第70話 プライスへの依頼者

 パキパキパキ。


 アザレンカが放った上級氷属性魔法、絶対零度アブソリュート・ゼロは、ルアレの魔剣を一瞬で氷漬けにした。


 「ウ、ウソでしょ!? こんなにあっさり魔剣って使い物にならなくなるの!?」

 「いやいや、魔剣は強力な武器だよ? ただ、使い手がルアレじゃどうにもならないってだけ」

 「う、うるさい! アザレンカのクセに! ど、どうしよう……火属性魔法なんか、使えないのに……」


  良かった、上手くいって。

 ルアレは火属性魔法が使えないから、魔剣を氷漬けにして使えなくすれば、間違いなくパニックになると思ったよ。


 こうしてしまえば、もう僕の負けは無い。

 後は、その氷漬けの魔剣を破壊するだけ。


 「……!? ア、アザレンカ!? ちょ、ちょっと辞めてよ! こんなのただの模擬戦みたいな物でしょ!? 何で、更に聖剣に力を込めてるのよ! というか、聞いてた話と違う! 聖剣を抜いたばかりだから、使いこなせないはずじゃなかったの!?」


 ルアレは、僕が魔剣を破壊しようとしているのを察したのか、それとももう勝負は目に見えているのに、聖剣に力を込める僕に、怯えているのかは分からないけど、更に焦りだす。


  ……話が違うどうこう以前にそもそも、ルアレは自分の力を過信し過ぎなんだって。

 それに、いざ自分が不利になったら、こんなの模擬戦なんだから本気で戦う必要ないって言い出すのはズルいし、みっともないよ。


 もういいよ。

 ルアレ、終わりにしよう。

 僕も勇者としてまだまだ未熟なのは分かっている。

 だけど、ルアレは。


  勇者になる以前の問題だから。


 聖剣、力を僕にもっと貸して。

 多くの人の命を奪って作り出した魔剣なんて、おぞましい物を、この世に存在させたままにしちゃいけないから。


 (ええ、アタシが力を貸してあげるわ。アナタ……いえ、勇者アレックス・アザレンカ)


 す……凄い。

 さっきまでとは全然違う。

 これが、聖剣の力……。


 やれる、今の僕なら魔剣も壊せる!


 アザレンカは聖剣を構えた。

 氷の聖剣は青白く発光しだし、訓練所内が冷気に包まれだす。


 「聖剣よ、僕に力を貸して。聖なる氷を以て、全ての穢れた悪を砕いて! 氷消瓦解ヘイル・デモリッション!」


 アザレンカは、ルアレの持つ魔剣に聖剣を振り下ろした。

 ルアレは、恐怖のあまりアザレンカが自分の元へ近付いて来ても全く動けなかった為、黙って自分の魔剣へ聖剣が振り下ろされるのを見ているしかなかった。


  ガツッ! バキッ!


 ルアレの魔剣は鈍い音を訓練所内全てに響かせ、真っ二つに折られた。

 折られた刀身の上半分は地面に叩きつけられた後、高く跳ね上がってどこかへと飛んでいった。


 「……ルアレ、まだやる?」

 「あ、ああ……ま、魔剣が……折られた」


 ルアレは完全に戦意を喪失したのか、膝から崩れ落ちて、地面にへたり込んでしまった。


 「もうこれ以上ルアレは戦えないわね。勝者! アレックス・アザレンカ! この結果、アレックス・アザレンカが、イーグリット王国の勇者として復帰よ! もう異論は認めないわ!」


 女王様が高らかに宣言し、僕とルアレの戦いは終わった。


 観客席からは、ああ……というため息声や、僕が勝ったのが気に入らないのか、ブーイングの声が聞こえた。


 今は仕方ない。

 これでいい。


 これから勇者として、結果を出していけば良いのだから。



 ◇



 「……勝者! アレックス・アザレンカ! この結果、アレックス・アザレンカがイーグリット王国の勇者として復帰よ! 異論は認めないわ!」


 物凄い鈍い音がしたと思ったら、その数十秒後には、アザレンカの勝利と、勇者復帰を宣言する女王様の声が聞こえた。


 勝ったんだな、アザレンカ。

 まあ、予想通りだけど頑張ったな。

  ……これからは勇者として俺達と一緒に、様々な功績を作ったり、イーグリットを救おう。


  先代勇者のマルク・アザレンカのように。


 こんな感じで良いかな?

 お祝いの言葉。

 何か、ちょっと格好付け過ぎて、アザレンカにキモいとか言われそうだけど。


 ……辞めだ、辞め。

 俺の柄じゃねえな。

 普通に頑張ったな、おめでとうでいいか。


 「やあ! プライス!」


 アザレンカに声を掛けに行こうと、訓練所に入ろうとした時だった。

 誰かに話し掛けられた。


 一体、誰……チッ。

 振り向いた事を後悔した。

 聞こえないふりをして、訓練所に入って行くべきだった。


 振り向いた先には、相変わらずニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる、ザラクの姿があったからだ。


 「って、お前……私服……。おい、仕事はどうした?」

 「休暇を取ったに決まっているだろ? 見て分からないのかい? 相変わらずバカだなあ」

 「……お前ホルツしか友達いなそうだもんな。休日にわざわざ嫌いな奴をからかいに来るって、全く充実していない休日過ごしてて可哀想だぜ……」

 「なっ! 何だその哀れみの目! 君はバカだね! 恋人の応援に来たんだ! 勘違いするな!」


 バカにされて怒るんなら、人をバカにするのは辞めたらどうなんだ。

  もうアナタは、二十四歳ですよね?

 五歳も年下の人間からかって、面白がっているのは卒業したら?


 ……なんて、言ったら言い争いになりそうだから辞めておくけど。

 その前に、恋人の応援にここに来たって、事の方が引っ掛かる。


 「恋人を応援しにここに来たって……? うわっ……お前ルアレと付き合っているのかよ……」

 「君は本当にバカか! あんな性悪女、誰が選ぶか! 勘違いもいい加減にして欲しいね! 僕の恋人は名家ウィーバー家に相応しい恋人さ! 聖剣を持つ、マリンズ王国の女勇者なんだから!」


 ザラクは羨ましいだろう? と言いたげに自慢してくる。

 いや、俺の妻は聖剣を持つマリンズ王国の元勇者なんだが?

 自慢されても、全く羨ましいと思わないんだけど。


  ……って、おい待て。

 まさか、俺の相手って……。


 「……ようやく気付いたか。いやはや、フェレッツ殿には頭を悩まされるよ……。プライスと戦わせるなんて嫌だって言ったのに……」


  ザラクは、さっきまでのニヤニヤとした気持ち悪い笑みから、真剣な表情に変わる。

 この後俺、ザラクの恋人と戦うのかよ。


 「……早く言えよ。全力を出す気は無かったけど、ぶっ潰す気ではいたぞ? フェレッツとフルーレにムカついたからな」

 「ぶ、ぶっ潰す!? 辞めてくれよ! そんな事したらレビーが死んでしまう!」


 こんな焦った表情のザラクは初めて見た。

 余程、レビーという恋人が好きなんだな。


 だが、何かきな臭いな。

 わざわざザラクの恋人を、フェレッツが俺の対戦相手としてぶつけて来るなんて。

 そんなにザラクの恋人レビーという女性は、強いのか?


 いや、それならこんなにザラクが焦って、遠回しに手を抜いてくれって、頼むような事をする訳がない。

 ザラクはプライドの高い男だ。

 その男が、嫌いな俺に頼むという事はそういう事だろう。


 「マリンズ王国がレビーをこの戦いに派遣してくるのも驚きだが、まさか第一王子派がレビーを次のイーグリットの勇者にしようとしていたのも僕は知らなかったんだ。……くっ、だ、だから……」

 「だから?」

 「た、たの……たの、たの、たの、頼む」


 とうとう、あのザラクが俺にストレートに頭を下げてきた。

  体を震わせ、拳を握りしめながら。


 「頼むって、何を頼むって言うんだ。わざと負けろってのは聞けないぞ。そんな事したら、女王様がフェレッツに頭を下げる事になっちまうからな」

  「……君が負ける訳が無いだろ。流石に僕もそこまでバカじゃない。だから、こうして頼んでいるんだ。レビーに怪我をさせるのだけは辞めてくれ」

 「……分かったよ」


 ここまで頼まれたのなら、仕方ない。

 出来るだけ、ザラクの恋人に怪我をさせないように戦おう。


  別に、余程最低な人間じゃなければ、元々全力で潰す気なんて無かったし。


 ……フェレッツは、現騎士王の息子の恋人と元騎士王の息子を戦わせるって、一体何を企んでいるんだ?

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