第92話 女神伝説:ヒエラルキーの崩壊
~
その後。
録画した『謝罪映像のデータ』はコピーして、後日バイト先の店長と信頼できる複数のバイト仲間に保管してもらっている。
もし私に何かあったら、それをSNSに流すように頼んでおいた。
我ながら用心深い配慮だけど、相手が相手だけに仕方ないわ。
あくまで持論だけど、ああいう『彼ら』と私は対等であって対等じゃない。
ヒエラルキーというピラミッド階級の頂点に立つ連中だ。
最下階位の私とは、生まれも育ちもまるで異なる別世界の存在だと思う。
そんな連中と対等に渡り合うには、絶対的な武器が必要なのかもしれない。
だからと言って、この『謝罪映像のデータ』が絶対的な武器になるのか疑問だけど……。
まぁ、一泡くらい吹かせれば上々かもね。
でも――欲しい。
ああいう奴らに首輪をつけられる絶対的な力が……。
それから、私の学園生活は平穏に戻った。
あの嫌がらせをしてきた男子達は次々と目の前から消え去った。
なんでも親の出張やら海外転勤で転校を余儀なくされたらしい。
――きっと『彼ら』に粛清されたのだろう。
やっぱり、『彼ら』には人の人生を簡単に左右させる力があるんだ……。
自分から立ち向かって行ったものの、今更ながら戦慄してしまう。
同時にもう二度とああいう連中には関わるべきじゃないと思った。
さらに数日後。
登校する私の前に『彼ら』こと、あの四人組が現れる。
どうやら待ち伏せをされたみたい。
「な、何よ? もう私と関わらないんでしょ?」
今度は何をされるかと、身構え警戒する。
すると、
またいきなり殴り掛かるのかしら?
流石に今日はスタンガンを持ち歩いていない。
痴漢用スプレーがあるから、それで対抗するしかない。
私は鞄で隠しながら、ポケットに手を入れた。
「神楽 美架那……いや、ミカナって呼ばせてもらうぜ――」
「何よ? やる気!? かかって来なさいよ!」
威勢よく身構える私に、天馬はスッと腕を前に差し出してくる。
刹那。
「ミカナァ、好きだぁ! 俺と付き合ってくれぇ!」
「はぁ!?」
な、何……私、こいつに告られたんですけど……?
直立して頭を下げてくる天馬に、私は唖然とする。
「え、えっと……ごめんなさい……無理」
「ガーン!」
天馬は膝から崩れ落ちて地面に蹲る。
相当なショックを受けたのか、スタンガンを浴びせられた時より身動きが取れないようだ。
「はははっ。普段は女子にウケしているっと言っても、所詮は財閥御曹司の力故さ。まともにレディを扱えない、天パ赤ゴリラでは本物のレディの心は掴めないよ」
ふわふわと言いながら、金髪男が私の前に立つ。
確か『
「では、神楽さん。どうかこのボクと――」
「無理です。貴方のような軟派野郎が一番嫌いだから」
「アウチッ!」
堅勇も同じように膝から崩れ落ち、天馬に並ぶ。
次に、坊ちゃん刈りの
「あ、あのぅ、俺はどうかなぁ? 良かったら……」
「嫌よ。笑顔が胡散臭いもの」
「酷い! ママにも言われたことないのに~!」
茶近はショックで地面に四つん這いになり、他の二人に並んだ。
こいつママっ子だったのね……引くわ。
最後に残された『
「い、いやぁ……僕は別にそいうつもりで居るわけじゃ……」
「そう? でも念を押して言っておくわ。貴方とも無理だから……なんかクールそうに見えて裏表がありそう」
「そんな告白すらしてないのに……おまけに人格まで非難されるなんて」
勇魁も膝を崩して跪く。
結果、四人全員が、私の「無理」でひれ伏す形となった。
私は仁王立ちで彼らを見下ろす。
「……なんなの、これ? キミ達、また何を企んでいるわけ?」
「企んでねぇよ。これは、そのぅ、集団告白だ……ミカナ、お前に対してのな」
天馬が顔を上げて答える。
「集団告白? 勇磨くん……キミね、私に何やろうとしたか覚えているの? 殴り掛かってくるわ、投げ飛ばそうとしたでしょ? あと『死ね』とか『クソ女』って言ったわよね? 言っとくけど、私ネチっこいからね!」
「わかっている……俺は、そのタフさに惚れたんだ。あんなに容赦のない女は、お前が初めてだ」
凶犬の貴方にだけは言われたくないわ。
「ボクはワンチャンあればと思ったまでで……」
堅勇も顔を上げて言ってきた。
キャラ通り、こいつが一番、最低男ね。
「俺ぇ、そのぅ、ノリと勢いで……」
茶近は平和そうな顔でニコニコ笑った。
それ最もタチの悪いパターンよ!
集団告白の典型的な野次馬根性じゃない!?
「だから僕は、そういつもりじゃ……告白してないのに、ただ罵声だけ浴びせられて」
勇魁は腑に落ちない様子でただショックを受けている。
悪かったわね。のこのこ居合わせるからよ。
「どっちにしても、つい先日まで争っていたキミ達の誰かと交際なんて考えられるわけないでしょ? はっきり言って、キミ達のようなドヤ顔で苦労知らずのスネっかじりなんて大っ嫌いだからね! いくらお金積まれようと絶対に無理だから」
「そんなつもりねーよ。金でどうこうならないから、余計にお前を好きになっちまったんだ……。無理なのもわかっていた。けど、この気持ちが抑えられねぇんだ」
「あのね、勇磨くん」
「天馬って呼んでくれ」
「じゃあ、天馬くん。いくら必死で想ってくれても、私に限って嫌いから好きになるなんてチョロいこと絶対にないからね! 昨日の敵は今日だって親の敵くらい憎いんだから! やれる前にやってやるのが私の主義よ!」
「そう! そこだよ! 俺が惚れちまったのは……! こんなストロングな女、出会ったことがねぇ! きっと俺の生涯の中じゃ、ミカナお前だけなんだ! もうストロング・ミカナって呼んでいい!?」
駄目だ、こいつ……子供のように瞳をキラキラさせて言ってくる。
ところで、ストロング・ミカナって何よ? 女子レスラーみたいじゃない!? 絶対に呼ばせないからね!
でも、なんとなくわかってきたわ。
この天馬って彼、きっとドMだぁ……。
私が強く言えば言うほど、彼にとってご褒美になっているんだわ。
しかし見た所……。
この天馬を中心に彼ら四人の関係が成り立っているようにも見える。
つまり、この天馬さえなんとかすれば、少なくても学園内におけるヒエラルキーのピラミッドを封じ込められるかもしれない。
彼の告白を受けることで、その『絶対的な武器』を手に入れることができる。
それに、このまま『彼ら』を放置したら、また何をしでかすかわかったもんじゃない。
凶犬には首輪が必要だ――。
みんなの学園生活を守るためにも、私が……天馬の告白を受ければ――。
…………。
やっぱ、無理。
今は男子と付き合うつもりないし。
バイト忙しいし。
なんか面倒くさそうだし。
でも……。
「――わかったわ。友達で良ければ別にいいよ。その代わり、今後はみんなと仲良くして先生の言う事も聞くのよ。お互い平穏で楽しい学園生活を送りましょう」
私は天馬に向けて手を差し出す。
彼はパッと表情を明るくして、その手を握ってきた。
「ああ、わかった! まずは友達からでいい! よろしくなぁ、ストロング・ミカナ!」
「二度とストロングって呼ばないで……次は絶交だからね」
こうして、私は友達として天馬を始めとする三人と学園生活を過ごすことになった。
その後も色々あったけど、また次の機会にするわ。
とりあえず、私が求めた平穏な学園生活をも送れているし、それなりに楽しく過ごしているのも確かだ。
彼らも相変わらず横柄な所もあるが、当時に比べればまだ丸くなった方だと思う。
しかし、私達が二年に進級して間もなく、私は周囲から『女帝』とか『女神』と崇められるようになり、天馬達は『勇者四天王』っと呼ばれるようになっていた。
きっと誰かが変な噂を流しているに違いないわ。
見つけたら、とっちめてやらなきゃ。
――それよりも……。
新しく副会長になった、神西 幸之くん。
初めて会って話したのに、何処か他人のような気がしない。
私が男子に向けて、こういう感情を抱くのは初めてだ。
ましてや年下なのに……。
ちょっとだけ彼のことが気になると感じた。
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