第27話 夏休み。影の勇者についての話




 王田おうた 勇星ゆうせい



 その名が出て、俺の表情が強張る。

 リョウが俺と二人で語ろうとしている本題であると気づいた。


「ああ、前にニコちゃんを案内した時に、たまたま会ってね。愛紗の話だと同じ中学だったって聞いたから……リョウだって同じ学校だろ?」


「ああ。あいつの仲間の一人、ボコったことあるぜ。今同じ高校でサッカーやっている、内島ないとう 健斗けんとって奴だ」


「ボコったってどうして?」


「俺の後輩を狙って来たからだよ。内島って奴も元ヤンだからな。喧嘩自慢だったらしいが、王田の腰巾着している時点で俺には勝てねーよ」


「やっぱり、王田って奴も遊井みたいな奴なのか?」


「……俺からすりゃ、遊井の方がシンプルでわかりやすいかもなぁ」


「シンプル?」


「王田 勇星をことわざで例えるなら『能ある鷹は爪を隠す』、そんなタイプの男だ」


「どういう意味だ?」


「奴は遊井に続くNO.2とか言われているが、実際はお互い何かを争うとかのライバル関係じゃない。どちらかと言えば、王田は遊井を立てていた方だ」


「仲間だったのか?」


「……違う。寧ろ、遊井を利用していたように見える。なんつーか、遊井をわざと目立たせて自分は裏方で目立たずくつろいでいるような……そんな奴だ」


「そういや生徒会でも副会長だったな?」


「多分、それもわざとだ。確か生徒会の立候補戦で麗花さんと対立する筈だったが、自分から降りて彼女を推薦したって聞いたぜ」


「麗花も王田の方が遊井よりポテンシャルが高いって言ってたなぁ」


「成績もトップクラスだが一位を取ったことはない。運動も善戦するも二位か三位だ……大抵最後の方で手を抜いた感じに見えたぜ」


「全てわざとだってか?」


「ああ、王田は知っているんだよ……トップになるってことは名誉だけじゃない。注目を浴びることで羨望や嫉妬も必ずついて回るってな。多分、その辺がシンプルでわかりやすい遊井との違いだと思うぜ」


 言われてみれば、遊井はひたすら目立ちたく、注目を浴びたかった勇者だからなぁ。


 王田は対照に注目を浴びたくない勇者だっていうのか?



 まるで真逆の男。



 ――影の勇者。



 リョウの話を聞く限り、そう思えて仕方ない。



 俺はどうしても、奴を忘れることができなかった。


 あの時、生徒会室でのやり取りと、愛紗を見る眼差しが気になってしまう。


 それこそ一番身近にいる、同じクラスの愛紗や生徒会の麗花に聞くのが一番だけど……。

 余計な心配を掛けさせるような気がして躊躇してしまった。


 だから一緒の中学だったリョウから聞いてみることにしたんだ。


 おかげでなんとなくだが、どんな奴なのかわかった。


 けど結局は――。



「王田っていい奴なのか?」


「……さぁな。何分目立つのを嫌がる男だからな。遊井の次にちょくちょく名前は上がるがそれだけだ。特に他人とトラブルを起こしたことはない。けど『もう一人の勇者』って言われるだけあって喧嘩は強いと思うぜ。剣道も有段者で、全国大会で準優勝しているからな」


 準優勝……それもわざとなのか?

 必要以上に注目を浴びたくないから、実力はあっても二番手に収まっているのか。


 一番の奴を生贄に、自分は陰で自由に動けるようになるメリットを選んだ男……。

 そう考えると、なんか怖くなってきたぞ。


「『内島 健斗』って奴とは、どんな関係なんだ?」


「王田と幼馴染らしいぜ。もう一人、野郎で年下の一年生がいる。確か間藤まとう しょうっていう背のちっちゃい女みたいな奴だ。同級生から年上まで人気があるようだな」


「ふ~ん。一年のことまで随分と詳しいな、リョウ」


「その間藤って奴と同じクラスに、俺の後輩がいるんだ。昔世話した同じ元ヤンのな……昨日、そいつから聞いた情報だ」


 なるほど、元ヤン同士のそれなりの情報網があるんだな。


 にしても、三人の幼馴染か……なんか愛紗達と被ってしまう。



「王田の親は相当な金持ちと聞いたけど……」


「ん? ああ……」


 急にリョウは口籠る。


「どうした?」


「……政治家一族の御曹司らしいぜ」


「政治家?」


「しかも相当力があるらしい。昔、内島が警察にパクられそうになった時も上手く便宜を図ってもらったって聞いたぜ」


「誰から聞いたんだよ?」


「内島自身だよ。俺とタイマン張る前に、ビビらせようとして確かにそう言ったぜ。『幼馴染である王田の親のコネを使えば殺人だって無罪になるんだぜ』ってよぉ。本当か嘘かはわかんねぇけど、当時の内島の無茶ブリやイキがっていた感じだと案外ハッタリじゃないかもなぁ」


「まさか……ドラマじゃあるまいし」


「……俺にもわかんねぇ。けどよぉ、サキ……もう、いいんじゃねぇか?」


「いいって?」


「クラスも別だし、王田とは下手に関わらない方がよぉ……」


「え?」


 俺は親友の言葉に耳を疑う。


 あの負けん気の強いリョウが初めて見せた弱気な態度だったから。

 つまり、それだけ相手が悪いと言いたげだ。


「勿論だよ。別に何もされてないし……ただ気になったから聞いてみただけださ」


「ならいい……なんかあったら教えてくれよ」


「ああ、ありがと……」


 俺は『王田 勇星』について、それ以上気にしないことにする。

 考えてみれば得体が知れない奴ってだけで、俺達に害があるわけでもない。


 ただ遊井と同じように「勇者」っと呼ばれているから、何か神経質になっていたんだろう。

 まぁ、一学期の最後で警察沙汰になるほど散々な目にあったから、ああいう「なんちゃって優等生タイプ」にトラウマを抱いてしまうのかもしれない。



 とにかく今は楽しもう!


「サキーッ! ヒノッチもおいでよぉ!」


 詩音達が手を振って呼んでいる。


「よぉぉぉぉし! みんなぁ、行くぜぇ! ヒヤッハー!」


 俺は不安を打ち消すように、女子達と海ではしゃぎまくる。


 カナヅチのリョウだけ荷物番をさせてしまったけど。



 遊び疲れた夕方頃、俺達はリョウの親戚が経営する旅館に泊まることになった。


 宿だけでなく夕食もご馳走してもらってなんだか申し訳ない。


 つーか、リョウの奴が彼女の千夏さんの水着姿が見たい理由で誘われた海水浴だってのに、えらいVIP待遇だよな?




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