第15話

「悪魔もここまで来ると飽きるね」

 移動、村や街への立ち寄り、そのたびに魔王の遣いが送られてきては面倒にも程がある。

 今回はまたもや森林地帯でだった。

 既に、決着は付いたかのように磔にされている。黒い肌と、額から伸びた二本の角、黒い結膜、瞳は金。目頭と目尻からは赤い涙が垂れ落ちる。

「最初のうちは面白いと思ったけど。どれも弱いし、魔法も攻撃方法も雑。簡単に騙される」

 ギロチンで首をはねれば悪魔は死ぬこともわかった。人間と同じで彼らも生命活動をしているということも。

「ここまでーー」

 死んでいたと思った。

 だから、梟も油断していた。

「何だい……。まだ、何かあるんだ」

 ブツブツと悪魔の呟きがカシウスの耳に届いた。

「お前はオレの身を捧げて殺す……。魔王様の為に……」

 その奥にあるもの。

 魔法の最奥。

 今まで知ることができても、扱うことのなかったもの。

「いいよ。特別に見せてもらおう」

 それが何であるか。

 それがどんなものであるか。

 見ていたい。知っていたい。理解したい。愛に関係などなかった。単純な魔法への興味だった。

「禁忌術式ーー」

 その言葉を聞いた瞬間にカシウスは心臓がドクンと大きく鼓動するのを理解した。

 好奇心故に。

 魔法は本来であれば、魔力を捧げることで威力を発揮するものである。それは神の力を借りるということに他ならないのである。

 そして、全て神は差別しない。捧げられた魔力に応じて、魔法を与える。

 しかし魔法の中には魔力を必要としない、禁忌術式というものがある。

 それは命を捧げる魔法。

 魔力を求めず、その命とその身を捧げるという信仰を以て、絶対の成功と、絶対の威力を放つ、万種万人、誰が放とうと、同じだけの威力を持つ原始的魔法。

「ニヴルヘイム」

 その瞬間に磔にされた悪魔を起点として氷が世界を覆っていく。まるで氷河期になったかのように、そこら一帯が変わる。

「禁忌術式はそう言うものなんだね……」

 どこか興味深そうに、カシウスは呟く。その両足は凍りつき、今にも氷が全身を包もうとしている。

 ニヴルヘイムは半径五キロメートルを氷獄へと変化させ、そして、すべてを砕く。生存不可能の絶死の魔法である。

「聞いても答えられないか……。まあ、勝手に納得しておくよ」

 カシウスの全てが凍るまで、残された時間も多くない。だが、それと同時にカシウスは理解する。

 カシウスは禁忌術式の使用に踏み込む。

「より多くの人間を救わなきゃならないからね。禁忌術式ーー」

 結果として、カシウスは生き延びた。

 カシウスは、禁忌術式を受けたのにもかかわらず、剰え、禁忌術式を使用したのにも関わらず、生還した。

 理屈はカシウスは確かに理解した。

「……これは私が梟である故に、かな」

 そして、全ての結果を考えて、そう呟いた。

 ただ、それが救いに繋がるのかという問いには、関係ないとしか答えられない。

 カシウスが例外的存在であるということは確定してしまったのだが。

「悪魔も偶には良いものを送ってくれたね」

 梟という驚異に一つ武器を与えてしまった。それが悪魔の失態であった。

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