第44話:本当によくある勇者召喚 40
ぶどうを食べたことで速さの能力値が上がった俺たちは魔獣を無視しながら魔の森を駆け抜けていく。
その道中で成功率が下がったことを口にすると、アリーシャは当然ながら驚愕していた。
「ど、どうして下がってしまったんですか!」
「俺にも分かりません! 可能性があるとしたら、三人のうちの誰かが負傷してしまったと考えられます!」
「そんな、まさか……」
「今はとにかく急ぎましょう! 大丈夫です、まだ0ではないんですから!」
俺は自分に言い聞かせるように大きな声でそう口にすると、5分が経過する前に走りながらバナナを一本とぶどうを数粒食べる。アリーシャはぶどうだけを食べて速度を維持していた。
「……聞こえてきました、まだ戦ってますよ!」
「お願い、全員が無事でいてちょうだい!」
祈るように声を漏らしているアリーシャだったが、三人とオークロードの姿が視界に飛び込んでくるとアリーシャが悲鳴にも似た声をあげた。
「リコットちゃん!」
「アリーシャは急いでポーションをリコットさんに! 俺はオークロードを撹乱します!」
「えっ! ト、トウリさん!?」
俺は返事を聞く前にぶどうをさらに数粒食べて飛び出した。
ヴィルさんもライアンさんもすでに傷だらけであり、リコットさんが回復するまではもちそうもない。
当然、非戦闘職である俺がオークロードの前に飛び出したのだから、驚愕したのはアリーシャだ。
その反応を見たライアンさんが俺を守るために前へ出ようとしたのだが、こちらは違う意味で驚愕しているのか、口を開けたまま固まってしまった。
「……何なのだ、あの動きは」
「……えっ? トウリ様って、鑑定士のはずでは?」
「か、鑑定士だと! あの動きでか!?」
そうですよね、驚きますよね。
ライアンさんの速さの能力値は90台でしたが、今の俺は200と倍以上の速さを誇っている。
オークロードの速さが155だったのでそれよりも速く、撹乱するにはもってこいなのだ。
「ヴィルさんとライアンさんも下がっていてください! アリーシャからポーションと果物を!」
「「……果物?」」
「お二人とも、早くこちらへ!」
「「は、はい!」」
……うん、さすがアリーシャですね、さすが領主様ですね。
「どわあっ! ……しゅ、集中、集中!」
『グルルルル……グルオオオオアアアアアアアアッ!!』
目の前でエサだと思っていた相手が動き回っているのだから、苛立ちも相当なものだろう。
だが、それこそが俺の狙いの一つでもある。
オークロードが苛立てば苛立つほどに俺を殺すことへ執着を燃やすだろう。そうなれば果物で能力を上げた三人が攻撃しやすくなり、オークロードを倒すこともできるはずだ。
俺が筋力を上げて攻撃する手もあるにはあるが、素人が剣を振る方が無防備を晒すことになるだろう。
駆け引きなんて以ての外だし、それなら攻撃は本職に任せて俺は俺にできる仕事をするだけだ。
「おらあっ! 来い、来いよこらあっ!」
『グルアッ! グルオオアアアアッ!』
ひょいひょいと岩の斧を避けながら、俺は5分が経過する前に目の前でバナナとぶどうを頬張ってみせる。
『……グ、ググググ、グルオオオオアアアアアアアアッ!!』
当然怒るよな、うん。
眼が血走り、鼻息を荒くしながら確実に俺を殺そうとさらに苛烈な攻撃を仕掛けてきたオークロードだったが、これで全ての準備が整ったと言えるだろう。
「一気に叩くぞ!」
「感謝いたします、トウリ様!」
「ありがとね、マヒロ!」
ライアンさんが、ヴィルさんが、そしてポーションで回復したリコットさんが、俺の倍以上の速さでオークロードへと飛び掛かっていく。
元々の能力値が高い三人がぶどうを食べたのだ、二粒食べればそれだけで俺を超える速度を手に入れてしまう。そこに筋力まで上がっていることを考えると――
『グルゴアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
うん、一撃で致命傷になり得るよな。
右足が、そして両腕が切断されたオークロードの足元には血だまりが出来上がる。
血走った眼が俺から離れて俯いたものの、正面に気配を感じたのかゆっくりとその顔を上げていく。
そこに立っていたのは、まさかの人物だった。
「ア、アリーシャ!?」
今度は俺が驚く番だった。
職業が騎士や銀級騎士の三人ではなく、魔導師で領主の……あれ、魔導師?
「今の私は魔力が300を超えています。オークロードを仕留めるには十分すぎる魔力なのですよ!」
魔法鞄から取り出したのか、その手には深紅に輝く宝玉が嵌め込まれた杖が握られている。そして、その紅玉から激しく燃え盛る火の玉が顕現した。
……いやいや、ちょっと待って!
「吹き飛びなさい!」
「ちょっと待って、俺がまだ近くに――」
「ファイアボール!」
『グルゴアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「ぎゃああああああああああああああああっ!!」
慌ててぶどうを食べた俺は全速力でその場を離脱する。
直後には後方で大爆発が巻き起こり、俺の背中に熱波が吹きつけてきた。
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