Flower Voice Collection 小説シリーズ2

@paty

第1話 新たな風

フラワーエンターテイメントカレッジ。

ここでは夢見る若者が未来で花開く為、日々己の技術を磨いている。そんな学び舎に新たな風を運んでくる季節がやってきた。

春風に舞う桜の花びらが校舎へと続く道を彩り、まるで道行く人に祝いのダンスを披露しているかのようだ。

その桜並木に少女が1人、ふわりと舞う花びらのように軽やかなステップを踏む。

花びらと共に舞う少女は桜とのダンスを楽しむようにステップを繰り返しくるりと回った。少女のやわらかな歌声に応えるように風が吹き花びらが舞いあがる。

少女の名前は日向ココロ。今日からこの学校の2年生だ。成績はいたって平凡。誰にでも分け隔てなく優しい性格だが友達は少ない。

それは、

「あっ!っとわわわわ!?ちょっ!!っうぐぅ!」

この運の無さ。つまりは不運が原因だ。

今しがた彼女はステップして飛んだ先に咲いていた花を踏むまいと避けようとしてバランスを崩し、足がもつれた先にあった犬のフンを踏みつけ、滑って転倒。顔面を桜の木に強打したのだ。あまりの痛さに鞄から手を離し顔を覆うと、落ちた鞄が弾みで開いて中に入っていたプリントが地面に散らばった。

「いったぁ………!!」

あまりの痛さに蹲み込んで顔を覆うとヒリヒリとした感覚を額に感じる。

「も〜…なんでいつもこうなのぉ…!」

「何あの人…。すごい音しなかった?」

「ほら、アレじゃない?噂の…」

「あの人が?えーやだぁ…早く行こ。」

足早に過ぎ去っていく足音が聞こえなくなって大きくため息をつく。吐き出した息と一緒に他のものも体から出て行く気がした。

まだ涙ぐんでいる目で踏みそうになった花を確認する。そこには嬉しそうに風に揺れる花が咲いていた。

「よかった。」

ホッと胸を撫で下ろし、花をよく見ようと前のめりになる。

ぐにゃっ

地面についた手から何か嫌な感触が伝わってきた。

(まってまってまって…。この感触はまさか……)

「っ!?!!?」

恐る恐る自分の手に視線をやるとさっき踏みつけた犬のフンが左手についていた。

すぐに手を退けるがもはや後の祭りである。

(もー!ちょっと考えれば分かったよね!?さっき踏んづけたんだから近くにフンがあるって!なんでこうなっちゃうのぉ…!!)

叫びたいのを抑えながら悶絶していると声をかけられた。

「どうしたの??」

見上げると一人の女性が立っている。

「アスカちゃん…!」

アスカと目があったかと思うとその視線がすぐに外れる。アスカの目が流れるように動く。何かを察したのかココロの近くまで来てしゃがんで鞄を開けた。

「また転んだの?」

「えっ!何で分かったの!?」

「いつから一緒にいると思ってるの?見たらわかるよ。」

「なっなんか照れちゃうな!」

恥ずかしいような嬉しいような妙な気持ちでなんだか落ち着かないでいると、急にアスカの手が伸びてきてココロの頬に優しく触れた。

「はい、こっち向いて動かないで…。」

言われた通りにして目を瞑ると、消毒の独特な匂いがした。ポンポンと額を布で軽く叩かれると、ピリッとした痛みが走る。

「はい、終わり。」

「ありがとう。いつもながら準備がいいね。」

「必需品だからね。」

「アハハハハ…。いつもお世話になってます。」

「私的には必需品じゃなくなってくれると嬉しいんだけどね。とりあえずこれで手拭いて。」

そう言いながら鞄からウェットティッシュを取り出すと、自分も数枚取ってココロの靴裏のフンを拭いとる。

「ありがとう。」

「いいからいいから。早くしないと遅刻するよ。ゴミはこの袋に入れてね。」

そう言ってアスカはゴミをエチケット袋へ入れた。ココロも慌てて手についたフンを拭う。

(いつもアスカちゃんに助けられてばっかりだな…。もっとしっかりしないと。)

手に付いたフンを拭い終えると同時にアスカが目の前にしゃがみ込んだ。

「とりあえずプリント拾ったけどこれで全部?」

「あっ確認する…」

「ちょっと待って!その前に手だして。」

プリントを受け取ろうとした手を止められ素直に両手を差し出すと、手のひらにスプレーが噴射された。

「はい、消毒完了。」

「本当にいつも申し訳ない…。私アスカちゃんが友達でいてくれて幸せだよ。」

「大袈裟ねぇ。」

「そんなことないよ!小さい頃からずっと一緒にいてくれるのアスカちゃんだけだし…私こんなんだから……。」

「私はココロと一緒にいたいから居るだけだよ。」

「ありがとう。アスカちゃん。」

ふわっとした優しい笑顔にアスカもつられて微笑んだ。

「それよりプリントは全部ある?」

ハッとして渡されたプリントを数えていく。

「えっと……うん!ちゃんとあるよ。」

「じゃあ急ぐよ!もう予鈴まで5分しかない!」

「えっ!?嘘!!」

驚きながらも先に走り出したアスカを追ってココロも走り始めた。

「待ってよアスカちゃーん!」



ココロたちの教室では生徒が友達と話をしたり、提出物を確認したりとそれぞれ思い思いに時を過ごしていた。

バンッ!!

と、大きな音を立てて教室の扉が開かれるとそこにはアスカの姿が。

「ふぅ、間に合った!」

扉を開けたアスカはほとんど疲れた様子もなく軽く肩で息をしている。その後ろで呼吸の乱れたココロが自分の膝に手をついていた。

「はぁっはぁ…ごっごめんねっはぁ…アスカちゃん…っ。」

「大丈夫大丈夫。間に合ったんだし。ほら、早く席着こ?」

目の前にアスカの手が差し出される。その手に自分の手を重ねると力強く引っ張られた。教室に踏み込むのが先か鐘の音が先かというタイミングで予鈴が鳴る。

「おはよー。」

「おはーぎりぎりじゃん。」

「おはよう。ちょっといろいろあってね。」

他の生徒からの挨拶に返事を返すアスカに手をひかれながら教室の奥へと向かう。

「ココロちゃん大丈夫?すごく辛そうだけど…。」

「なっなんとか…大丈夫…。」

大丈夫じゃないけど、と頭では思いながらなんとか返事を返す。きっと今自分は変な顔で笑っているに違いない。

「アスカちゃん…全然息っ…きれてないね…はぁっ…。」

「ココロは息切れすぎ。」

笑う余裕のあるアスカと違いクタクタの自分を情けなく思った。

同じ距離を走ったはずなのに何故こんなにも違うのか?

自分の体力のなさを改めて思い知る。

「はーい、席について。オリエンテーション始めますよー。」

先生が教室に入ってきて、まだ着席していなかった生徒も席に着き始めた。ココロは席に着くとなるべく静かに深く息を吸って息を整えようとする。息をゆっくり大きく吸って吐いて…また大きく息を吸おうとした時、突然喉に何かが張り付いたような感覚を覚えた。

「今日か…」

「ゲホッゴホッ…!ゲホッゲホッ!ゴホッ……!!」

かなり大きくむせ込んだのを無理に抑えようとして余計にむせこんだ。涙目になりながらも前を向くと、先生が咳払いをしてこちらをチラリと見た。何があったのか直ぐに察した。

「すっすみません…!」

カッと顔が熱くなり思わず机に視線を落とす。クスクスと笑う小さな声が聞こえてさらに顔が熱を帯びた。

「今日から皆さんは2年生になります。授業が難しくなるのはもちろんですが、今年はより専門的に学んでもらう為に専攻科目があります。これは必修科目と違って選択制です。将来自分が活躍したい場に必要なものを考えて選択するようにしてください。提出期限は今週中ですので忘れないように。」

回ってきたプリントを見ると専攻科目の概要が書いてある。どうやらは6つの中から2つを選択するようだ。

「授業が本格的に始まるのは来週からですが、気を抜かずしっかりと準備をしておいて下さい。」

オリエンテーションが終わるとほぼ同時にアスカがくるりとこちらに向いた。

「ココロ大丈夫?」

まだ少し違和感の残った喉を押さえながらなんとか答えた。

「大丈夫。少し喉が変な感じするけど、お茶飲めば治るから。」

自分の鞄からタンブラーを取り出してお茶を喉に流し込むと、流れるお茶が喉の違和感を少しだけ洗い流してくれる。落ち着いたところで早速専攻科目の話になった。

「説明聞いた限りではどれも結構面白そうだったよね。ココロは何選択する?私は歌とダンスかなぁ。」

アスカはウキウキしているようで普段より少しだけテンションが高い。いつもクールで大人っぽいアスカだがこういうちょっとした一面を見ると自分と同じ19歳の少女なのだと実感する。

「アスカちゃんは歌手志望だもんね!私も1つは歌かな。あと1つはどうしようかな…。」

頭を悩ませていると男子生徒が2人に近づいてきた。

「おはよう、2人とも。」

「「おはよう、カイト。」」

挨拶を交わしカイトと目が合うと爽やかな笑顔が向けられる。なんだか心が落ち着かなくて思わず目を逸らすと、カイトの後ろから隠れていたもう一人が勢いよく顔を出す。

「おはー!今日も元気―?」

「はいはい。おはよ。ショウは今日も元気ねー。」

「ああ!俺はいつでも元気だからな!」

アスカとショウのやり取りに思わずクスリと笑いが漏れた。

「おはよう、ショウ君。」

「おう!ココロも元気だな!いい笑顔だ!」

「喉はもう大丈夫そうだね。今日は遅刻ギリギリだったけど何かあったの?」

カイトは優しく微笑んでいるが、その笑顔には心配の色が見て取れる。ココロの心臓がドキリと脈をうつ。

(本当にちょっとした事でもいつも気にかけてくれて優しいなぁ…。)

そんなカイトの優しさにむず痒いようななんとも言えない感覚を覚えながら、少し恥ずかしそうに問いかけに答えた。

「ちょっと転んじゃって、その時に鞄の中身が全部出ちゃったの。アスカちゃんが拾ってくれたんだけど結構時間がギリギリで…。」

「そうだったのか。転んだ時怪我しなかった?」

「ちょっと顔をぶつけたけどなんともないよ。」

笑顔で答えたココロの額にカイトの右手が優しく触れた。

「!?」

思わぬ行動にココロの思考が一瞬停止する。

「えっ!?なっ何!!?」

我に返ったココロが言葉を絞り出すと、急にカイトの顔が近付いて来て声にならない叫びと共に心臓がドキッとはねた。

「大丈夫?少し額擦り剥いてる…。女の子なんだから顔は大事にしないと。」

「だっ大丈夫だよ!このくらいならすぐ治るから!」

緊張と恥ずかしさとその他いろいろな気持ちが相まって声が裏返ってしまった。顔を赤くしながら慌てるココロを見てアスカがニヤリと笑う。

「朝からお熱いわね~。」

「そっそんな事ないよ!」

さらに慌てるココロをよそにアスカの顔が楽しむように悪い笑顔に染まる。

「カイトはいつでもココロが一番だもんね~?」

「もちろん。ココロは俺の一番大切な人だからね。」

さわやかな笑顔でアスカの悪戯心を砕いていくカイト。その笑顔を見た他の生徒から黄色い声が上がる。カイトの隣ではココロが見た目も思考もゆでだこ状態になっていた。両手で顔を覆うと手がひんやり冷たく感じる。少し落ち着いて目の前の状況に眼を向けると、冷めた目でカイトを見ていたアスカの顔がニコリと笑った。

「まぁココロのこと泣かせたら私が許さないけどね?」

「そんなことしないよ」

アスカは笑っているもののまとっているオーラは圧を放っている。それでもカイトのさわやかな笑顔は崩れることはない。そんな2人をチラチラと交互に見ながらどうしようかと思考を巡らせていると、そんな空気をもろともせず、というよりは気が付いていないのかショウがココロに質問をした。

「ココロは専攻科目どうするんだ?ちなみに俺はもちろん歌とアフレコだ!声優志望だからな!この二つは欠かせないだろ?な?」

ショウの能天気さに当てられたのか2人の険悪なムードが壊れていく。これに乗らない手はないとココロは話題に食いついた。

「そっそうだね。私も1つは歌を取ろうと思ってるんだけど、もうひとつが決まらなくて…。」

(そうだった。私まだ決まってないんだったぁぁ!この後何を話せば…!)

「あーら。私には聞いてくれないの?」

急にアスカが話に入って来てひとまずホッとする。

「だってアスカは歌とダンスだろ?」

太陽のような笑顔で間違いないと自信たっぷりに答えるショウにココロがキラキラとしたまなざしを向ける。

「わぁ!何でわかったの?」

「アスカのことだからな!そうだと思ったんだ~。」

「さすがショウ君!二人も相思相愛だね!」

「それを言うなら…」

言い終わらないうちにショウの腕がアスカをグイッと引き寄せる。

「ああ!アスカも俺の考えてることわかるのかいつもいいタイミングで助けてくれるんだよな。この前家に来た時も俺が…」

「はーいその話はそこまで。」

アスカはショウの体をグッと両手で押して引き剥がしながら話を止めた。

「えー!なんでだよー!」

これからいいところなのに!と言わんばかりのショウに時計を指差して言った。

「予鈴がなるからもう自分の席に着かないと。」

アスカがそう言った直後に先生が教室に入ってきた。

「ほら、先生も来たし早く席につきなって。カイトも!」

クスクスと小さく笑いながらもカイトは返事をした。

「はいはい。」

アスカにうながされて少ししょんぼりした様子でショウが自分の席へと歩き始める。

「しかたねーなぁ。またあとでな!」

(そんなに時間経ってたんだ。)

ココロも少し寂しく思っていると、頭に優しく何かが触れた。ふと上を見るとカイトが自分の頭を撫でていることに気がついた。

また顔がポッと熱くなる。

「またあとでね。」

カイトのとびっきりの優しい笑顔に言葉が出てこない。コクリと頷くとカイトは背を向けて歩き始める。それとほぼ同時に机に顔を伏せた。

「ココロ…そろそろ慣れなよ。」

「無理…。」

「もう3ヶ月でしょ?」

「無理なものは無理…。」

ハートはノックアウトされつつも顔を上げる。熱のこもった視線はその人が席に着くまで離れることはなかった。予鈴がなりハッとして前を向く。

「はい、じゃあ2限目のオリエンテーションを始めます。」

プリントが配られ今年の年間行事について簡単に説明を受ける。強化合宿など様々な行事がある中で必修科目と専攻科目をこなさなければならない。

(今年は去年よりも忙しくなりそう…ちゃんとこなせるといいんだけど…。)

手に持っているペンに自然と力が入る。チラリとカイトの方へ視線を向ける。カイトの背中を見ていると不思議と温かい気持ちになって勇気が湧いてくる。

(みんながいるからきっと大丈夫だよね!)

おもわず顔がゆるんだ時、先生から衝撃的な事実が発表される。

「去年は1年間の集大成として最後にクラス全員で舞台をしてもらいましたが、今年は学年末に自分の進みたい分野で何か1つステージを1から作ってもらいます。ステージと言ってもそんな大掛かりなものでなくて結構です。要は自分の魅力を出せれば合格です。個人でもグループで取り組んでもかまいませんが、かけもちはだめですので気をつけてください。それからこのステージは企業の方にも見て頂くものになります。」

一瞬周りがざわついて一人の生徒が声を上げる。

「先生!それは気に入って頂けた場合は在学中のデビューもありえるということですか?」

「前例はかなり少ないですが在学中にデビューした生徒もいることは確かです。まぁそれも極一部の話ですが…。それからこのステージには皆さんにとって他にも大きな意味があります。来年クラス分けがあるのは知っていますね?そのクラスは学年末のステージの結果でランク分けされます。準備はいつからしてもかまいません。もちろん今日からでも。ちなみに落第点もあるのでそのつもりで。」

教室にピンとした緊張感が張り詰めた。

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