第102話:戦争 2

 開戦から三日が経過していた。

 この時点で戦況はほぼ決しており、マリアは一つの山を越えていた。


「……ふぅ。これならば、コウヤ様を温存する事も可能ですね」

「俺がいれば一日で終わらせられたんですがね」

「そうかもしれませんが、コウヤ様は私たち軍の最大の切り札です。おいそれと前線に出すわけにはいきません」

「……あぁ、分かっているさ。あいつらがもっと頑張ってくれればよかったんだがなぁ」


 光也が口にするあいつらとは、従軍している上級職の五人の事だ。

 五人は細かく分けられた各軍の中枢に配置されており、嬉々として戦闘を楽しんでいた。

 マリアがこの五人を連れてきた理由は単純明快――戦闘狂だからだ。

 魔眼の効果が良く効いているという点もあるが、戦争に連れて行くのだからと一番優先されたのが戦闘に飢えている気持ちの部分である。


「皆様は頑張ってくれていますよ、コウヤ様」

「そうなんだが……いや、あいつらに俺と同じ働きを期待するのが間違っているか」

「うふふ、そうかもしれませんね」


 場の空気を和ませようとマリアが微笑むと、つられて光也も笑う。


「……おそらく、戦争初戦は明日で終わりますね」

「そうですね。ですが、マリア様はこのまま終わるつもりはないのでしょう?」

「もちろんです。このままロードグル国の王都まで進撃し、一気に片を付けましょう」

「あぁ!」


 ニヤリと笑いマリアを抱きしめた光也は天幕を後にする。

 そして、入れ替わりで一人の女性が入って来た。


「失礼いたします、マリア様」


 赤い髪を短く刈り上げている女性は言葉遣いこそ丁寧にしているが、口調はやや乱暴だ。それでもマリアは気にする事なく女性に声を掛けた。


「お疲れ様です、アカギエナ様」

「……まぁね。あー疲れたー。これで少しくらいは、新しい国で楽させてくれるんでしょうね?」


 赤城あかぎ笑奈えなと呼ばれた女性は、上級職の従軍している五人の内の一人である。


「全く。あなた、ここにはまだ人が来るかもしれないのですよ?」

「だーいじょーぶだって。人払いは済ませてあるからな」


 それにしても不思議な光景である。

 特級職である光也ですら丁寧な言葉遣いを心得ている。それもお互いに恋心を抱かせている――そう思わせている仲ですらそうなのだが、笑奈はマリアに対して普段通りの話し方をしているのだ。


「それにしても、人使いが荒くないか? 私は問題ないけどさー、あいつらはさすがに疲れたって言ってたわよ?」

「これくらいで疲れていては、次に戦端が切られると死にますよ?」

「……はっ! あいつらは知らないけど、私は大丈夫さ! 生徒会長と私がいれば問題ないでしょう?」

「……確かに、その通りかもしれませんね」


 何故に笑奈が普段通りの話し方をしているのか。それは――


「私としてはエナさんが死んでくれた方が色々と安心できるんですけどね」

「怖いねぇ。まあ、国の乗っ取りを企てていたなんて知られたら、バカ親でも姫さんを排除しようと思うかもしれないからね」


 そう、笑奈はたまたま耳にしてしまったのだ。マリアが両親に代わってシュリーデン国を我がものにしようと企んでいた事に。


「今となっては関係のない事ですよ。だからこそ、あなたも排除対象に入っているのですよ、エナさん?」


 現実はロードグル国を滅ぼして新たな国を興す事になってしまったのでマリアが笑奈を重宝する理由はなくなった。

 それでも手元に置いているのには訳があった。


「はっ! いいぜ? 私くらい強くなったなら、魔の森でも十分に生き残れるだろうしね!」

「うふふ、冗談ですよ。魔眼も関係なく従ってくれているエナさんは、私にとって重要な戦力であり、秘密を共有できる共犯者なのですから」


 笑奈がマリアの企みを知ったのは魔眼を使われる前だった。勝手に王城の中を歩き回っている時にたまたま耳にしてしまったのだ。

 だからこそ魔眼を使われたとしても円やユリアのように効果が表れなかった。


「明日だ! 明日で決めてくるから、進軍の準備を進めておけよ?」

「もう始めてますよ」

「ヒュ~! 仕事が早いねぇ。それじゃあ行くわね~」


 背中を向けて片手をあげながら天幕を後にする笑奈を見つめながら、マリアはほくそ笑む。


「……コウヤ様よりも、エナさんを重宝するべきかもしれないわね」


 笑奈とは気が合う、そうマリアは感じ始めていた。


 ――そして翌日、ロードグル国が防衛に出していた4万の軍は敗北を喫した。

 大将首を落とした笑奈は死体を持ち上げながら大きな声で笑っていたのだった。

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