第35話 柤大池砦

天文十八年(一五四九年) 七月 但馬国二方郡柤大池砦 南条勘兵衛国清


 今日も晴れた。とても気持ちの良い朝であった。いつも通り身支度を整えていると、砦内が騒々しくなってきおった。何事かと顔を出すと、喚いていた男の子がこちらに駆け寄って来おった。やれやれ、厄介ごとか。


「御注進! 御注進にござる!」

「如何した?」

「田公土佐守、我が方に向けて進軍中にござる。其の数は二百五十! 勘兵衛様、如何なさいますか!?」


 砦内が一層騒めいた。田公土佐守が二百五十も集めるとは、この戦に全てをかけているに違いない。この砦にいるのはおよそ百。そう直ぐには陥落しないはずだ。まずはこの新兵どもを落ち着けなければ。


「静まれぃ! そう慌てる事はない。この砦は簡単には落ちん。まずは防備を固めよ。門を固く閉じて矢と兵糧の確認を致せ! それから斥候を放て!」


 檄を飛ばしながら準備に取り掛かる。連れて来たのは弓兵だ。砦の準備も間に合っている。大丈夫だ。問題は援軍が我が方に向かっているかどうかだな。殿の考えが知りたい。


「五郎左衛門殿」

「なんでしょう。勘兵衛様」

「この場合、殿であれば……いや、源兵衛殿たちであれば如何考える?」


 殿は未だ四つ五つだ。であれば策を立てるのは重臣である源兵衛殿か治郎左衛門殿であろう。彼らとは未だ親しくなっておらん。さて、どう動くか。


「そうですな。やはり順当に考えれば弥太郎殿の槍兵をこちらに送るのではないでしょうか。それで砦は持ち堪えることができるはずです。問題は源兵衛殿と父上がどう動かれるか……」


 弥太郎殿がこちらに来てくれるのであれば数の上でもほぼ互角に戦える。となれば石を多めに拾わねばなるまいな。彼らは弓を扱えん。となれば投擲だが、それを行うには石が必要じゃ。すると一人の少年がこちらに歩み寄って来た。


「勘兵衛様、田公土佐守はこちらに向かって進軍中。あと三刻ほどで確認が出来るかと。総大将は田公土佐守にござる」

「早いな。真か?」 

「真にござる。我ら蒲殿衆に掛かれば容易きことなれば」 

「蒲殿衆じゃと?」

「殿の細作にござれば。また、こちらに弥太郎様、源兵衛様が向かっているとの由。では御免」


 細作であるか。殿もなかなかどうして強かよのう。儂らに内緒で其のような者を組織しておったとは。じゃが良い知らせであった。弥太郎殿の他に源兵衛殿もこちらに向かっているのか。それであれば兵数の上でも勝てよう。


 それから一刻後、先の知らせ通りに弥太郎殿が我らと合流した。五郎左衛門殿も交えて軍議を開く。残り時刻はそう残っておらん。


「殿からの言伝を申し上げる。まずは某が勘兵衛殿の配下に加わり申す。大将は勘兵衛殿との事」

「承知仕った」


 指揮系統を統一してくれたのは素直に助かる。自分は外様ゆえ、如何なるものかと冷や冷やしておったが杞憂だったようだ。しかし、これが殿の言伝というのは俄かに信じられん。


「それから源兵衛殿が兵を集めており申す。其の数は百五十。源兵衛殿が田公土佐守の横槍を突くとだけ仰られ申した」


 なるほど。敵を此処に引きつけて源兵衛殿が横もしくは後ろから襲うか。使い古されておるが確実な攻めじゃ。であれば、我らは呼応して飛び出す用意をしとかねばなるまいの。


「あの、父上は?」

「治郎左衛門殿にござるか? 申し訳ござらぬ。そこまでは……」


 おそらく治郎左衛門殿は芦屋城の備えをしているのだろう。今回は留守役と言う事だ。さて、これでおそらくではあるが全ての情報が揃ったな。


「基本の方針は我らが田公土佐守を引きつける。そして源兵衛殿が裏を取ったところで呼応して打って出るぞ」

「承知仕った」

「かしこまりましてございます」


 これで我らの方針は定まった。後は敵を迎え撃つのみよ。源兵衛殿に呼応して飛び出すのであれば兵の損害を抑えねばならんな。


 良い場所に砦を拵えたものよ。七美郡から我らの領地へ向かうには此処を無視できぬ。もし、無視しようものなら逆に城山城に王手を掛けられる形となろう。


 儂は砦に残り弥太郎殿と五郎左衛門殿を山間に隠そうかとも思って追ったが杞憂だったようじゃ。万全の体制で敵を迎えることができる。


 殿はよう分かっておる。段取り八分。戦が始まる前にどれだけ準備ができて居るかが勝負よ。さて、血が滾って来たわっ!

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