第99話 悪役令嬢とアイドル暴行事件




 デビューを控えた、ディニーズ期待の新人アイドルグループ。


 プリティ・ムーンのセンターの御手洗みたらい 勇李ゆうり


 地元でファンと思われる少女と手を繋いでいる所を目撃される。

 そのまま二人は繁華街のラブホテル街で消えて行ったとのこと。


 ――それから二時間後。


 御手洗が臀部を丸出しに状態で、ゴミ捨て場にて倒れている所を発見される。


 本人は全身に激しく殴打された痕跡あり何者かに集団で暴行を受けたのか?


 全治一~二ヶ月の入院が必要らしい。




 か……。



「んで、この記事に載っている写真が、御手洗とファンと思われる少女か……」


「サキちゃん、まさかこの女の子知ってたりする?」


 夏純ネェが勘を働かせて聞いてくる。


「……ひょっとしたらかな。確信はないよ、目線しているし」


「でも結構くっきり写っているし、見た人が見たらって感じかもね」


「うん……」


 そう考えれば載せる週刊誌も配慮が足りないと思う。


 にしても、この少女。


 ――壱角いちかく 亜夢あむ先輩。


 彼女に見えてしまう。


 でも俺があった壱角先輩は物腰が柔らかく気品と清潔感溢れる女性だった。

 

 生粋のお嬢様。

 俺にはそう見えていた。


 アイドルとはいえ、こんなチャライ奴と手を繋いでラブホテル街を歩く女性とは思えない。


 ましてや、あの神楽先輩の親友だし……。



 俺は、御手洗が何者かにボコられたことよりも、寧ろそっちの方が信じられなく考え込んでしまっていた。





 次の日、学校にて。



「火野さん、先日の起きた『地元アイドル襲撃事件』知っているっすか?」


 一年の後輩である風瀬 燿平が訪ねてきたので廊下で話している。


 俺とシンも傍で聞いている。


「……いや、知らねーっ」


「御手洗 勇李って、あの鮫島中の『便器の御手洗』っすよ! ほら、火野さんが一人でシメに行った中学のヤンキー達にいた奴っす!」


「……覚えてねーっ」


 リョウは遠い風景を見ながら、さらりと言う。

 にしても便器の御手洗って、何?


「燿平、御手洗のこと知ってるの?」


「ええ、鮫島中っていうヤンキー達の多い中学があったんすよ。そいつらイキって、当時のウチの中学生徒にちょっかいかけてきやがったから、火野さんが乗り込んで全員にヤキ入れに行ったっす! それから鮫島中にヤンキーがいなくなったっていう伝説があるっす! 」


 バケモノだな、当時のリョウは……。

 そりゃ、遊井や王田からも一目置かれるわけだ。


「んで、御手洗って奴も、そのボコられた中にいたって話っすよ」


「ってことは、奴もヤンキーだったのか?」


「本物ではないっすね。雰囲気ヤンキーっつーか……そのルックスを活かして強い奴に気に入られていた金魚の糞ポジっす。気が短い癖に喧嘩はそうでもないっすね。だから『便器』って言われてたっす」


「ああ、確かに強くはなかったな。寸止めでびびって簡単に逃げたからな」


「サキ、その野郎アイドルとなにかあったのか?」


 シンが聞いてくる。


「ああ、うんちょっとね」



 俺はこいつらなら話してもいいやと思って、週末に遭遇して絡まれた件を説明する。



「なるほどな……サキは女子にモテる分、つまらない野郎に因縁をつけられるタイプだな」


 うるせーよ、シン。お前だって似たようなもんじゃねーか?


「けど全然変わってないっすね、御手洗……あんなんで、よくディニーズJrに入れたもんす」


「……顔だろ? 人格まで見てねーんだよ」


 リョウがボソっとツッコむ。

 けど的は射ているよな。


 以前はそれで良かったけど、今時じゃ人格が備わってのアイドルだと思うからな。

 じゃないと、すぐに不祥事犯して終わっちまう。

 今回がいい例だわ。


「なぁ、燿平……その手のことで何か情報とかないか?」


「サキさん、情報ってなんすか?」


「御手洗をボコった連中とか……それと週刊誌に載っていた一緒に手を繋いでラブホテル街を歩いていた女の子についてとか……」


「あっ、その記事なら知ってるっす! 実は俺も興味本位で探っている最中っすけど、ボコった集団の全容がさっぱり浮かばなくて……案外、単独犯じゃないかと思っているっす」


 燿平はいいながら、丸眼鏡越しでシンを睨みつける。


「……まるで俺が、そのアイドル野郎をリンチしたみたいな言い方じゃないか、後輩?」


「そこまで言ってないっすよ……ただ手口が似てるなって思っただけっす。浅野先輩」


「昔の俺なら否定しない。だが、あくまで『あの人』の命令があればだ……今の俺はそんなことしても意味はない。ましてや、会ったこともない野郎に手を下す理由がない」


「だから、そこまで言ってないじゃないっすか、先輩……」


「じゃ何が言いたいんだ、後輩……」


 なんか急にメンチを切り合う、シンと耀平。

 前から仲が悪いと思ってたけど、やっぱガチだな。

 

「おい、やめろ、二人とも! リョウも見てないで止めてくれよ!」


「ん? ああ……お前らやめたら?」


 リョウの奴、最近様子が変だ。


 心ここにあらず――そう思えてしまう。


 きっと昨日知った件だな。


 彼女である『千夏』さんと何かあったらしい。

 俺には理由を話してくれないけど……間違いないだろう。


 しかしリョウだってもうじきプロボクサーのプロテストがある筈だ。


 本人にとっては結構大変な時期だろうに……。


 俺はそう考えつつ、とりあえず険悪な二人の間に立つことを優先する。


 その努力の甲斐もあり、シンと耀平の緊迫した空気はなんとか解消される。



「あっ、サキさん。さっき聞いた当時『御手洗と手を繋いで歩いていた女子』の件っすけど」


「何か知っているのか?」


「……ここだけの話にしてくださいっすよ。どうやら、ウチの学校の生徒らしいっす」


「本当か!?」


「ええ。何せ、その現場を撮影して週刊誌に売った奴もウチの学校の生徒らしいっすからね」


「なんだって!? 一体誰だよ!?」


「そこまでは掴んでないっす。投稿者は匿名らしいっすけどね……ただ、そいつ奴は御手洗のことより、一緒にいた女子の情報を中心に流していたようっすね。それで、きっと投稿者は御手洗のファンとかじゃなく、その女子に私怨のある身近な人物じゃないかってことっす」


「……そうなのか」


 でも流石、『情報屋の傭兵』だな。よく、そんな情報を入手できるもんだ。


「んで肝心の女子は誰かわかっているか、後輩」


「フン、先輩に教える義務はないっすけど……まぁ、いいっす」


 燿平は咳払いをしながら周囲を確認する。

 それだけ誰かに聞かれるわけにはいかない内容だからだ。



「――壱角 亜夢先輩っす」



「や、やっぱり……そうか」


「サキ先輩知っているんっすか?」


「ああ……昨日、生徒会で紹介を受けたんだ。そういや、シンもあの先輩と面識あるんだろ?」


「面識だけだ。けど、彼女の家柄は世界有数の物産会社である『壱角物産』だ。あの人自身だって生粋の箱入りお嬢様の筈……んな、糞みたいなアイドル野郎と一緒にラブホテル街を歩くような女性では決してない」


 シンの言う通りだと思う。

 接した限りでも尻軽そうな先輩には見えないからな。


「……しかし、見る人が見れば裏では相当な『悪役令嬢』って話も聞いているっす」


 悪役令嬢か……。


「路美も同じこと言ってたよな?」


「ええ、普段は穏やかで大人しい人っすけど、気に入らない相手の前では豹変して容赦ないみたいっす。現にあの先輩によって退学まで追い込まれた先輩も何人かいるっすからね」


 ますます信じられない……そんな先輩には決して見えないのに。


 何かが引っ掛かるけど、でも今の段階で俺達がどうこう言えることはない。


 まさか壱角先輩が、御手洗をボコれる筈はない。

 仮に百歩譲ってそうだとしても、俺達には関係ないこと。


 あくまで個人の話だ。



「――やぁ! 少年達よ! 青春しているかね!?」



 不意に背後から、どこかの女子生徒が、やたらテンションを上げて俺達に声を掛けてくる。


 あまりにも唐突で思わずビクっとしてしまった。


 振り向くと、そこに『神楽 美架那』先輩が立っていた。



「神西くん、浅野くん、元気ぃ?」


「神楽先輩……どうして、ここに? 三年生は三階ですよ?」


「麗ちゃんに頼みごとあってね。ついでに神西くんの姿も見たくてねぇ」


 なんか俺、すっかりこの先輩に気に入られてないか?


「おはようございます、神西君」


 神楽先輩の背後から、あの『壱角 亜夢』先輩がひょっこりと顔を出してくる。


 い、いたのか?






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