その2:もうひとつの日和山
日和山。ひよりやま……か。越してきてひと月ほどだから、俺もそれほどこの辺の地理に詳しいわけではない。しかし、この辺りを日和山というのは知っていた。ちょっと離れるが、日和山小学校というのもあった気がする。
「そうだよ。たしかこの展望台が日和山展望台って言ってたと思うし、下に見える砂浜は日和山浜だったかな……と」
「ですよねぇ……。わたしも、到達地点、日和山! ……と念じてここに着いたんだし……」
ん? また何言ってるんだ?
「いや、あのさ。ひより……ちゃんはこの辺の子じゃないの? 念じて着いたって……なに? こんな時間にここで何してたの?」
俺は矢継ぎ早に質問する。子どもが劇の練習してたにしては何か変だ。彼女は少し上を向いて考えてにこりと笑って言う。
「呼び捨てでいいですよ。拳を交えた仲じゃないですか」
いや、叩き込まれただけで交えてはいないが。
「それで……信じないかもしれないですけど……。わたしは……使命を持って神界から来たんです」
「あんまりそうは見えないな……」
「そうですかぁ? この格好って、そんな感じじゃないですか?」
「どうせなら、身体にウロコでもびっしりつけたり、耳のあたりにヒレでもつけてゲギョゲギョ言ってたほうが……」
「何言ってるんですか?」
「半魚人なんだろ?」
「…………あっ! シンカイって、深い海じゃないですよっ! 神様の世界! それにどうせ言うなら、半魚人じゃなくて人魚って言ってくださいよぅっ!」
「いや、だって、ちゃんとした足があって飛んだりはねたりしてたじゃん。人魚というよりは半魚人かなと」
「うぐぐ……。でも乙女に対して……。あっ。いやそれはどうでもいいんですっ! とにかくわたしは神様の世界から来たんですっ」
「はーん。なるほどー」
「信じてませんねっ。信じてもらえないだろうとは思いましたけど、その聞く態度がイライラしますっ! 自分で聞いといてっ。こっちはちゃんと話してるのにっ」
神界からとかなぁ……。信じろというほうが無理だよなぁ。ホントに信じる人間がいたら、それはアブないやつだぞ。
この子、中学生くらいなのかな。ちょっと幼いけど。リアル中二病ということかな。そういう意味では年相応で病気ではないわけだけど。少しつきあってやるか。
「ということは……。キミ……ひよりは神様なの?」
ひよりは、ぶんぶんと手と首を振って否定する。
「違いますよぅっ! 恐れ多い! わたしはこの格好どおり、神様に仕える者ですっ」
「ほう。やっぱり、その格好は巫女さんなのか。神界の巫女さんが神様に言われたと。もうすぐ地上の新潟の街に鬼が出現するから、誰か行けと。護符をやるから退治しろと。行き先は日和山だと。名前が似てるからひより、お前行けと。そういうことか」
それを聞いて、パッと表情を明るくしたひより。
「すごい! ちょっと違いますけど、けっこう合ってます! 理解してくれたんですね! 信じてくれたんですねっ!」
いや適当にありそうなストーリーを言ってみただけなんだが、合ってるのか。安い劇だな。やっぱり学芸会か。
ひよりは、信じてもらえてうれしいのか、にこにこしながら聞いてくる。
「そういえば、わたしが話すばっかりで、あなたのことは聞いてませんでしたね。お名前、何ていうんですか? わたしは心の中で鬼さん、と呼んでたですけど。お兄さんの方がいいですかね」
俺って鬼に見えるのか? まぁ、成り行きで鬼と思われたんだろうしな。お兄ちゃん呼ばわりも悪くはない気もするが、普通に名前で呼んでくれ。
「俺は、八代巡。や・し・ろ・め・ぐ・る、だ。メグルって呼んでくれればいいよ。先月からこの街に住んでる。一人暮らしの……フリーターだよ」
「ニートってやつですか」
「ニートとフリーターは違うよ! 働く意志はある! 親の世話にもなってない!」
「ごめんなさい……。地上の知識は正確じゃなくて」
「でもニートなんて言葉は知ってるのか。神界にいたのに」
「神界でも地上のテレビは観られるんですよ。街頭テレビみたいなやつですけど」
マジか。神界まで電波いってるのか。しかし街頭テレビって……。いやいや、神界ってこと自体信じてないけども。
それから少しの間他愛のない話、メグルってグルメの反対みたいだよね、とか、ヘブンズクラッシュという技もあるとかいう話をしていたのだけど。
「そういえばさ、展望台で封邪の護符よー、とか言ってたけど、それで鬼と戦うわけ?」
気軽な俺の問いかけに、ひよりはビクッとした。そして
「ああああ。そうでしたっ。こんな、ほんわかしてる場合じゃなくって。どうしよぉぉぉ」
と、大変なことを思い出したかのように頭を抱えた。
あれ。もっと気軽な感じで話してくれるかと思ったのに。役に入り込む子だなぁ。
「その……。なんて言ったっけ。護符同化? が失敗したって言ってたけど、そんな重大なことなの?」
ひよりはまた涙目になりながら言う。
「重大ですよぉ……。わたし、そのために遣わされたんですから……。鬼を封印できるのは、封邪の護符と一体になった巫女だけなんです。護符をわたしの身体に取り込むために護符同化の術式を何度も発動しようとしたんですけど……できなくて……」
ふーん。それで展望台の上で叫んでたんだろうけど……。どうなると成功なんだろう。呪文を唱えて、護符をふところに入れるというだけじゃダメなのかな。まさか護符を飲み込むことを要求されてるとか……。女の子にそれはなぁ……。間違ってるよ。うむ。お兄さんが何かアイデアを出してやろうか。
「よし。それじゃあ、その術式とやらが間違ってないか検証してみようか。手順を説明してよ」
「手順と言っても、それほど複雑なものでもないですけど……」
「まぁ、実際に口に出して確かめてみると意外と間違いが見つかったりするもんだよ」
「そうです……ね。それじゃあ」
俺は笑顔でうなずいてみせる。ひよりは続ける。
「まず……日和山山頂のお社で拝礼して……。方角石で北の方向を確認してそちらを向いて……。『封邪の護符よ! 我が身体に入りて心とひとつになりその力を顕現せしめよ!』と唱えて護符を身体に押し当てる……。というのが一連の流れなんですが」
「ん……。後半は俺も見てたから知ってるけど、前半は初めて聞く言葉が出てきたな」
「そうですか?」
「山頂のお社、とかさ。方角石で北を、とかさ。それはやったの?」
「だって……ここにはお社も方角石もないから……。絶対あるはずなのに……。それで、高いところに上れば拝礼とか方角はなんとかなるかなーって……」
「行動が雑だなぁ。俺も行ったことはないんだけどさ、街の方からこの展望台へ来る途中に、神社があるんだよ。そこは確かに小高い丘みたいになってた。あれを山と見れば……それも日和山なのかもしれない」
「えっ。日和山って、ここだけじゃないんですかっ?」
「行ってみるしかないだろ? 行くぞ!」
「はいっ」
なんだかおかしなことになってきたが、設定された舞台を完璧にすれば納得の行く演技もできるのかもしれない。
俺とひよりは、坂の下にある山、おそらくはもうひとつの日和山にある神社へ向かって、急な坂を降りていった。
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