第240話:温泉とおもてなしと騒動と 38
「……そ、そんな。赤城さんが、嘘よ」
信じられないといった感じで先生が呟くと、その後しばらくは無言が続いた。
俺からすればヤンキーだった赤城が人を殺す未来はあると思っていた。
だが、レベルを見れば相当な数の人間を殺したことは明白で、ここまでするとは俺も予想していなかった。
鑑定すれば赤城がどれだけの人間を殺したのかもわかるかもしれないが……止めておこう。それをしたところで、俺が嫌な気持ちになるだけだと思うからな。
「……改めて問おう、異世界人の者たちよ」
すると、陛下が厳かな声音で言葉を発した。
その雰囲気から、この発言が一国の王としての発言であることは誰の目にも明らかだ。
全員の視線が陛下へと向き、次の言葉を待った。
「今回の敵は、お主らと同郷の者である。そして、間違いなく殺し合いになるであろう」
「――! ……っ!」
陛下の言葉に物申すかと思っていた先生だが、自分でも理解しているのだろう、表情には憤りが出ていたものの口を噤んでいる。
その様子を陛下も確認したのか、一つ小さく頷いたあとに言葉を続けた。
「……お主らが同郷の者と死闘をしたくないというのであれば、我らが相手をしても良いと思っておる。それほどにお主らには助けられておるからな」
「相手が強いほど、俺の実力は上がるからな! 相手がレベル75の格上であろうとも、負けるつもりはさらさらないぞ!」
「私も協力いたします。特級職の戦闘職が隠れて見ているわけにはいきませんからね」
騎士団長とディートリヒ様が力強い言葉でそう宣言してくれた。
だが……それをお願いする様な人間ではないことを、俺はもう知っちゃったんだよなぁ。
「……いいえ、ダメです! 赤城さんは、私が止めてみせます!」
「……ハルカよ。その結果、お主が殺されるかもしれないのだぞ?」
「それでも構いません! 生徒が殺されるかもしれないのに、先生である私が指をくわえて見ているだけだなんて、絶対にダメなんです!」
先生はシュリーデン国に戦争を仕掛ける時にも同じようなことを口にしていた。
赤城がヤンキーだとしても、先生からすれば他と変わらない一人の生徒なのだ。
……まあ、だからといって先生をそのまま赤城とぶつけるわけにはいかないよな。
「先生はダメです」
「なんでよ、真広君!」
「だって先生、死ぬつもりだろう?」
「赤城さんが殺されるくらいなら、私が死んだって――」
「そこに俺たちの気持ちは含まれているのか?」
「……えっ?」
最初こそただ巻き込まれただけのかわいそうな教師という立ち位置だった先生だが、今では俺たちを助けてくれた仲間であり、欠けてはいけない存在にもなっている。
それに何より、俺が嫌なのだ。先生が死んでしまうことが。それに――
「私も嫌です、先生!」
「当然私もだよ!」
「俺たちは先生が死んでいいだなんて思っていません」
「生徒たちのことを一番に考えるのであれば、俺たちの気持ちも理解してくれているんだよな?」
円が、ユリアが、新が言葉を紡ぎ、もう一度俺が気持ちを伝える。
「先生が赤城を守りたいと思うように、俺たちも先生を守りたいと思っているんだ。その気持ちは無視していいものなのか?」
「そんなことはないわ! でも、それでも私は……」
「……なあ、先生。どうして赤城と戦うことばかり考えているんだ?」
「……えっ?」
そもそも、赤城とぶつかればどちらかが死んでしまうと考えることが間違えている。
というか、戦争の時だって先生は最初に言っていたじゃないか。
「殺し合いをするわけじゃない。赤城を無力化できればいいんだろう?」
「レベル75の者を相手にして、それが可能なのか?」
「一人では無理です。……そう、一人では」
そう口にしたあと、俺は先生を見て、円たちにも視線を向ける。
「俺たち全員が協力すれば、赤城を無効化させることができる。だけど、一筋縄ではいかない。それでもやってやる、先生のために赤城を捕まえてもいいって奴はいるか?」
「頑張るわ!」
「当然よ!」
「仲間を助ける、それだけだろう?」
円たちの答えは聞けた。あとは、先生の答えを聞くだけだ。
「どうする、先生? 俺たちと一緒に、赤城にお灸を据えないか?」
「……でも、みんなが怪我をするかもしれないのよ?」
「そんなもん、今さらだろう?」
グッと口を引き結んだ先生の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「……ありがとう、真広君。ありがとう、みんな」
「陛下もそれでいいですね?」
「もちろんじゃ。こちらからも戦力を送ろうか?」
「……いいえ。これは俺たちの問題です。なら、俺たちで片を付けるべきです」
「わかった。じゃが、無理はするなよ?」
「もちろんです。俺はまだ、この世界を堪能したわけじゃないですからね」
こうして、俺たちは赤城を迎え撃つことになったのだった。
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