第18話 ゴールデンウィーク1

ほたるは、あれ以来特に変わることなく、いつも通りだった。

ゴールデンウィークに入り、初日ははるか先生の生徒数名で集まって、毎年教室での弾きあい会がある。


今年も、この日までに6月のコンクール予選の課題曲を暗譜でとりあえず弾けるようにする、という目標を掲げていた。


レッスン室に入ったら、小さな女の子も来ていた。見たことのない子だな、始めての弾きあい会参加?


「タケルくん、暗譜できてる?」


一つ年上の望美ちゃんが声を掛けてきた。暗譜が死ぬほど不得意という彼女は、毎年暗譜ができない~とこの時期苦しんでいる。


「まぁまぁ」


「あ~出来てるんだ~そうだよね~も~あたし今年もボロボロ」


「練習はしてるの?」


「う~ん…」


してないんだろうな。望美ちゃんは国立大学の教育学科の音楽を目指しているらしい。でもその割に練習不足。先生もいつも「望美ちゃんの暗譜が…」と頭を抱えている。


反対に小さい生徒は、暗譜ができないのが不思議でしょうがないらしい。


「あたし、今日は暗譜で4曲弾くの!」


小学校1年生の美央ちゃんが胸を張っていった。汰央くんの妹で、3歳からピアノを始めて兄に負けない表現力をメキメキとつけてきている有力株。


「タケルくん、暗譜ちゃんとした方がいいよ」


「そうだね」


なんだかこんな小さい子に諭されると笑っちゃうな。


「美央ちゃん、お兄ちゃんお姉ちゃんになると、曲が長くなって暗譜が大変になるのよ」


はるか先生が美央ちゃんに話しかけた。

望美ちゃんは、必死に楽譜にかじりついて少しでも覚えようと指を動かしている。


「さ、今日の演奏者はそろったみたいだから、弾きあい会を始めます!簡単にプログラムを作ったから、順序良く演奏してね」


トップバッターは、幼稚園の女の子。簡単な曲だけど、お辞儀をして一人で椅子に座ってピアノを弾くだけでも、難しいことだよな。


4番目の演奏者の美央ちゃんは、さすが汰央くんの妹というだけあって、お母さんの自宅でのサポートもバッチリなのだろう、ペダルを使った演奏で保護者達を圧倒した。4曲目は何かなと思ってプログラムを見たら、ショパンのワルツ、イ短調。

小学1年の春にこんなレベルの曲弾くんだ、先が恐ろしいな。


6番目は今年の始めに全国大会で銀賞を取った太一くんだった。小学5年生になったのか。

こちらもスカルラッテイのソナタを軽やかに弾き、圧巻のショパンのマズルカへと進む。


さすがに全国大会で銀賞をとるだけあるな。


一緒に予選を受けた一昨年とはレベルが明らかに違っていた。小学5年でこれでは、あっという間に追いつき、追い越されそう。

横の望美ちゃんが、真っ青な顔で太一くんの演奏を聴いている。彼女も、追い越されそうだと感じているのかもしれない。


さあ、いよいよ僕の番だとピアノへ歩いていこうとしたら、先生に止められた。


「ちょっと待って。望美ちゃん、暗譜、仕上がっていないのね?」


先生は様子をみて、今回もまたもや暗譜できていないことを見抜いたようだ。


「…はい、やってみてるんですけど、成功しなくて」


「タケルくん、悪いけどトリに変更させて。先に望美ちゃんの演奏にするわ」

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