第80話 修学旅行~ 愛紗の想い。旅の終わり




「……色々あるけど、今は家庭のことが一番かな」


「家庭? 前に会ったお母さんのことかい?」


 愛紗は首を横に振るう。


「――お父さんが会いたがっているの」


「お父さん? 愛紗の?」


「うん。わたしの家シングルなの知ってるよね?」


「ああ、そうだったね……でもお父さんの話は初めて聞いた」


「そうだよ。だって、わたし顔知らないもの」


「え?」


「お母さんも詳しく話してくれないけど、きっと籍は入れたことがないと思う……」


「そぅ……お母さんはなんて?」


「会う会わないかは、わたしの自由だって……お父さんが会いたがっている理由も話してくれないの」


 愛紗のお母さん……名前は愛菜あいなさんだっけ?


 凄ぇ美人な女性だったのを覚えている。それこそ、愛紗が大人になったような……。

 籍も入れずに、女手一つで娘を育てたんだから相当な苦労をしてきたんだろう。


 きっと、愛紗にお父さんの存在を話したのも何か特別な理由があるからなのか?


「愛紗はどうしたいの?」


「……わからない。迷っている」


「そう……」


 俺はそれ以上、何も言えない。

 会う会わないかは、愛紗が決めることだと思うから。

 けど俺が唯一、彼女に協力できることは……ただ一つ。


 握り合う手に少しだけ、きゅっと力を入れてみる。


「……愛紗。もし、お父さんに会いたいと思って、でも会うのが怖いと感じるなら……俺も一緒について行くよ」


「サキくん……」


 愛紗の大きな瞳が真っすぐ俺に向けられる。


「お節介かもしれないけど……俺も愛紗のために何かしてあげたいんだ。いつも支えてもらっているから……ね」


 俺は瞳を逸らさず、思ったままの気持ちを話す。


 特に彼女には下手にカッコつけるより、素直でありのままの気持ちを告げるべきだと思った。


 愛紗は手を握ったまま、俺と正面で向き合ってくる。

 そのまま胸元に自分の頭をくっつけて体を預けてきた。


 びくん


 思わぬ密着に心臓が大きく跳ねる。


「あ、愛紗?」


「……サキくん、ありがとう。とても嬉しいよ」


「うん……」


 俺は頷きながら空いている片手で、愛紗の亜麻色の髪を軽く撫でている。

 艶やかで柔らかい髪の感触、胸元から伝わる吐息と心地よい温もりに気持ちがトロけそうになる。


「えへへ……やっぱり優しいなぁ、サキくん」


「そんなこと……俺なりに愛紗の力になれればと……そう思っているから」


「ありがとう……でも、こんな素敵な場所なのに重い話をしてごめんね。全然、ロマンティックじゃないよね?」


「いや全然、寧ろ話してくれて嬉しいよ……俺、もっと愛紗のことが知りたいから」


「うん、うん……(もう駄目……これ以上、気持ちを打ち明けると、抑えが効かなくなっちゃうよ……サキくん)」


 しばらく、彼女とこの状態は続く。


 周囲の目もあるし、ひょっとしたら学校の誰かに見られているかもしれない。


 けど、お互い離れようとはしなかった。


 俺にとって『100万ドルの夜景』より、愛紗とこうしている時間が何百倍も価値のあることだと思えたんだ。



 ――こうして。


 素敵な思い出を刻みつつ、愛紗との修学旅行デートを終えた。



 同時に4泊5日の修学旅行も、明日でいよいよ終わろうとしている。






 最終日、団体行動で観光スポットを回り、空港へと到着した。


 飛行機に乗って地元へ帰省するだけだ。



「楽しかったねぇ、サキ♪」


 隣で詩音が得意の笑顔を向ける。


「そうだな……こんなに旅行が楽しいと思ったのは初めてかもしれない」


「また行こう、旅行。今度は仲のいいメンバーだけで」


「ああ、いいね。そうしよう――」


 俺は頷きながら思いに耽る。


 詩音、麗花、愛紗……修学旅行デートという形で初めて語り合い、そして触れ合って一緒にいることを楽しんだ。


 みんなが普段考えていることが見えたりわかったり、俺にとっては何より貴重なひと時だった。


 やっぱり、三人とも素敵な女の子だと思う。一人一人と話してより深く理解する。

 結果、俺は余計に迷走してしまうことになるのだが……。


 だけど、愛紗の言葉が救いになった。


 ――焦って答えを出す必要はない。


 彼女達も今の曖昧な関係を楽しんでくれているようだ。


 その反面、外部からの侵入には相当シビアな所もあるのだと知る。


 俺はこのまま自分を磨き上げ鍛えていくことを目標とする。


 これからもボクシングや技の習得を精力的に行いつつ、疎か気味である勉強にも力を入れよう。


 そして、彼女達に胸を張れる男を目指す。


 まぁ、ぶっちゃけ原点に戻るだけなんだけね……。



「……フフフ、データ収得完了。僕の人生で一番有意義な時間だった」


 隣の黒原がまた何かブツブツ何かを呟いている。

 不気味だが一応は笑顔だ。


 こいつなりに色々収穫があったみたいで、俺がデートから戻る度に何故かテンションが上がっている。


 楽しめたようだから、それはそれでいいんだけど……気味が悪いのも事実だ。


 まぁ、これから生徒会でお互い協力しなければならないから仲良くしておかないとな。


 ちなみに、リョウはあれから千夏さんと『初手繋ぎ』を成功させ、「男になってきた」と豪語していた。


 シンも天宮さんと来住さんとLINE交換するまでの仲になったとか。

 また生徒会も「今の自分を変えていきたい」と考えているようだ。



 みんなそれぞれ楽しんでくれたようで良かった。


 俺も班のリーダーをした甲斐もあったと思う。

 


 こうして長いようで短かった修学旅行は幕を閉じる。


 本当に色々あって楽しかったなぁ。


 一生の思い出になった。






 そして、俺は家に帰ってきた。


 空虚感が半端ない。


 あんだけ賑やかなところから、一変して独り暮らしに戻ったので寂しさが漂ってくる。


 しゃーない。

 学校に行けば、またみんなに会えるだろう。


 だけど明日は週末なので、二日間はずっと一人か……。


 リョウのところにでも遊びに行こうかな?

 駄目なら、それこそ愛紗達を誘って遊びに行くか?



 そう考えながら、俺はポストにあった郵便物を居間に持ってきた、


 パラパラと順番に封筒類を確認する。


 う~ん。

 特に大したモノはないようだ。


 っと、思っていたら。



「あっ――父さんからの手紙だ」


 俺の親父、名は『神西 幸将ゆきまさ』。

 周囲には海外出張と言っているが、実はクルーズ船の船長をしており、年中世界を回っている船乗りだ。


 そして、お袋は親父について行く形で乗船している。

 何故なら、二人はいい歳してラブラブだからだ。


 お袋も俺が中学まで家にいたが「もう独り暮らしできるでしょ?」っと、勝手に言い出して親父の船に乗って行ったのだ。


 あまりにも身勝手さに絶句してしまったが、夫婦仲がいいから仕方ないと割り切った。


 そんなお袋の名は『神西 蘭子らんこ』。

 最近、ユーチューバーになったと聞いている。


 暇さえあれば、ドローンで世界中の風景や街並みを撮ってネットに流しているらしい。

 その筋では割と有名人とか。


 まぁ、息子を置き去りにして放浪しているんだからどうでもいいや。



 とりあえず、封筒を開けて手紙を取り出し、さっと目を通す。



「ん? 親父達、カンボジアに行ってたのか…待てよ――」


 カンボジアって……あそこじゃね?



 ――あの『遊井 勇哉』が追放された国じゃねぇか!?






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