第51話:王城 4

 ――ダンッ!


 以前に王族が密談をしていた部屋では、ゴーゼフが豪奢な装飾が施されたテーブルに拳を叩きつけていた。


「何故だ! いまだ勇者にはあの力が発現しないではないか!」

「お、落ち着いてください、あなた」

「これが落ち着いていられるか! 奴らを召喚してそろそろ三ヶ月が経とうとしているのだぞ! その間、我らはただ力の発現を待っているだけではないか!」


 あの力が無ければシュリーデン国が世界を制することはできない。その為だけに三一人もの異世界人を召喚したのだ。


「……まさか、追放したハルカにその資質があったとでも言うのか?」

「それはあり得ません、お父様」


 諫めるように凛とした声でそう口にしたのはマリアだ。


「何故そう言えるのだ?」

「あの力は特級職にしか発現しませんから」

「そうか……ならば、ハルカであるはずがないな」

「そうですね。たかが上級職、あのような者にあの力が発現するはずがありませんもの」


 落ち着きを取り戻しつつあるゴーゼフに安堵したアマンダが胸を撫で下ろす。

 それでも、いまだあの力が発現していないのも事実であり、心配の種は残されたままだ。


「……まて、そうなるとマドカやユリアに発現する可能性もあるということなのか?」

「可能性は0ではありませんが、協力をしてくれないのであれば処分しても問題はないですよ」

「むむぅ、それはそうだが……」


 ゴーゼフが唸るのには訳があった。

 勇者召喚には貴重な素材が大量に必要となり、さらに大量の魔力が消費される。

 シュリーデン国では複数の魔導師を動員して勇者召喚を行ったのだが、その際に魔力を絞り取られた結果、命を落とした魔導師も複数名いたのだ。


「必ずコウヤ様とアラタ様、このどちらかにあの力が発現するでしょう。そうなれば、シュリーデン国が全世界の頂点に立つのです」

「そうですよ、あなた。それに、今さらあの二人について語ることもないでしょう」

「……そうだな。奴らはすでに――魔の森へ転移させたのだから」


 そう、この密談が行われる三日前に円とユリアは魔の森へ転移させられていた。

 特級職である二人がいなくなった時には光也や新を含め全員が説明を求めてきたのだが、すでに転移させていた桃李と春香を探すために出て行ったのだと説明している。

 本来ならば疑う者も出てきただろうが、今では全員がゴーゼフのカリスマスキルの影響下にあり、そうなのかと頷くだけだった。


「いくら同じカリスマスキルを持っていたとしても、成長過程の子供であれ納得させるのは容易いことですよ」

「それもそうだな。であれば、ただ待つだけというのも芸がないか」

「あなた。いっそのこと、隣国へ宣戦布告をしてしまってはどうでしょう。あの力が目覚めなくとも、勇者と剣聖の力があれば攻め落とすことは可能なはずだわ」

「うむ、それが良いだろうな」


 機嫌を完全に取り戻したゴーゼフはアマンダと共に笑っている。

 マリアも表面では笑みを浮かべているが、内心では国王と王妃である両親を皮肉っていた。


(こんな無能が両親だなんて、考えたくもないわね)


 いずれは両親にとって代わりシュリーデン国を我がものにしようと企んでいるマリアは、断りを入れてから部屋を後にする。


(勇者と剣聖、確かにこの力があれば隣国を落とすことは可能でしょう。ですが、シュリーデン国を脅威とみなしたその他の国が同盟でも結べば、こちらが攻め落とされるだけ)


 様々なことを考えながら廊下を歩いていると、先の方から聞き慣れた声がマリアの名前を呼んだ。


「マリア様!」

「あら、コウヤ様ではないですか」


 光也はマリアに恋心を抱いていた。

 しかし、この恋心は自然に芽生えたものではなく、マリアの魔眼によって植え付けられたもの。今では円への気持ちなど記憶の片隅にも残ってはいない。

 カリスマスキルがあれば出し抜けると思っていた光也も、魔眼とさらにレベルの高いカリスマスキルをもってすれば、操り人形にするなど造作もないことだった。


(……早くあの力に目覚めてくださいね、コウヤ様。あの――神の名を冠した力に)


 マリアは忘れていた。それはゴーゼフやアマンダも同じだった。

 誰よりも先に転移させられた、真広桃李という鑑定士の存在を。

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