第162話:グランザウォール 4

 今日は桃李たちが戻ってくる予定の日だ。

 アリーシャは朝から落ち着かず、宿屋の入口を何度も往復していた。


「姉さん、少しは落ち着きなよ」


 そんなアリーシャの姿を苦笑しながら見ていたグウェインがそう口にする。

 しかし、アリーシャは落ち着くどころかグウェインに詰め寄ってやや大きめの声で否定してきた。


「そんなもの、無理に決まっているじゃないですか! だって、トウリさんたちが今日戻ってくるんですよ! むしろ、どうしてグウェインは落ち着いていられるんですか!」

「いや、だって、無事に戻ってくるんだろう? だったら笑顔で迎えてあげた方がいいじゃないか」

「それはそうだけど……うん……うーん……ダメ、やっぱり無理よ!」

「……はぁ」


 落ち着こうとしたのか目を閉じて何度か深呼吸をしたアリーシャだったが、長くは続かずにあっさりと諦めてしまった。


「姉さんもそうだけど、アキガセさんやユリアさんも落ち着かないよね」

「そこでどうして二人の名前が出るの?」

「知らないの? あの二人、落ち着かな過ぎて魔の森へ魔獣狩りに行っちゃったよ?」


 グウェインの言う通り、ユリアと春香も朝早くから目を覚ましてしまい、全く落ち着く事ができず、二人揃って魔の森へ足を運び体を動かす事で気持ちをはぐらかしていた。


「……そ、それじゃあ、私は二人よりはマシね! だって、魔の森には行っていないんだもの!」

「いや、大して変わらないんじゃないの?」

「う、うるさいわね!」


 グウェインがそう口にしたのには理由がある。

 今の時間は朝の七時であり、本来であればまだ寝ている時間帯だ。

 グウェインが目を覚ましたのは単にアリーシャの代わりに仕事をするためであり、今日は彼女が仕事にならないと判断しての行動だ。

 しかし、アリーシャの場合は興奮し過ぎて早く目を覚ましてしまい、それ以降寝られずにこうして入口を何度も往復しているという状況であり、グウェインからすると彼女も魔の森へ向かった二人も対して変わらなかった。


「トウリたちはお昼ごろに戻ってくるんだろう? だったら、もう少しゆっくりしてきたらどう?」

「無理よ! だって、寝られないし、寝て寝坊したら最悪だもの!」

「……あ、はい。そうですか」


 大きくため息をついたグウェインは、一度部屋に戻って残る書類を片付ける事にした。


「ちょっと、グウェイン! どこに行くのよ!」

「姉さんが仕事にならないから、僕が終わらせてくるよ」

「……そ、そう。ありがとう」

「はいはい。なんだったら、姉さんも二人みたいに魔の森へ行ってみたら? 今ならヴィルさんとリコットもいるはずだからさ」


 そう口にしたグウェインを見送ったアリーシャは、その言葉通りに宿屋を後にして魔の森へ駆け出したのだった。


 ――そして昼が近くなった時、仕事を終えたグウェインが転移魔法陣のところへ向かうと、そこにはアリーシャだけではなく、ユリアや春香、ヴィルやリコット、そしてライアンにレレイナも集まっている。

 それだけではなく、開拓地の維持に力を注いでくれた兵士や冒険者も集まっており、その中には転移の原因を作ってしまったミレイの姿もあった。


「まだですか……まだなんですか!」

「お、落ち着いて、アリーシャさん!」

「そうですよ! 領主として、焦ってはいけません! ……いけませんよ!」

「……三人とも、落ち着いてよ」


 興奮気味にお互いを落ち着かせようとしているアリーシャ、ユリア、春香を見て、グウェインはうんざりしたようにそう口にする。

 すると、三人が同時にグウェインへ振り返り、全く同じ言葉を吐き出した。


「「「無理!」」」

「……あ、はい」


 これは何を言っても意味がないと分かり、グウェインは静かに後退りする。

 すると、そのタイミングで転移魔法陣が光と共に浮かび上がり、起動を始めた。

 勢いよく振り返った三人は息をのみ、集まった全員の視線が転移魔法陣の方へ向いている。

 しばらくして光の中に何かの影が見えてくると、三人はごくりと唾を飲み込む。そして――


「「「き、来たー!」」」


 光が消えようとしたその時、三人が歓喜の声をあげたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る