第96話 詩音と謎のチャラ男




 その男。


 随分と派手な身形だった。


 毛先を遊ばせた金髪にワンポイントのピンクカラーが入っている。

 すらりとした細い身体に革ジャンを羽織り、穴の開いたジーンズを履いている。

 顔立ちは小顔でイケメンっぽく見えるが、サングラスをしているのでよくわからない。


 俺と同年代か、あるいは一つ二つ年上か?


「チィース! 美架那ァ~、まだいたかぁ!? 良かったわ~!」


 男は断りもなく、ずがすがと入ってくる。


勇李ゆうりくん……まだいたんだぁ」


「当たり前だろ~? 一緒に飯食いに行くべって言ったろ~?」


 冷めた眼差しで見つめる神楽先輩に、勇李と呼ばれた男は腰をくねくねさせながら言ってくる。


「ミィカさん……この人誰? ウチの事務所にいたっけ?」


 詩音でさえ引きながら聞いている。


「う、うん……さっきまで、私と一緒に撮影していたモデルさん。事務所は別だよ」


「ディニーズ事務所の『御手洗みたらい 勇李ゆうり』でーす! よろ~、マブイ姉ちゃんチィース!」


 男はサングラスを外し、敬礼しながら自己紹介をする。


 くりっとした二重の瞳だが長すぎる睫毛にカラコンが入っていて、どこか気持ち悪い。

 しかもずっと腰がクネクネ動いて、なんか蛇っぽいぞ。


「よ、よろーっ……」


 とりあえずノリだけ合わせる社交的ギャル詩音。


「ディニーズ事務所? 聞いたことあるな?」


「おい、マネージャー! テメェ、天下のディニーズ知らねぇのか!? やべっ、お前!」


 マネージャー? 俺のこと言っているのか?


 けど、ディニーズってまさか、あの大手芸能プロダクションか!?

 何千人も男性アイドルを発掘してある、あの超有名の!?


 流石の疎い俺でもわかるわ。


「勇李くん、ディニーズJrのアイドルでね、この街が地元なのよ。今回、デビューに備えて、一緒に撮影してたんだぁ」


「リアル同棲カップルって設定でな~! ちなみに『プリティ・ムーン』っという6人グループのセンターだぁ! いいべ~?」


 いいんだか悪いんだが……。


 それより、プリティ・ムーンって何よ?

 名前だけじゃ売れそうにないけどな。

 どうせ事務所のゴリ押しで上手くやるんだろう……なんかそんな感じがする。


「なぁ、美架那ァ~、俺らリアルで同棲すんべ~? 俺ぇ、一途だからよぉ、いいんべぇ~?」


 勇李は神楽先輩の肩に腕を回り引き寄せる。

 妙な甘声で顔を近づけていた。


 こいつ、アイドルだからって調子に乗ってないか!?

 勇磨が知ったら、間違いなく殴りに来るぞ!


「嫌よ! 私はキャバクラ嬢じゃないんだから、そういうのやめてよね! 社長に言うわよ!」


 神楽先輩はキッと勇李を睨みつけ毅然とした態度で「NO」を叩きつける。


 その剣幕に、流石のナンパアイドルも「ひゅーっ」と口笛を鳴らし、肩を竦めて離れて行く。


 へ~え、流石だな。


 どんな相手だろうと物怖じしない女子のようだ。


「ね? ああいう所、サキに似てるでしょ?」


 詩音が不意に言ってくる。


「俺に?」


「そっ、ミィカさん。悪いことは悪いってはっきり言える強さを持っているんだよ」


「俺はそこまで強くないよ。特に自分のことは割と逃げ腰だし……」


「でも人のことになったら違うでしょ?」


「うん、特に友達とか……今は詩音や愛紗や麗花とか……大切な人に対してなら」


「嬉しいなぁ。やっぱサキだね」


 詩音に言われると素直に嬉しい。

 彼女は一見軽そうだが、実はその言葉に凄く重みが込められているんだ。

 そして『素』の状態で言っている時は、間違いなく本心で言ってくれているから。



「俺と同じ、金髪の彼女~。さっきから気になっていたけど、めちゃかわゆいね~? 何、ハーフ?」


 神楽先輩から相手にされなくなった勇李は、今度は詩音に目をつけてくる。

 さっきと同様、彼女の肩を抱き無理に引き寄せようとした。


「い、いやだぁ! やめてよぉ~!」


 当然、嫌がる詩音。


「いいじゃん。俺、アイドルだよ~ん。デビューして売れるようになったら、プレミアもんだぞ~?」


「嫌だって言ってるでしょ!? もう離してください!」


 本気で詩音が嫌がっている。


 つーか俺も限界だ。


「やめてください! 本人、こんなに嫌がっているじゃないですか!?」


 俺が一括すると、勇李は手を離し「ああ~?」と腰を振りながら顔を近づけ睨んでくる。


「なんだ、テメェ!? マネージャーは引っ込んでろ!?」


「この人はマネージャーじゃないよ! あたしの大切な彼氏だよ!」


 何気に可愛い嘘をつく、詩音。


 勇李は眉を顰める。


「彼氏だぁ? こんな冴えない野郎がぁ? 俺は天下のディニーズだぞぉ? 来月デビューするプリティ・ムーンのセンターだぞ!」


 だからなんなんだよ、プリティ・ムーンって!?

 誰が命名したんだ、それ!?


「ごめんなさい、知りません。けど、アイドルさんなら余計に嫌がる女の子に付きまとうのやめてもらえますか? あんまりしつこいと週刊誌に載りますよ?」


「バカだな、ディニーズは揉み消すのうめぇんだよ! 知らねぇのか!?」


 知らねぇよ!

 そういうこと堂々と公然でぶっちゃけてんじゃねーよ!


「勇李くん、いい加減にしなさい! しぃちゃんに手を出すんなら怒るわよ!」


 神楽先輩も非難して応戦してくれる。


 だが、その態度がより、勇李のプライドに火を付けたようだ。


「クソッ! テメェのせいで俺の美架那に怒られたじゃねぇか! コラァ!」


 勇李は逆ギレし、俺の襟元を掴み掛かろうとする。


 だが、ひょいとあっさり躱してやった。


「テ、テメェ! 何、避けてんだぁ、コラぁ!」


 勇李は殴ろうと拳を振り翳す。


 が、



 シュッ。



 奴の目の前には、既に俺が繰り出した拳があった。


「うぐっ!?」


「大事なデビュー前なんでしょ? もう、やめたほうがいい……」


 俺は静かに警告する。


 しかし、この寸止めの一線を超えたら間違いなく病院送りにする。

 それくらいの勢いで言ってやった。


 次第に勇李の顔色が青ざめていく。


「あ、あっ!? 忘れてたわ~! 今日の俺、絶不調だったんだわ~! テレビの企画で辛い物食いすぎて朝から腹下ってケツがヒリヒリしてたの思い出したわ~!」


 妙な虚勢と言い訳をしてくるアイドル。


「じゃ、美架那またなぁ! そういや、さっき俺らのデビュー曲『マリッジ・ブルー』、そっちの事務所に送っておいたからな! 聴いてくれよ!」


「ダァサッ! いらないわよ! 何よ、結婚が憂鬱になる歌じゃないの!? 変なの郵送してこないでよね!」


 逆にどんな歌か気になるぞ。絶対に買わねぇけど。



 こうしてアイドル、『御手洗 勇李』は逃げるように立ち去った。



 詩音が俺の腕に体を寄せ密着してくる。


「サキ、助けてくれてありがと……ごめんね、嫌な思いさせて」


「いや、詩音が無事ならいいんだ。結構、守れるようになったろ?」


「うん、超カッコイイ~、にしし♪」


 頬をピンク色に染め、真っ白な歯をみせて微笑む。


 そう、俺はこの笑顔が守りたかったんだ。



「いいなぁ、しぃちゃん……サキくんって本当に不思議だよね?」


「え? そうですか?」


 神楽先輩の言葉に、俺は首を傾げる。


「うん、私ならあんな奴、一発殴らせてすぐに倍にして殴り返してやるよ。私、負けず嫌いだからね」


「う~ん。俺は勝つ負ける云々より、大切な人を守れるかどうかですかね。その為に必死で鍛えまくってましたから……今もこうして頑張ってます」


「大切な人を守れるか……うん、いいね。カッコイイよ」


「ミカナさん。サキを好きになっちゃ駄目ですからね~!」


 焼き餅やきの詩音は変に勘繰ってくる。


「あはははっ、ないない。私そんな暇ないもの……これからまた別のバイト入っているしね」


「大変そうですね。モデルに複数のバイト掛け持ちなんて」


「うん、モデルはそうでもないよ。専属になったのは仕事した際の収入がいいからって理由だしね。不定期な仕事だからバイトの方が優先かなぁ」


「そうですか、頑張ってください。じっくり、お話しできて良かったです」


「ありがとう、サキくん。それじゃあね――」


 神楽先輩に手を振られ、俺と詩音は楽屋から出て行く。

 彼女の笑顔は、詩音に負けないくらいに輝いていた。




 それから詩音は着替えて、俺と共にスタジオを出る。


「サキ、本当ありがと。お昼、何か食べて行こ? なんか奢ってあげるぅ」


「おっ! いいねぇ、行こう!」


 こうして俺は詩音とのデートを満喫する。

 しっかりと腕を組み、手を握り合いながら。



 詩音の色んな姿も見られたことだし、神楽先輩ともより親密になれて良かったなぁ。






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