第36話 最後

天文十八年(一五四九年) 七月 但馬国二方郡柤大池砦 田公土佐守豊高


「ほう、一丁前にこんな砦を拵えておったか」


 儂が田結庄左近将監殿から借り受けた兵も引き連れて芦屋城を目指している途中、奴らが普請したであろう砦に出会した。それなりに堅固な砦だと見受ける。


「誰かある!」

「はっ」

「あの砦に兵は如何ほど詰めておるのか?」

「ざっと数えて二百にも満たないかと」


 二百か。多いな。どうやってこの短い時間で集めたと言うのだ。なにか絡繰があるに違いない。砦の中を調べさせるか。謀多きは勝ち、少なきは負けるというしな。


「其の方」

「はっ」

「なぜ砦に兵がこんなにも多いと言うのか。どのような手を使ったと言うのだ」

「砦の中には年若い兵しかおらぬとの事。おそらくは新兵を掻き集めて来たのでしょう」


 なるほど。年若い餓鬼どもを急ぎ村から掻き集めてきたか。所詮は稚児の浅知恵よ。儂には通用せん。おっと、砦の中から陣太鼓が響いてきた。流石にこちらに気がついたか。


「所詮は雑兵の群れよ、蹴散らしてやれぃ! 貝吹けぇ!」


 烏合の衆であれば二百五十の兵で一気に押し潰せるはずよ。本来であればもっと多くの兵が必要になるのであろうが、碌な兵がいないはずだ。


 それに対し、我が方の先駆けは百戦錬磨の中村権兵衛。この剛の者を倒せる者はおらんだろう。この勝負、儂がもらったわ。


「急ぐでないぞ! ゆっくりと仕寄れぃ!」


 兵の質はこちらが上よ。時間をかければこのような砦、造作もないわ。じっくりと相手をしてやろうぞ。兵の損耗を避けて長期戦に持ち込んでやろう。


 だがこの時、儂の中にある疑問が湧いた。ここに年若い烏合の兵が居るのであれば、塩冶の足軽どもは何処に居るというのだ。


「御注進! 塩冶の軍勢が我が城に進軍中との由。其の数、二百!! 旗印から村井治郎左衛門かと」

「なっ! 其の知らせは真か!!」


 おかしい、おかしいぞ! これでは塩冶が兵を四百も有していることになる。待て待て、落ち着け。焦りは判断を狂わせるぞ。こちらに新兵が多いとなれば本隊は向こうのはずだ。


「そちらの兵は本隊か!?」

「はっ、遠見からではありましたが、おそらく本隊かと。穂先が揃っておらず、足軽たちが向かっているものと思われまする」

「わかった」


 穂先が揃っていないということは、各々が槍を持って来た兵。つまり、槍を借りた雑兵ではないということだ。それであれば彼方が本隊と見て良いだろう。


 であればどうする。兵を二手に分けるか。いや、それでは各個撃破の的だ。それであればこの砦を落とし、返す刀で本隊を蹴散らすべきであろう。


 城山城と我が隊で挟み撃ちにすれば如何に塩冶の本隊といえど楽に勝てるはずじゃ。であれば儂の勝ちよ。そのためにもこの砦を早く落とさねば。


「悠長なことは言ってられん! 全軍でさっさとこの砦を落とすぞ! なに、この砦には雑兵しかおらん! さっさと踏み潰すぞぉ!!」


 儂も前線に立って兵を鼓舞しなければ。急がなければ城山砦が落ちてしまう。城山城には兵を五十ばかりしか置いてないのだ。


 だが、一向にこの砦が落ちる気配がない。向こうの兵は元気に弓を放ち、石を投げてきておる。まだ儂が何か見落としているというのか。いや、それはない!


「何をしておる! さっさと落とさんかぁ!」

「し、しかし、思ったより敵の抵抗が激しいゆえ……」


 だらしのない。急がなければ城山城が落ちてしまうと言うに! 力づくで門を開ければこちらの勝ちよ。人を集め、丸太を持たせるか。


「丸太を持てぃ! 門をこじ開けよ!!」

「この矢の雨の中を、でございますか? 被害が大きくなりますが……」

「そうだ! なに、門を開けてしまえばこちらのものよ。さ、早く門をこじ開けよ!!」

「は、ははっ!!」


 全く。なにをこの程度の砦に梃子摺っておるのか。何度も言うが、こちらには時間がないのだ。ええい、どうする。如何すれば良い。諦めて撤退するか?


 撤退し、本隊の方を挟み撃ちにして壊滅させる。それも視野に入れなければならないだろう。如何する。砦を潰すか反転して本隊を潰すか。


 いや、それは無理だ。撤退すれば、砦から打って出られ、儂らの尻に噛み付かれるだろう。なぜ奴らの砦は落ちず、矢や石が降ってくるのか。いや、待てよ。おかしい。


 寄せ集めの兵がそう簡単に弓を放てるものであろうか。特に年若い餓鬼どもだ。そんな奴らが儂らの攻めに怯えず、矢を放っているだと!?


「掛かれぃー! 今こそ好機! 田公土佐守を討ち取れっ!!」

「なんだ! 何事か!?」


 法螺貝の音が聞こえる!? それも真後ろから!! な、なんだ!? なにが起こったのだ!! 儂を討ち取ると言うことは敵方の援軍かっ!? しかし、援軍はどこから!? もう兵は出せないはずっ!!


「殿! 我が隊の真後ろから塩冶の援軍が襲いかかっております!」

「わかっておる! くっ、反転して後ろから来た敵を蹴散らすのだっ」

「この時を待っておったわ! 門を開けよ! 米山弥太郎信行、参るっ!」


 眼前の門が開き先駆けの隊がこちらに向かってくる。こちらが仕掛ける予定であった挟撃を奇しくも儂が受ける羽目になろうとは!


「撤退じゃ! 撤退するぞぉ!!」

「駄目です。囲まれておりまする。退き道がございませぬ!」

「押し通せ! 突破するしか道は無いぞ!」


 儂自身が先頭に立って懸命に槍を振るう。逃げるには後ろから迫り来る塩冶の援軍を突破するしか無い。何故こうなってしまったのじゃ。


「田公土佐守とお見受け致す。某、塩冶彦五郎が家臣、雪村源兵衛清蔵と申す。一手ご所望致す!」

「良かろう。掛かって来るが良い、小童ぁ!」


 これが儂の覚えている最後の記憶であった。

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