第24話 クリスマスイブ 2

あの怒りモードなら、店まで一分で来るはずだ。

だが、少し時間が経ってから店内に戻っても、亜希の姿はまだ見当たらない。

「お姉ちゃん、髪をセットし直すと思うから十分くらいかかると思うー」

錯乱してても髪はセットするのか……し直す?

セットしてたのに更にやり直すってことか?

わけが判らん。

年頃の少女ってそんなものなのだろうか。

「早かったすね」

穂積はからかうように言う。

「顔がベタベター」

有希が絶妙なタイミングで発言する。

「え!?」

穂積の顔は、からかいから驚愕へ、そして軽蔑へと変わった。

「待て、誤解だ。ペロがペロペロしたからベタベタなんだ」

間違ったことは言っていないのに、急に語彙ごいが貧困になって幼児言語を話している気分になる。

「まあ何でもいいっすけど、セフレ来てますよ」

誤解は解けたようだが、穂積は冷たい目をしたままだ。

彼女に振られた直後のイブに、相方である俺には彼女やセフレが訪ねてくるのだから腹立たしいのだろう。

いや、彼女でもセフレでもないけど。

「田中っちー」

「おりょ?」

ん? そういやコイツら初対面か?

有希は誰にでも人懐ひとなつっこいというわけでもないので、近寄ってくる詩音を見て俺の陰に隠れる。

「か、隠し子!?」

「んなわけあるかっ!」

「しゅんぺー、隠し妻?」

「お前はどこでそういう言葉を憶えてくるんだ!」

「お姉ちゃんの、蔵書?」

アイツはいったいどんな本を読んでいるんだ……。

「ちっちっちっ、お嬢ちゃん、何を隠そうあっしは田中っちのセフレ──痛っ!」

「お前はいらん言葉を教えるな!」

イカン、つい詩音の頭を叩いてしまった。

ガキを除いて、俺が自分から葉菜以外の女性に触れるのは初めてではなかろうか。

「田中っちに頭叩かれたぁ」

詩音は何故か嬉しそうに頭を押さえる。

「あの人マゾー?」

有希、お前は……いや、亜希の方を正さなければいけないのか?

「でもしゅんぺー」

何が「でも」なんだ。

「もうすぐお姉ちゃん来るよー」

だから何だ。

「……阿修羅?」

……何故に阿修羅?

「……砂場?」

……何故に砂場?

「あ、修羅場だ」

修羅場かよ!

「なになにー? あっし、こう見えて子供大好きだしー」

確かに詩音は、一見、子供好きなタイプには見えないが、慣れ親しんでいる俺からすれば全く意外には見えない。

コイツは優しくて、博愛精神に満ちているように思える。

子供に限らず、誰とだって揉め事は起こさないだろう。

何せあの葉菜とも打ち解けたんだ、亜希が来たからって修羅場になるとは思えない。

……いや、亜希の方に問題がありすぎるような?

「だからしゅんぺー」

「なんだ」

「イブは私と過ごすのが無難だと思うのー」

……コイツ、手練てだれか。

もしかしたら俺より状況を見極めているのかも知れん。

「こらこらお嬢ちゃん、田中っちを独り占めはダメだぞ?」

詩音はあくまで優しいお姉さんだ。

「しゅんぺー」

「なんだ?」

「この人、しゅんぺーのことを苗字で呼んでるってことは、それほど親密じゃないのー?」

「なっ!?」

詩音が絶句した。

「も、もう、ヤダなぁ。下の名前で呼ぶからって親密とは限らないっしょ? ねぇ、田中っちぃん」

いや、それ、親密というよりエロいだけだから。

「しゅんぺーぇん」

「お前も真似するな!」

「でもしゅんぺー、元カノさんの画像からすると、このお姉さんはタイプじゃなさそー」

「ぐっ!」

詩音が絶句した。

その言葉は、リアルで葉菜と接したことのある詩音にとって、より強烈に刺さる一言だ。

葉菜の綺麗さは、写真なんかでは伝えきれないほどのものがある。

「タイプで言えば、私のお姉ちゃんの方が近いと思うー」

まあ葉菜は綺麗系だし、たぶん亜希もそうだと言えよう。

でも詩音は愛嬌あいきょうのあるタイプだから、だいぶ系統が違う。

「そういや亜希は俺のことをハルヒラって呼ぶけど、あれはどうなんだ?」

「親密になりたいけどなりきれない乙女心ー?」

「……そもそも何でハルヒラなんだよ」

「私が考えてる理由は三つあってー」

三つも?

「一つはしゅんぺーって呼びたいけど照れ臭くて呼べなーい」

アイツが? どっちかというと、名前を呼んでやるまでもない、といったところだろ。

「あと自分がアキだから、ハルだと共通項? それが嬉しい? みたいなー?」

いやいやいや、考えすぎだろ。

そんな乙女チックな。

「最後の理由はー、自分だけ他の人と違う呼び方をする特別感?」

ははは、有希は乙女心を想像するのが上手いなぁ。

「田中っち!」

「なんだよ」

「田中っちを田中っちと呼ぶのはあっしだけ?」

「まあ、そうだけど」

「あっし、自分が中田だから田中に共通項を感じてたり?」

「そ、そうか」

「ホントは春平って呼びたいけど、恥ずかしくて胸がキュンキュン痛くなっちゃうから」

……無理矢理こじつけたっぽい。

まあ、それなりに好意は持ってくれてるんだろうけれど、俺がそんなにモテるわけもない。

「まあ何にしても詩音にもケーキを買ってあるから、持って帰って食べろ」

三人とも同じケーキで差はつけていない。

五百数十円のショートケーキだが、ちゃんとクリスマス用のものだし、日頃の感謝を込めているつもりだ。

コイツらの顔を見ると元気になるし、話していると楽しいし、ありがとうという気持ちで心が豊かになれる。

「あっしにケーキを!? それって生クリームをあっしに塗りたくって食べたいという遠回しな願望の発露──」

「アホか!」

「あいたっ!」

いかん、また頭を叩いてしまった。

しかもまた嬉しそうに笑っているではないか。

やっぱり、コイツらといると楽しいな。

「ハルヒラ」

楽しくて、そんな重々しい声も気になら──な!?

背後に、亜希が立っていた。

うん、手入れされた髪はサラサラツヤツヤで、服装もちょっとコンビニに行く、というほどラフなものではなく可愛らしい。

やっぱりコイツ、美少女だなぁ……。

鬼の形相ぎょうそうでプルプル震えているのは、まあ、綺麗なだけに恐ろしいのだけど。

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