第117話:自由とは程遠い異世界生活 53

 騎士たちの背中を追い掛けるように俺も飛び出すと、その背を守るようにしてユリアが追走してきた。

 陛下やディートリヒ様から護衛としてついていく事を許可されているので、俺を守るためだろう。


「な、何者だ!」

「どこから湧いて出やがった!」

「敵だ! 敵が城に侵入しているぞ!」


 そんな事を考えていると先頭の方からそんな声が聞こえてきて、次いで金属同士が激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。

 どうやら騎士団長と出合い頭にぶつかった敵は鎧ごと体を切り裂かれたようで、大量の血で床を染めながら倒れている。

 その瞬間、俺は激しい吐き気に襲われた。

 口元を右手で覆い、よろよろと壁際に移動して左手をつく。

 直後、前の方から飛び出してきた騎士が切り掛かってきたのに気づくのが遅れてしまう。


「どっせええええええええいっ!」

「ぐぼあっ!?」


 そこへ飛び込んできたのは、気合いの乗った声を張り上げたユリアだった。

 俺と敵の間に体を滑り込ませてからの鋭い正拳突きが敵を捉えると、鎧を陥没させながら後方へ吹き飛ばしてしまう。

 その勢いは今まで見た事のない速度であり、巻き込まれた敵も一緒になって突き当たりの壁に激突していた。

 あまりにも衝撃的な光景に俺の吐き気はすっかり引っ込んでしまった。


「桃李、大丈夫?」

「あ、あぁ、ありがとう、ユリア」

「こんなものは序の口だからね。気をしっかり持ちなさいよ」

「……まさかお前に言われるとは思わなかったぞ」

「……私は後で思う存分に吐くつもりだから」


 その言葉を受けて、俺は改めてこれが戦争なのだと理解した。

 人が死ぬのなんて当たり前、その中にクラスメイトがいる事も当たり前なのだ。


「……よし、もう大丈夫だ。それにしても、乱戦になったな」


 壁際に立っている俺たちを守るようにして騎士たちが戦っている。

 前線では騎士団長が暴れているのか激しい剣戟音が聞こえてくる。

 その中にレベル40台の相手もいるはずだが、ユリアがここにいるという事は数で不利な状況に陥っている可能性もあった。

 俺はすぐにステータス画面を開いて状況を確認する。

 レベルの高い5人の場所が分かれば、少しの間だけでもユリアを俺の側から離す事ができる。奇襲に近い形で突っ込んでもらえば勝率は上がるはずだ。


「……あれ? レベルの高い敵が、1人足りない?」


 前線に目を向けたのだが、そこにいるレベル40台は4人だけ。あと一人はどこいるんだ?

 俺はステータス画面に映し出されたフロアマップの端から端まで目を走らせた。すると――


「め、目の前!?」

「あら、気づいちゃった?」

「桃李!」


 顔を上げようとしたタイミングで頭の上から女性の声が降り注ぐ。

 直後には右肩に強い衝撃を覚えた俺は――気づけば床を何度もバウンドしながら吹き飛ばされていた。


「ぐあっ!」

「きゃあっ!」

「あら? あのタイミングでよーく間に入ったわね~?」


 なんとか目を開けて敵の方に顔を向けると、その手前でユリアが倒れているのが視界に飛び込んでくる。

 あの女が口にしたように、俺はユリアに守られたのだ。そして、負傷してしまった。


「……て、てめぇ」

「うふふ。女に守られている男が咆えるの? 笑わせるわねぇ!」


 痛む体に鞭を打ちながら体を起こしてユリアを見る。

 ……あれ? マジか、おい。


「……ユリア?」

「…………痛いわねえっ! この野郎!」

「この女! まだ動けるの!?」

「吹っ飛びなさい!」

「は、はや――ぐべえっ!?」


 ……こ、怖いよぅ。倒れていたユリアの顔が、怒りでものすごく歪んでたよぅ。あの敵さん、レベル40台の強敵だったはずなのに一撃で倒しちゃったよぅ。

 しかも顔面に拳がめり込んでた……女性なのに、ドンマイだな。


「――っ! ……あー、ヤバい」

「はっ! と、桃李、大丈夫!」

「なんとかな。この短時間で二回も助けられたのか……ありがとう」

「そんな事はいいから、早くポーションを飲んで!」


 事前に渡されていたポーションだけど……おぉ、割れてなかった。

 さすがは騎士団長が準備してくれたポーションだな。瓶に強化魔法が施されているから多少の衝撃でも割れる事がない。

 俺はポーションを一気に飲み干してから軽く腕を回す。


「……よし、大丈夫だ。だけど……」

「えぇ。さっきの奴に、何人かの騎士がやられちゃったみたい」


 俺たちの周りに立って戦っていた騎士が数人倒れている。

 あれは死んでいるのか、それとも気絶しているだけなのか。

 ステータス画面を見れば確認できるだろうけど、俺は別の指示を出さなければならなくなっていた。


「ちっ! ユリア、前に行くぞ!」

「何かあったの?」

「ゴーゼフが移動してる!」


 ゴーゼフがいた部屋には廊下へ繋がる扉とは別に隠し通路のような道があった。

 そこから移動を開始しているのだ。


「騎士団長に伝えて追跡しよう! 大丈夫、まだ追いつけるから!」

「分かった! 私について来てよね!」


 俺はバナナだけではなくぶどうも口に入れて速さを強化すると、ユリアに続いて最前線へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る