?」


「はい、構いません」





 俺と黒コートの男は河川敷の橋の下まで歩く。


 男はきょろきょろと周囲を見渡し誰もいないことを確認する。

 するとハンチング帽とサングラス、そしてマスクを外して素顔を見せた。


 亜麻色の髪に白皙で初老の男性。

 コートを着込んでいたこともあり、思ったより痩せた印象がある。

 それに、フッと穏やかに微笑む感じが、なんとなく彼女に似ているかもしれない。


「ここまで付き合わせてすまない……私は『野牛島やごしま 直樹なおき』。南野 愛紗の父だ」


「やっぱり……貴方は、愛紗のお父さん」


「私のこと、娘からどう聞いている?」


「お父さんがいるってことだけです。本人もお母さんに何も聞かされてないと……」


「そっか……じゃ会わなくて正解だったかもしれない」


「会わない? 愛紗と会わないんですか?」


「ああ、元々会う資格はないからね……遠くでもいいから一目だけ姿を見たいと思って、迷惑承知で来てしまったんだ」


「いや、でも本人は貴方に会ってもいいって……」


「え? そうなのかい?」


「愛菜さんから連絡来てないんですか? 愛紗はお母さんに気持ちを伝えたって」


「ああ、私は携帯を持ってなくてね。連絡は彼女の職場に行って直接話すことにしている……顔を出したのも、つい最近のことなんだ。そうか……あの子は、こんな私に……」


 直樹さんの両目から涙が溢れる。

 何故、この人が籍も入れずに愛紗と離れて暮らすのかわからない。


「……キミ、神西くんって言ったね?」


「はい、そうです」


「娘は幸せに過ごしているだろうか?」


「今は毎日、笑顔で過ごしていますよ……それ以前は大変だったみたいですけど。でも、それはお父さんのことじゃなくて……あくまで別の理由なので、どうかご安心ください」


 あれ? 俺、何言ってんだろ? 緊張しすぎて言語が可笑しいぞ。

 要するに、幼馴染の遊井に酷い目に合ってたって言いたいのに……。


 ほら、お父さん。「え?」って顔している。


「……今は幸せそうなんだね? なら良かったかな」


「あのぅ、口挟んでいいですか?」


「構わないよ」


「俺、実は愛紗とお父さんが会う時、一緒に同行することになっているんです。その条件で、彼女も『会う』って決めたようで……」


「そうなのかい? やっぱり、キミは娘と……良かったよ。キミのような誠実そうな彼氏で」


 あっ、お父さん。俺と愛紗が付き合っているって誤解している……普通、そうだよなぁ。


 まさか、他に二人ばかり気になる子がいて迷っているなんて絶対に言えねぇ。


 下手したら「お前、娘をなんだと思っている! ふざけんな!」って襟首掴まれそうだもん。

 でも、訳ありのお父さんだから、そこまではしないか?


 結局、卑怯な俺は否定も肯定もしないことにした。

 とりあえずごめんなさい……。


「会って頂けるんですよね? その為に愛菜さんに話を持ち掛けたと聞いてます」


「……まさか、あの子が『OK』してくれると思わなかった。しかし実際に会うとなると、どうしたらいいか迷っている」


「迷う? どうして……あっ、いや、すみません」


「いや、いいよ。娘の彼氏であるキミは、その資格もあるだろう」


 ごめんなさい……資格ないです、お父さん。


「知っているだろ? 娘は私の顔と名前を知らない。私も今の娘の顔を知らない。おまけに籍も入れてない……普通なら何を今更って感じだろ?」


「でもお父さんは愛紗に会いたいんですよね? だから、ここにいるんじゃないんですか?」


「……さっきも言った通り、せめて一目でもってね。でも、もういいんだ」


「もういい?」


「うん、あの子に神西くんのような真っすぐで素敵な彼氏がいるって知ったからね。一応、父親として安心だよ」


 ああ、胸が痛てぇ……俺で安心しちゃ駄目だよ、お父さん。

 寧ろ「はっきりしろ」って一喝して欲しいくらいですよぉ。


「あのぅ、おこがましいですけど、愛紗の今の姿……見てみます?」


「え? いいのかい?」


 罪悪感が芽生えた俺は、直樹さんにスマホで撮影した彼女の画像を見せる。


 すると、突然。


「ああ~ん!」


 直樹さんは頭を抱えて項垂れる。


「お、お父さん、どうしました!?」


「娘が……愛紗が金髪に……しかもギャルって……」


「あっ、ごめんなさい! 別な子の画像でした!」


 やべぇ、間違って詩音が写っている画像を見せてたわ……。


 でもこのお父さん……自分の娘が今時ギャルだとショックなようだ。


 一応、詩音に偏見や誤解を招かれても嫌なので、「彼女、愛紗の幼馴染でハーフの子で凄くいい子ですよ」っとフォローする。


 直樹さんは「なんだ外人さんか……なら金髪は仕方ないね」と妙な理解を示す。

 いや金髪は染めているんですけど。

 

 この天然具合、やっぱり彼女のお父さんだ。



 そして、ちゃんとした愛紗の画像を見せる。


「――これが今の愛紗……愛菜そっくりだ。とても綺麗な子だ」


 直樹さんの頬から涙が流れ落ちる。

 お節介かもしれないけど、見せて良かったと思った。


「神西くん、本当にありがとう……キミは本当に優しい彼氏だ。おかげで私も心置きなく行けるよ」


「行くですか?」


「ああ、もうじきこの街から離れるんだ……多分、二度と戻ることはない。それが一番の理由かな、最後に娘の顔が見たくなったのは……」


「会って頂けないのですか、愛紗に?」


「直接会う資格はないと思っている」


「けど、彼女はお父さんに会ってみたいと思ってますよ?」


 修学旅行で、愛紗が俺に父親の存在について話してくれたこと。

 家まで送った際に、自分の想いを打ち明けて『会う』という決断してくれたこと。


 父親の都合関係なしに、その想いだけは無駄にしちゃいけないんじぁないかっと思えてしまった。


「……わかった。少しだけ考えさせてくれないか」


 直樹さんは俺に一礼すると、再びハンチング帽子を被り、サングラスとマスクを着用する。


 そのまま左足を引きずりながら、どこかへと立ち去って行った。






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