第19話 ゴールデンウィーク2

望美ちゃんは覚悟したようにお辞儀をしてピアノの演奏に入った。


バッハのパルティータか。望美ちゃん、特にバッハの暗譜が苦手だからなぁ。

先生はテーブルに楽譜を広げてメモを取りながら演奏を聴いていた。なんとかヨレヨレになりながら、最後の音までたどり着いた時


「え?!」


明るい曲だったはずが、暗い和音で終わった。


「きゃ~~~~!の~ぞ~み~ちゃ~~~ん!!」

望美ちゃんは出してしまった音に青ざめている。


「もう!なんでドュアがモールで終わるのよ!!ほら、一緒に謝ってあげるから、反省しよう!皆さん、最後に大チョンボして本当にごめんなさい!これで本番は絶対に間違えません!!!」


先生なりのジョークを交えたフォローだった。

「のぞみちゃん、がんばれ~!」

小さな女の子が声を掛けた。望美ちゃんは悔し涙を流しながら、笑顔で手を振った。


「はい、気分を入れ替えて、タケルくんのトリの演奏です!」


いよいよ僕の演奏だ。ラフマニノフが分かっていない、研究が足りないと散々に言われたけど、僕なりに今のベストの演奏をしよう。


僕は手が大きい方で、先生が届かない和音も掴んで鳴らすことができる。ラフマニノフも、すごく手が大きい人だったそうだ。


演奏を終えると、太一くんと目があった。先生はまだ楽譜に色々書きこんでいる。


「はい!ありがとう!みんな、今日までに暗譜を一応仕上げることができました。さらに予選の舞台で胸を張って、自分の演奏ができるよう仕上げていきましょう」


暗譜がイマイチだった生徒もいるけど、はるか先生はそれを責めたりしない。そんなことしなくたって、出来なかった生徒は落ち込んでるし、反省していることが分かっている。


「演奏順に一言アドバイスをしますから、それを聞いてからお帰りください」


小さい子達には、よく頑張ったわね、演奏もステージマナーもとっても上手だったわよ、とほめているのが聞こえる。


「ラフマニノフ、超かっこよかったです」


太一くんが話しかけてきた。いつもお母さんの後ろにいて、話しかけずらそうだったのに。


「いや、太一くんのスカルラッテイ、良かったよ。僕はスカルラッテイの音色を持ってないから」


「え?そうなんですか?」


「全国大会銀賞もおめでとう。頑張ったね」


「ありがとうございます。先生に正月返上でレッスンしてもらって」


「そうなるよね、あの日程じゃ」


「今年はピアノ漬けで頑張ります」


「うん、頑張ろう」


弟がいたら、こんな感じなんだろうか。


「太一く~ん!」


はるか先生に呼ばれて、太一くんがかるく会釈して行ってしまった。隣には、この世の終わりのような顔をした望美ちゃん。


「やってしまった…あんな演奏じゃ、太一くんも声掛けてくんない…」


「自業自得じゃね?」


「分かっている。でも改めて言われると傷つく」


「ハイハイ」


こちらは困ったお姉さんだ。

次々と生徒が帰っていって、レッスン室にいるのは僕と太一くん、望美ちゃん、そして先生だけだった。


「太一くん、汰央くんって覚えてる?中学から寮に入った」


「はい、覚えてます」


「あのね、Youtubeデビューしたのよ、URL送るから聞いてみて!」


「はい。汰央くん、ピアノ弾いてるんだ」


「そりゃそうよ、あの子はピアノに愛されてる子だからね」


先生は、汰央くんが小学校に入った頃から「ピアノに愛されている子」と言っていた。それは汰央くんにだけだ。


「先生、私も聴きたいです。URLください」


死んだようになっていた望美ちゃんも反応した。以前、連弾でペアを組んでいたこともあり、汰央くんのことは特別視している。


「タケルくんは、汰央くんから直接連絡もらってた?」


「はい、LINEでやり取りしてるんで」


「ぎゃ~~~!やばい~~~!何?このバルトーク!!!」


望美ちゃんがスマホで早速聴きだした。それを太一くんが覗きに行く。二人で仲良く聴くている様をはるか先生は嬉しそうに見ている。


演奏が終わって「教室を卒業しても、こうやって演奏が聴けて、みんなで話が出来るって最高よね!」とはるか先生が言った。


「汰央くん、ヤバすぎる。いや、小学生の時もヤバかったけど、拍車がかかってるというか」


「先生、このバルトークって中学生になったら弾けますか?」


太一くんは、優等生的な質問を先生に投げかけた。


「うん、太一くんならもっと優雅に演奏しそうね。でも合う曲だから気に入ったなら覚えておくといいかもね」


望美ちゃんはチャンネル登録をして、スマホをいじっていた。


「先生!これ先生でしょ?汰央くん、オトコとしてもヤバイ~~~!」


「え?なになに?」


「ほら、この先生のコメントへの返答」


先生が望美ちゃんのスマホを見に行く。


『聴いてくれてありがとう。Harukaさんのために、これからもたくさん演奏をアップします』


「え~Youtubeのコメントって返答もできるのね。あら~汰央くんったら可愛いこと書いちゃって」


先生、汰央くんの書いた返答、読んでなかったのか。可哀想に…。

そして僕と望美ちゃんは、その先生の反応を微妙な顔で聞いていた。


汰央くん、きっと今でも先生のこと憧れの存在で、恋しちゃってるんだよ…

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