第10話 留守居役

「五郎左衛門は居るか?」

「はっ、此処に」

「釣りに行かぬか?」

「良いですね。お供いたします」


 にこりと笑って釣り道具を取りに行く五郎左衛門。その間に俺は手拭いなど温泉に浸かる用意を済ます。仕方がないので五郎左衛門の分も用意してやった。釣りはあくまでおまけ。本命は温泉だ。


 釣り、もとい温泉に向かう道中、五郎左衛門に養父殿から聞かされた話をそのまま伝えてやった。俺と五郎左衛門で城を預かるのだ。備えるためにも事前に情報を共有するのは道理だろう。


「当家が集められる兵は如何程であろうか」

「多く見積もって二百でしょうな。今回は勝ち戦でしょうし、そこまでは動員なさらぬでしょう。おそらくは百五十。いや、城にも兵を残すことを考えると百も有り得ますな」


 百か、かなり少ないな。いや、八千石の国人領主なんてそんなものなのだろうか。大半は農民兵なのだから多く連れて行かないで欲しいと言うのが本音ではあるが。


「良し、着いたぞ。釣る前にひとっ風呂浴びるとするか」

「彦五郎様は最初からこちらが目当てでしょうに」


 どうやら俺の考えは五郎左衛門にバレていたようだ。そして五郎左衛門が俺に手拭いを渡す。どうやら俺の分まで持ってきてくれたようだ。なんだ、せっかく持ってきたのに無駄になってしまったな。


 温泉には先客が一人だけいた。前回と同じ弥右衛門と言う男だ。こちらに気がついて軽く会釈をしてくる。俺も会釈を返す。見知った顔だしな。


 そこへ五郎左衛門がやってくる。どうやら弥右衛門のことは視界に入っていないようだ。湯船に浸かるなりはぁと一息、そして俺に徐にこう話しかけた。


「細作のことも戦のこともままなりませんねぇ」

「……そ、そうだな」


 そう言いながら俺は五郎左衛門の足を思い切り抓る。そして視線で弥右衛門が居ることを告げた。外で迂闊なことを言うんじゃない。


「も、申し訳ありません」


 小声で謝る五郎左衛門。どうやら弥右衛門には聞こえていないようだ。ほぅと一つ溜息を吐き出す。いや、そう言えば弥右衛門は米を扱っていたな。


「弥右衛門殿。一つお尋ねしてもよろしいか?」

「はあ、手前どもでわかることであれば」

「今年の米は豊作になろうか?」

「さて、如何でしょうな。どうもここ最近、気温が上がらないと聞きまする。今年も良くて例年並み、悪くて凶作でしょうな」


 そう言うとあっはっはと闊達に笑う。相変わらず気持ちの良い御仁だ。笑い事ではないのだが。しかし、全国的に見れば豊作の地域も出てくるだろう。冷害というのであれば伊予や筑前など四国や九州は如何だろうか。


「いや、尾張や伊勢がよろしいですな。あそこは土地が肥沃ですので」


 尋ねてみると、どうやら九州や四国よりも尾張の方が良いらしい。あんなに小さい尾張なのに何故あそこまで米が取れるのか。そりゃ今川五郎義元も欲しがるわけだ。


「今の米相場は如何か?」

「安くはありませんな。どこもかしこも戦続きで。わざわざ尾張から運んでくるわけにも行かず。参りました」


 そうは言うものの、口元には笑みが残っている。本当に参っているのだろうか。ピンチはチャンスとも言うし判断が難しいところだな。


「どこかに儲け話は落ちていませんかねぇ。例えば……戦とか」


 どきんと心臓が一音高く跳ね上がる。まさか、さきほどの五郎左衛門との会話を聞かれていたか? いや、ここは知らぬ存ぜぬで押し通してみよう。


「戦ですか……最近はどこも物騒ですね。噂は耳にしませなんだが、はて、起こるのか」

「そ、そうですな! 戦は、嫌ですなー」


 どうやら五郎左衛門は嘘が下手のようだ。これは覚えておこう。弥右衛門は少し考え込んでそうですかと一言。そして程なくして温泉から上がって行ってしまった。


「はぁ。もう少し周りを見て発言をしてくれ」

「申し訳ありませぬ。つい……」


 頭を掻く五郎左衛門。いくら領内とは言え気を抜きすぎではないだろうか。まあ、過ぎたことを蒸し返しても栓なきことではあるのだが。それよりも戦の準備だ。


「城の守りを固めておけと言われても、どうすれば良いのか?」

「特にすることはないでしょう。今回は攻め込む戦ですし、城に敵方は寄ってこないと思われまする」

「そうか。では単なるお留守番と言うことか」


 温泉に口まで浸かりブクブクと泡を吐き出す。別に戦がしたかったわけではないのだが、ただやることがないと言うのも面白くない。


 金も稼げないわ戦にも出ることができないわ、踏んだり蹴ったりだな。あーあ、何か良い金稼ぎの方法はないだろうか。寝ても覚めてもこのことばかり考えてるが、一向に思いつかないのであった。

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