第209話:温泉とおもてなしと騒動と 10

「――おぉっ! 待ちわびたぞ、マヒロ! さあ、すぐに向かうぞ!」

「ちょっと! 待ってくださいよ、陛下!」


 王の間に通された俺たちだったが、陛下は扉が閉められたと同時に椅子から立ち上がって前のめりに近づいてきた。

 それはさすがにどうなのかと思い、止めながらチラリとディートリヒ様を見た。


「ゴホン! ……陛下、一度戻っていただいてもよろしいですか? マヒロ様が困っておりますよ?」

「むっ、そうか? ならば、一度下がろうかのう」

「お、お願いいたします、陛下」


 俺は視線だけでディートリヒ様にお礼を伝えると、仕切り直してグランザウォールの温泉街へ招待することを伝えた。


「ところでマヒロよ。オンセンガイとはなんなのだ? 全く想像がつかないのだが?」

「私も気になっています。過去の文献を紐解いても、オンセンガイという文言は出てきませんでしたから」


 おや? 過去の異世界人は温泉を見つけられなかったのだろうか?

 まあ、俺たちが掘り当てた温泉は魔の森の中にあったわけだし、他で見つからないのは仕方がないのかもしれないな。


「簡単に言うと、お風呂です」

「「……お風呂?」」

「はい。ただ、とても気持ち良くて、効能がとても良いお風呂ですね」


 とても簡単に説明してみたが、二人はあまり想像がつかないようだ。


「まあ、行ってみたらわかりますよ。それと、俺たちのおもてなしをしっかりと受けてくださいね」

「ほほう? 我はここで毎日のように部下からのおもてなしを受けているのだぞ? それを超えられるとでも思っておるのか?」


 ニヤリと笑いながらそう口にした陛下を見て、俺も笑い返す。


「細かな身の回りの世話はさすがに無理ですが、少なくても食事は満足いくものを提供できると言い切れますよ?」

「料理とな? ここには中級職の料理人がいるのだぞ?」


 中級職ってことは、屋嘉さんと同じか。

 だが、王城の料理人なわけだからデザート作りをメインに置いている中級職ではないだろう。

 それを思えばこちらのメインを張るのは上級職の漣である。

 これは……ぐふふ、料理に満足してもらえるのは確定だな。


「先に伝えておきますが、こちらにも中級職の料理人がいます。そして、上級職もね」

「「じょ、上級職の料理人だって!?」」


 よしよし、いい反応だな。


「というわけで、一つお願いがあります。こちらから料理人を一人連れて来てくれませんか?」

「……まさか、指導してくれるのか!」

「はい。二人の料理人は俺たちと同じ異世界人です。グランザウォールに残りたいと言っていますしこちらには連れて来れません。陛下が連れていきたいと言ってもダメですよ?」

「むっ! ……ま、まあ、そうであるな」


 先に釘を刺しておいてよかった~。明らかに残念そうな声を漏らしているよ。


「ですが、美味しい料理は多くの人に食べて欲しいという想いもあります。というわけで、料理人を派遣してくれればレシピも含めて色々と指導することが可能です」


 最後にニコリと満面の笑みを浮かべて追い打ちを掛ける。


「……さ、さすがに我もそこまで無理を通すつもりはないぞ?」

「そうですか? 陛下がその気になればできちゃいそうですけど?」

「……ほ、本当だ! 絶対にやらん! 料理人もちゃんと派遣しよう!」


 ふふふ、よかったぜ。

 しかし、これでは秘密兵器を用意したのに意味がなかったな。

 ……いや、どうせならデザート職人も呼んでもらおう。


「それと、こちらは中級職の料理人が作った焼き菓子でございます」

「……焼き菓子とな? それも、中級職の料理人なのか?」


 おっと、陛下は少し残念そうにしているな。

 だが、これは屋嘉さんが陛下を説得させるためにと作った渾身の作品だ。


「是非にも一口いただいてくれればと。せっかくなら、菓子職人も一緒に呼んでいただければと思います」

「ふむ、菓子職人の中級職か。……いただこう」

「では陛下。先に私が食しましょう」

「あっ、それなら俺が先に食べますよ。毒味、ですよね?」


 こういうのも見たことがあるな。王侯貴族って大変だよな、本当に。

 というわけで、俺は袋に入った焼き菓子、クッキーを口に運ぶ。

 ……ふふふ、マジで美味いな。


「トウリさん、インチキです!」

「私も食べたいんだけどー」

「俺にも分けてくれ」

「僕も食べたいなー」

「ま、待て! それは我らへの献上品であろう!」

「早く頂きましょう、陛下!」


 アリーシャたちが思わず声をあげていたからか、陛下とディートリヒ様が慌てて俺の手から袋を取り上げてしまった。


「では、食すとするか!」

「はい!」


 …………ふふふ、無言の二人だが、その表情が美味であると物語っていますよ。


「……うむ、菓子職人も連れていこう!」

「はい!」


 こうして、料理人と菓子職人の同行が決定した。

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