第62話 成果物

 整列、礼。対面の相手と握手したのち、オーディエンスから送られる拍手に手を振って答える。

 結局、竜也のゴールがそのまま決勝点となった。二対一で僕らのクラスが勝利し、そのまま球技大会サッカー部門の優勝。

 なにはともあれ、まずは終わったことを喜ぼうと思う。当初掲げていた課題は大方達成できたと言えるし、試合自体もものにできた。得られた結果としてはほぼほぼ最高で、それならば全身のあちこちに残った痛みも受け入れられよう。


「香月蓮」


 そのまま退場しようとしているところを、フルネームで呼び止められた。……まあ、話さないという選択肢は存在しないか。


「重ねて言うが、いろいろ悪かった。この前までさっぱり君のことを忘れていたのも、最後に一対一から抜け出してパスを出したのもそうだ。……実のところ、今日の主役は僕でも君でもなくてな」


 流し目で後方を確認する。そこには手をポケットに突っ込んだ竜也が飄々とした表情で立っていて、平然と僕らの会話を盗み聞きしていた。まあ、構わない。彼も当事者なのだから。

 新浜の表情は、これまでの険しさが嘘のように柔らかかった。――彼の中で、過去のしこりは取れたのだろうか。そうあって欲しいと願っているし、そうなるように尽力したつもりだけれど、人の感情の動きなんて完全には予測できない。逆に不興を買うことだって往々にしてある。

 だが。


「……いいや、完敗だ。手も足も出なかった」

「手は出すなよ、競技的にさ」


 差し出された手を握る。仲直り……ともまた違うのだろうが、とりあえずの和解は成立したらしい。それならよかった。これから三年間同じ学校に通う身として、毎日因縁をつけられるかもしれない可能性とは決別しておきたかったから。――となると、そうか。僕もまた、これでようやく未練のあった日々から解放されるのか。


「未だに才能は衰えていないと見た。どうだ。サッカー部に入る気は?」

「勧誘なら丁重にお断りしておくよ。サッカーは好きだけど……やっぱりクラブとか部活動とか、そういうのには苦手意識があって。毎日コツコツやり続ける根気強さも、勝敗に一喜一憂する感情の動きも、僕にはちょっと重いんだ。――そういうのは、ここ一番ってときのためにとっておくと決めてある」

「そうか。天才の言うことはわからん」

「馬鹿を言え。天才ってのはアレのことを言うんだ」


 新浜の視線を竜也の方向へ誘導する。彼はなにやら観衆方向の一点をじっと見つめているようで、おそらくそこに誰か特定の人物がいるのだろうと思った。――それが誰かまでは詮索する気がないけれど。


「自分の実力を疑わないこと。周囲の期待と重圧に完璧な回答を意に介さないこと。僕が思う天才の二大定義だ。あれこれ一々思い悩んで、持って生まれたものを満足に使いこなすこともできない僕なんて、路傍の石ころ以下だよ」

「そんなことを言ったら、俺は木っ端か?」

「まさか。夢も目標も意思もある。……まあ、ちょっと暑苦しいのかもしれないけど。……ただ、君のまっすぐな志は僕なんかよりもよっぽど立派だ。僕らは各々の事情で最前線から離れてしまったけど、君は最後まで残れよ」

「当たり前だ。去れと言われても食らいつく」

「その意気だ」


 勝手に思いを託す。僕ならきっとプレッシャーに感じてしまうその行動も、彼なら糧に変えてくれるだろうから。結局のところ、大事なのは実力でも才能でもなく、神経の図太さだ。その点において、新浜は僕なんかよりもよほど適性がある。


「またやろう」

「……いつでもってわけにはいかないけど、まあ、気が向いたら付き合う。さすがにいちいち体を作り直すのは面倒だから、今日より劣るだろうけど」

「それはいい。今度こそ勝てる」

「なりふり構わねえな……」


 そう言われると、僕も意地になってしまいそうだ。……たまには筋トレでもしておこうか。

 まあ、とにかく、大団円。疲労感すらも心地良く、当初あった憂いは全てが片付いたと言っていい。明日からはまた、自堕落な香月蓮に逆戻りだ。もっとも落ち着く、僕らしい形に返り咲くのだ。


 握った手をほどいて、ここでようやく、ずいぶん長いこと戦った気がするピッチから退く。――真の意味でユニフォームを脱げるなと、ちょっとしたノスタルジーに浸っている僕を、話は終わったはずの新浜が「なあ!」と呼び止めた。


「ん?」

「……俺は手強かったか?」

「……なんだよ突然」

「俺は手強かったと聞いているんだ」

「んー……うん」


 少し悩んで、この場において一番格好のつく答えを模索し。

 わずかにもったいぶってから、口にした。


「滅茶苦茶厄介だったよ。五年前の百倍くらい」

「……そうか」


 それ以上の話は無粋だ。それよりなにより、今新浜が見せたどこか救われたような笑顔が、全ての回答になると信じたい。

 

 全てをやり終え、やっとのこと肩の力が抜けた僕を、半笑いの竜也が迎える。大方今のクサいやり取りを茶化されるのだろうが、それもまた乙なものだろうと心構えを決めて。


 けれどその前に。


「お疲れ」

「ああ、疲れた」


 青春っぽく、ハイタッチ。手のひらに残留するひりひりした痛みが、今日の僕の成果物だ。

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