第12話 毒饅頭

「五郎左衛門、居るか!?」

「はっ、此処に」


 俺は五郎左衛門を大声で呼び出す。そして彼に御屋形様の元へ走るよう頼んだ。要件はもちろん相続の承認と慰謝料の請願だ。登城する名目は戦勝祝いということだがな。


 養父殿の葬儀を終わらせ御屋形様の元へと行かなければ。本当は四十九日ほど大人しくしていないといけないんだが、そうも言ってられない。


 こっちも領主として皆を養っていかなければならないんだ。そんな俺をうつけと呼ぶなら甘んじてうつけの評をもらうことにしよう。


 おめかしをして御屋形様が居る此隅山城へと向かう。名前の通り此隅山に建てられた山城である。山名氏が代々居城にしているだけあって堅固な作りだ。


 五郎左衛門が一走りしてくれたお陰か、すんなりと御屋形様と面会することができた。呼び出され速やかに室内へと入る。そして平伏し、向上を一言。

 

「この度は戦勝、真におめでとうござりまする」


 室内には三人ほど居た。ただ、すぐに平伏してしまったため、誰が誰だかわからない。いや、顔をあげていてもわからないだろう。わかるのは中央に陣取っているのが御屋形様くらいだろうか。


「苦しゅうない。面を上げよ」

「はっ」


 ゆっくりと顔をあげる。所作はあくまでもゆっくりと優雅にだ。吉見氏の出自となっていることを忘れるな。あそこは名門だぞ。


 中央の男、あれが御屋形様か。三十も後半といったところだろう。髭を生やして壮健な顔つきだ。最も脂が乗っている時分だろう。


「わざわざ戦勝の言葉、痛み入る。そして若狭守の件、すまぬな」

「いえ、勝敗は兵家の常。残念に思いますが致し方ありませぬ。以後、塩冶家は某が当主となり盛り立てていきたく存じまする」


 まさか初手で御屋形様が謝罪してくるとは思わなかった。ただ、頭を下げるだけであればタダである。さて、腹の中ではどう思っているのか。


「もちろんだ。塩冶家、ひいては当家を盛り立ててくれ」

「ははっ」


 もう一度平伏する。これで俺が跡を継ぐと言う言質は取れた。養子なので横槍を入れられるかと思ったが杞憂だったようだ。というか、後で知ったのだが御屋形様も養子だったらしい。


 あとはもう一つの問題を解決するだけである。もう一つの方は慰謝料、つまりは金だ。銀山があるのだから貧しいということはない。それなりの額を分捕れるはずだ。さて、どう切り出そうか。


「御屋形様に今ひとつ、お伺いしたいことがございます」

「ほうなんだ。申してみよ」

「御父は戦場にて活躍しておりましたでしょうか」

「もちろんではないか。その方の父御の力添えもあって勝てたと申しても過言ではない。ああ、そうだな。褒美をとらせなければ」

「はっ、有り難き幸せ」


 平伏した頭をさらに下げる。良かった、こちらから切り出さずに済んだ。流石に銭の催促はし辛いところだったからな。御屋形様はふむと一言呟いて手に持った扇子をぱちぱちと鳴らしていた。


「ではその方に因幡国の岩井郡を授けようではないか」

「なっ、御屋形様! それは!?」

「儂が決めたことじゃ。口出しするでない」


 この決定に周囲がどよめく。俺に岩井郡を渡すだと。それだと塩冶家が二万五千石にまで膨れ上がるぞ。絶対に何か裏がある。待て待て、冷静に考えろ。


 まず思いつくのが垣屋氏に対抗させようという心算だろう。守護代の垣屋氏は三万石近くを拝領している。そして俺の養父殿は垣屋氏に殺されたと言っても過言ではないだろう。啀み合わせるつもりか。


 いや、違うな。御屋形様は俺が因幡吉見氏の出であり、塩冶氏に逃げ落ちたことを知っているのだ。つまり、俺では岩井郡を治められないと考えているのかもしれない。


 そこには吉見氏の姥ヶ谷城がある。おそらく今は他家に奪われているだろうが、俺が本物の吉見家の者であれば喜んで飛びつくと考えたか。


 そして俺が齢若いことも御屋形様がその考えに寄ることに拍車をかけているのだろう。なぜそんなことをするのか。


 これはあくまでも推測だが、与えられた領地を治められなかった場合、二方郡ともに領地全てを取り上げる気だ。


 これは拝領するのは得策ではないな。垣屋氏からも御屋形様からも睨まれる恐れがある。毒饅頭だ。絶対に食べてはいけない。何か良い言い訳を。


「せっかくの御厚意、御温情ではございますが辞退致したく存じまする。当家は父のみならず兵も失っており、その者達へ慰謝料を払わなければなりませぬ。願わくば領地よりも……」


 そこまで申し上げて言葉を切る。そして御屋形様の出方を伺う。御屋形様は鳴らしていた扇子を止め、顎の下に手をおいて考え込んでいる。


 銭の無心など武士の風上にも置けぬと仰られようか。されど、銭が無ければ生きていけぬ。領民の心を慰撫できずして何が領主か。


 御屋形様の両側に居る男、右手側の男は整った顔立ちをしている。おそらくは小姓だろう。こちらを睨むように見ている。敵意が痛い。反対側の男は逆に御屋形様よりも年上だ。老練な雰囲気が醸し出ている。


「ふむ、わかった。黄金を五枚ほど持っていけ」


 御屋形様は側用人に黄金の入った箱を持って来させる。そしてその中に大きな手を突っ込むと、むんずと掴んで数を数えずに袋に入れた。それを横にいた小姓に渡す。あの箱の中に如何程の金が入っているというのか。


「……こちらを」

「忝い」


 黄金の入った袋を小姓が睨みつけながら俺に渡す。それをすぐに懐に仕舞い、謝辞を述べて御屋形様の御前を後にしたのであった。

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