第28話 以下、とある小説から抜粋

 ──深夜、インターホンが鳴った。

 まりこの部屋のインターホンだ。まりこはびくりと体を跳ねさせて、ゆっくりと布団から身を起こした。摺り寄せるようにして足音を抑えながら、玄関の覗き穴に目を近づける。

 まりこの見開いた瞳に、覗き穴越しに黒い背格好の男の姿が映り込んだ。恐怖におののいてまりこは腰を抜かしそうになりながら、息を殺して後ずさりする。

 ──どれくらい時間が経ったのだろうか。まりこは玄関のドアノブに何かがかけられる音を察知して、ようやく男が去ってくれたことを理解した。

 ……なんだろう。また嫌がらせだろうか。

 そう思い返したところで、まりこはだんだんと腹が立ってきた。玄関の外に気配はない。しかし、ドアにかけた“何か”を確認するためにドアを開けた隙を狙ってくるつもりなのかもしれない。と思い至ると、恐怖がますます怒りに変わっていく。

 ──バカにしないでよ。返り討ちにしてやるんだから!

 決心がついたまりこは勢いよくドアを開け放った。隠れている犯人にぶつかればいいと思った。しかし、ドアは虚しくも何にも打つかることなく反動で押し戻されてきた。しかし、カサカサとドアに擦れる紙袋の音が耳に入ると、まりこは目的を思い出す。

 一応辺りを見渡すも人影はない。そうしてやっと、ドアノブに手をかけ、紙袋を取ると部屋に戻って鍵をかけた。

 冷静さを欠いた行動だったと、今更ながらにどっと汗が流れる。疲労感に包まれたまま、まりこは最後までその荷物の中身を確認するまでは、戦意を喪失させてはいけないと腹をくくった。

 紙袋の中には、手紙のようなものと、鍵が一緒に入っていた。

 ──鍵。

 手に取ってみると、見慣れた凹凸部分がキラリと薄暗い室内で光った。

 これはまさしく正真正銘のこの部屋の鍵だった。ストーカー男は、まりこの知らぬ間に合鍵まで手に入れていたのだ。それをまりこに知らしめるためだけに、わざわざスペアキーを手紙と一緒にここへ置いていったのだ。それは、男が入ろうと思えばいつでもこの部屋の中へ侵入することができるということを意味している。

 途端に、意思に反してガタガタ手足が震えだすまりこ。

 午後に椎名家を飛び出したきり、拓海とも連絡を絶っていたまりこには、もはや椎名家にも、椎名家の主人である拓海にも頼ることができない。

 突如、スマホから知らない番号で着信が入る。画面を確認したまま硬直している間に、着信は止まり、我に帰ったまりこは急いで留守電を聞いた。ボソボソと何か聞こえる。電波が悪いようで、とても不気味な音だった。しかし、まりこの鼓膜に響いたのは、最もおぞましい言葉だった。

「君が大人になってしまう前に、僕は君を迎えにいくよ」

 低くしゃがれたような声で、マスクごしにドスの効いた声と、くぐもった荒い息遣い。

 ──カシャン。

 金属音に驚いて、スマホを耳から離した。ドアの鍵が開けられたようだ。

 まりこは懸命に、瞬間的に思い返す。先程自分がチェーンをかけたかどうかを。

 そして脳内のどこを探しても、自分がそうした記憶がないことに絶望した。

 ──もうおしまいだ……!

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