第86話:戦争 1
シュリーデン国の南には現在、マリア率いる軍が駐屯している。
総数5万の兵数は最初の侵攻だからこその数であり、対するロードグル国は防衛に4万の兵を準備していた。
「数ではこちらが優位ですが、あちらには地の利がございます。1万程度の差は簡単く覆されるでしょう」
「でしょうな」
事前情報から会議に参加しているマリアの言葉に軍を率いる隊長が同意を示すものの、その表情に不安は見当たらない。
「ですが、我々には切り札がございます」
「その通りです。……本当であれば二つの大きな切り札を用意したかったのですがね」
二人が口にする切り札とは、もちろん特級職の存在である。
しかし、マリアが言うように二つの切り札を連れてくる事はできなかった。ゴーゼフとアマンダが最後まで拒否してきたのだ。
「私が指揮するならその護衛に一人。もう一人はシュリーデン国の守護……ではありませんね。お父様とお母様の護衛として残したいという事でしょうか」
「マリア様、そのような事は……」
「……まあいいわ。地の利はあちらでも、こちらには特級職のコウヤ様がいますから」
マリアと同行しているのは勇者である光也だった。
魔眼による支配が一番強い事もあり、ゴーゼフも渋々納得したのだ。
「明日には衝突するでしょう。まずはコウヤ様を温存して現有戦力で戦端を切ってもらいます」
「承知しております。単純な力比べであれば、こちらには上級職の異世界人も数名おりますから問題はないかと」
「あちらにもいるでしょうが、数が違いますからね」
特級職は光也だけだが、新を連れて来れなかった代わりに上級職を五名連れてきている。
特級職一人と比べても実力は足りないが、それでも全国的に見ても上級職の数も少ない部類に入るので大きな戦力になる。
「さしずめ、大きな切り札が特級職であれば、上級職の五名は小さな切り札と言ったところでしょうか」
「そうかもしれませんわね。最初の衝突で決まってくれればありがたいですが、そうならなければコウヤ様を投入して一掃します。そうならないよう、最善を尽くしてくださいませ」
「心得ました。では、私は失礼いたします」
シュリーデン国が宣戦布告をしてきた時点で、他国は勇者召喚を行ったのだと確信を得ている。
ただし、そこに特級職がどれだけ含まれているかなどの内容までは当然だが分からない。
間者が入ってきているだろうが、特級職の存在は徹底的に秘匿してきたシュリーデン国としては、なるべくは光也の存在を隠しておきたいのだろう。
「――マリア様!」
「あぁ! コウヤ様!」
隊長がマリアの天幕を後にしたのを確認したのか、光也が入れ替わりで入ってきた。
先ほどまでは真面目な表情を浮かべていたマリアも、この時だけは弱々しい表情を浮かべて近づいてきた光也に寄り掛かる。
「大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です。私も王族の端くれ、しっかりと役割をこなさなければならないのです」
「それは分かる。だからこそ、俺もマリア様の力になりたいんだ」
「そのお言葉だけで私は嬉しいです。ですが、コウヤ様のお力はできるだけ隠しておかなければなりません」
「そうか……仕方ないんだな」
下を向く光也に対して、マリアはその腕を取りギュッと抱きしめる。
光也は腕に当たる柔らかな感触に頬を赤くするものの、振り払おうとはしない。
「……コウヤ様。この戦争が終われば、私はあなたと」
「待ってくれ、マリア様。……その後のセリフは、俺から言わせてくれないか? あなたに勝利を届けて、俺から気持ちを伝えさせてくれ」
「コウヤ様! ……分かりました。絶対に勝利を勝ち取りましょう」
「もちろんだ! 俺の力が必要になったらいつでも言ってくれ!」
マリアを抱きしめた光也がそのまま天幕を後にすると、幸せそうな表情から一変して無表情に変わる。
「……私の国のために、せいぜい働いてもらいますよ」
最後には不敵な笑みを浮かべながら、マリアは今後の展望について思考を広げていくのだった。
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