第64話 弾正

 京見物と言っても見るところは寺とかしかないな。下京は焼けてるし。そうだ、四辻大納言の屋敷を訪問してみよう。居るだろうか。


「失礼致す。某、塩冶彦五郎と申すが四辻大納言様は居られますでしょうか」


 門前にいた下人にそう告げる。変な子供が来たと思っただろう。男はすぐに屋敷の中へと入っていく。と言うことは大納言は居るのだろう。待つこと数分。


「申し訳ございませぬ。ただいま主人が寝込んでおりまして……」

「……そうか。まあ、突然であったからな。養生いただくよう伝えてくだされ」

「へい」


 そうか。会えないか。これは出直すしかないな。そう思いながら肩を落として踵を返し、その場を去ろうとしたその時、何者かにガッと肩を掴まれてしまった。振り返って確認する。そこには四十過ぎの陽気なおじさんが居た。誰だ。


「其方が彦五郎か。そうかそうか。付いて参れ」

「は、え?」

「はよう」


 言われるがままおじさんの後を追っていく。このおじさん、ずかずかと四辻大納言の屋敷へと上がっていく。勝手に上がって良いものなのだろうか。


 高位の公家、例えば鷹司家か近衛家の人間だろうか。いや、それとも他の五摂家か。大納言にここまで出来る方はそう居ないぞ。


 そのおじさんの後を付いていった先には四辻大納言が座っていた。ということは病に臥せっていたというのは嘘なのだろう。俺とこのおじさんを会わせたくなかったのか。とりあえず嫌味でもつけておこう。


「これはこれは四辻大納言様。病とお伺いいたしましたが」

「ほっほっほ。麻呂の目の前に居る男が病の元なのじゃ」


 俺の嫌味を飄々と躱す。それどころか眼前のおじさんのせいにしていた。おじさんも満更ではなく、快活な声で「某のせいでござるか! はっはぁ!」と笑い飛ばしていた。それで良いのか。


 訝しんで見ていると、おじさんの目がぎょろりと俺を捕らえる。一瞬、ドキッとしたのは内緒だ。それからおじさんが自身の名を俺に告げた。


「儂は三好筑前守様の家臣、松永弾正忠と申す」


 こいつが乱世の梟雄と名高い松永弾正久秀か。本当にそうなのだろうか。俺の目の前にいる男は気持ちの良さそうなおじさんなのだが。


「某は塩冶彦五郎と申す。ご歓談中、失礼いたした。某はこれで」

「あいや、待たれよ」


 肩をがっしりと掴まれてしまう。こうなってしまっては子供の俺では振り払うことは出来ん。大人しくその場に留まることにする。出来れば早くこの場を辞したい。三好といえば公方様の敵だ。こんな場面を誰かに見られたらと思うと汗が止まらなくなる。


「某に何か?」

「なに。但馬に面白い小僧が居ると伺っておったところよ。先日も山名右衛門督に大立ち回りで勝ったらしいじゃないか」

「いえ、勝ってはござらぬ。痛み分けというところで。それに尼子民部少輔様のお力添えがあってのこと。某のみではあっけなく負けていたでしょう」


 松永弾正、俺をどこまで知っているんだ。話の流れで四辻大納言から聞いただけだろうか。それとも山陰の但馬国の情報も蒐集してるというのか。いや、集めているのであろうな。そう小さくはない戦だ。因幡全域を巻き込んだのだから。


「今回は何用で京に?」


 素直に伝えても良いものか。松永弾正は三好の家臣。そして三好は公方様の天敵だぞ。まあ、俺は使いに来ているだけだ。臣従している俺の心中は察してくれるだろう。


「尼子民部少輔様の使いで公方様に拝謁を賜りに参りました」

「ほう。大樹殿にか」


 そう言って目を細める松永。やばいな。俺は目を付けられるかも知れん。いや、既に手遅れか。俺の身は叩けば埃が出るぞ。どれだけ公方様に進物を贈ってきたことやら。親公方派と思われてもおかしくはない。


 困った。三好だけは敵に回したくはない。媚び諂うか。いや、それは否だ。あくまで堂々と胸を張ろう。何もやましいことはしておらんのだ。


「左様にござる。某も公方様にお世話になっておりますれば」

「ほう、お主が。大樹殿に何をしてもらったと言うのかね?」

「安全を、公方様で安全と安心を買っておりまする」


 素直に述べる。公方様は保険だと。もし、但馬国内での戦に劣勢だった場合、すぐさま公方様に和平のとりなしをお願いしていただろう。そのことを包み隠さずに伝えてやったわ。


「……ぶっ、ぶははははっ! 大樹殿を担保と申すか。なかなかどうして面白い小僧よ。気に入ったぞ」


 頭をぐりぐりと雑に撫でる松永弾正。せっかく公方様にお目通りいただくためにお洒落してきたんだ。髪型を乱すのは止めていただきたい。


「我が陣に遊びに参られよ。当分は京に居るのであろう」

「滞在と申しましても二、三日にござりまする。また、公方様のご家来衆に厄介になってる身。申し訳ござらんが慎んで辞退いたす」

「ふむ。何方に世話になっているのだ?」

「細川兵部大輔様にございまする」


 隠していたとしても直ぐにばれるだろう。松永弾正相手に胡麻化しきれるとは思わない。こんなもの、調べられれば一発だ。 


「左様か。わかった。いや、良き出会いであったわ」


 松永弾正、また笑ってる。俺には何がそんなに愉快なのかさっぱりわからなかった。その後、俺は大人しく四辻大納言の屋敷を後にした。その時に四辻大納言から幾つかの紹介状を頂いた。そのうちの一つは山科家への紹介状であった。


 現在の当主は山科内蔵頭言継。内蔵頭ということは大内裏の財政の長ということであろう。なるほど、権力は無いがお金がある俺と、お金がないが権力がある山科内蔵頭をくっ付けようと言う腹か。乗ってやろうじゃないか。


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