第34話:本当によくある勇者召喚 30

 ――その日の夜を迎えて、屋敷に慌てた様子でアリーシャとグウェインが戻ってきた。


「トウリさん!」

「兵士長とリコットが、戻ってこない!」

「みたいだね」


 戻ってきていないことは二人の案内を見て確認済みだ。

 だが、どういうことだろう。案内はわずかに動いているものの、大きく動こうとはしていない。

 グランザウォールに戻るつもりなら、もっと大きく動いてもいいと思うんだよな。


「……まさか、怪我をして動けなくなっているとか?」

「その可能性が高いかもしれませんね」

「す、すぐに救助隊を――」

「落ち着きなさい、グウェイン。今はもう夜で視界が悪い。この状況で救助隊を向かわせても、二次被害が出るだけで助けられる可能性は低すぎるわ」


 アリーシャの意見にグウェインは何も言えず歯噛みしている。


「アリーシャ、魔獣の襲来はいつ頃になりそうとか分かりますか?」

「報告を受けたのが今日の朝でしたから……今まで通りなら、明日の夕方頃になるかと」

「それじゃあ、明日の朝には救助隊が出発できるよう準備を進めておくべきですね。冒険者への依頼もするんですよね?」


 人の命が懸かっているのだ。魔獣の襲来も迫っているのだから、こういう時こそ冒険者との協力が必要なんだけど……どうしてそんな深刻な表情をしているのでしょうか。


「それが……」

「冒険者ギルドは、動かないんだ」

「……はあっ!? な、なんでだよ! グランザウォールの危機じゃないか!」


 ちょっと、ちょっと! この世界の冒険者は金にがめつい亡者しかいないのかよ!


「いえ、トウリさん。今回はまだグランザウォールの危機ではないの。あくまでも、偵察に向かった死を覚悟している兵士の危機よ」

「……そういうことかよ!」


 俺は声を荒げて冒険者ギルドに対する憤慨を露わにした。

 しかし、アリーシャの言葉通りに今はまだ魔獣が動き出したわけではなく、兵士が危機に瀕しているだけ。だったら同じ兵士で助けてみせろということだろう。


「……となると、兵士だけで救助隊を結成するしかありませんね。兵士長と同じくらい強い人はどれくらいいますか?」

「あれほどの実力者はそうそういないわ。でも……次に強い人なら、私を呼びに来てくれたヴィルでしょうね」

「他には?」

「いないわ。他の兵士では魔の森を跋扈する魔獣の餌にしかならないでしょうね」

「……お言葉ですが、それでよく魔の森から溢れる魔獣を退けることができてましたね」


 魔の森から溢れた魔獣も相当レベルの高い魔獣だろうに、グランザウォールを守る兵士がその魔獣の餌にしかならないってあり得ないと思ったのだ。


「トウリさんの言うことはもっともよ。でも、私たちは魔の森から淘汰された、跋扈している中でも弱い個体を大勢で倒してきたの。それでも被害は出ていたのだから、淘汰されていない魔獣が大量に巣食う魔の森に入るのは自殺行為なのよ」

「そんな所にリコットさんは自ら向かって行ったのか」


 勇気ある人だな。……でも、だからこそ助けたい。


「兵士で救助隊を結成するなら、俺とヴィルさんの二人で行くしかないってことですね」

「いいえ、もう一人いるわ」

「もう一人? でも、ヴィルさん以外に魔の森で動ける人はいないんですよね?」

「えぇ、兵士の中にはいないわ」

「……兵士の中には?」


 今の言い方だと、外部の人間が参加してくれるような感じだけど、冒険者ギルドは動かないんだよな。

 アリーシャの友人とか、そんな感じの人がいるのだろうか。


「……ま、まさか、姉さん!」

「どうしたの、グウェイン? 心当たりがあるの?」

「うふふ。兵士長とリコットちゃんの救助隊には――私も同行します」

「……ええええええええぇぇぇぇっ!?」


 まさかの領主様自らが助けに行くとか言っちゃったよ!!

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