第59話 本当の願い

 「聖剣が納得する願いですか……」

 「ふむ……なんじゃろなあ……」

 「……またクセのある聖剣ね」


 ホセさんの家へ戻った後も、俺達は頭を悩ませていた。

 聖剣が抜けないのは変わらず、変わったのはアザレンカの願うべき事、という難問に悩む人数が三人から六人になっただけだ。


 「マルクのような立派な勇者になる事が、聖剣を抜くのに相応しくない願いじゃ、というのじゃから驚きじゃのう……」

 「マルクを超えたいでもダメだとは、どんな願いなら氷の聖剣を抜く事が、出来るんでしょうね……」


 爺様とホセさんは、お手上げといった様子で、考える事を半ば諦めていた。


 気持ちは分かる。

 他人の願うべき事を考えるって、訳分からねえよ。

 ましてや、爺様達とアザレンカじゃ、年齢が離れ過ぎている。

 それに性別も違うし。


 俺だって、いきなり七十歳のお婆さんの願うべき事を考えてみてください! って言われても爺様達のように、お手上げ状態だっただろうな。


 「そういえば、二人はどんな願いで、聖剣を抜くことが出来たのかしら?」


 ダリアが、俺とステフに質問する。

 参考にしようとしているみたいだけど、無駄なんだよなあ……。


 「私は聖剣に願いなんて聞かれて無いし。私が聞かれたのは望み」

 「……望みも願いも一緒じゃないかしら?」

 「俺もそう思う、ちなみに俺は、望みも願いも聞かれなかった。だけど火の聖剣は、目的を重視してたな」

 「望みに願いに目的……ややこしいわね」


 全くだ。

 何故、ある程度の身分と、同じ属性魔法を極めている事を必要としているのは、どの聖剣も同じなのに、望みだの願いだの目的だの言い回しが変わるんだ。

 統一しろよ。


 「ステファニーが聖剣に言った望みなど、聞かなくても分かるわい。どうせプライスの事じゃろ」

 「……一生プライスと居たい、とか思いながら聖剣を抜いてそうね」

 「え? 良く分かったね! 正にその通り!」


 ステフの言葉に、爺様とダリアは呆れながら聞き流す。


 「どうだ? 何か良さげな願いは浮かんだか? アザレンカ?」

 「うーん……浮かんでるけど……いや、これじゃないよね」


 アザレンカは俺達の話を参考にして、氷の聖剣が納得しそうな願いを考えていたのだが、ピンと来ていないようだ。


 「プライスは火の聖剣に抜け、って言われたから抜いたって言ってたけど、何の目的も無かったの?」

 「決まってるじゃない。私と再会したいって、目的で聖剣を抜いたのよ」


 ……アザレンカめ。

 余計な質問を。

 ステフが期待しながら、俺の答えを待っているじゃないか。


 ……正直に答えるか。


 「いや、あったよ。大切な人を守れる力が欲しい、って明確な目的がな。……やっぱりトラウマだったからな、ステフを守ってやれなかった事が……」

 「大切な人を守りた……」

 「プライス! やっぱり私達は相思相愛だったね! 同じような事を考えていたなんて!」


 ステフは、アザレンカの言葉を遮っただけではなく、勝手に俺の目的を自分の都合の良いように解釈し、嬉しそうに抱きついて来る。

 ……まあ、ステフも守りたい大切な人の中の一人だからな。


 ステフを守れるような力が欲しい。

 そう解釈して貰っても良いか。


 「……むぅ、やっぱりステフさん絡みじゃん、プライスも」

 「惚気たいだけだったのかしら?」


 俺の目的を聞いたダリアとアザレンカは、露骨に不満げな顔を浮かべる。

 ……ちゃんと言葉にしてやらないとな。


 「不満そうな顔するな。ダリア、それにアザレンカ。二人だって、俺の守りたい大切な人だぞ? ステフと同じくらいな」

 「……もう、プライスったら」

 「……ズルいなあ」


 言葉とは裏腹に、ダリアとアザレンカは嬉しそうにしていた。

 ……思っている事を言っただけなんだけどな。

 ここまで喜ばれるとは。


 「というか、アザレンカもその願いで良いんじゃない? 大切な人を守れる力が欲しいって聖剣に願ってみなよ?」

 「そ、そうか! それは良いかもしれないですね! よし! 大切な人を守れる力が欲しい!」


 ステフの助言で、アザレンカは俺と同じことを聖剣に願う。


 「……」

 「どうだった?」

 「……その大切な人は誰? って言われた」


 さっきまでの露骨な拒否とは違うな。

 アザレンカ曰く、聖剣がそれじゃダメね~とかそうじゃないでしょ~? とか言っていたみたいだし。


 アザレンカの大切な人か……誰だ?

 マルクが亡くなったから、アザレンカに肉親はもういなかったはず。


 アザレンカの母親は、アザレンカを産んですぐに亡くなったって聞いたし、アザレンカの父親も確か数年前に事故で亡くなったから、ここ数年はマルクと二人暮らしだったよな。


 「大切な人……いるにはいるけど、僕よりも強いからな……守るって言い方はおかしいと思う」


 アザレンカは歯切れが悪そうにしながら、自分の大切な人を話す。


 アザレンカより強いのか。

 一応、勇者に選ばれたこともあるアザレンカより強いって、アザレンカの大切な人は中々凄い人なんだな。


 「まさかお前にも、そんな大切な人がいたとはな? 今度紹介してくれよ」

 「は?」


 ……何か、俺は不味いことを言ったのだろうか。

 アザレンカが露骨に不機嫌になる。


 「……アザレンカ、ステファニーや、私みたいにストレートに言わないと、プライスには伝わらないわよ」

 「……というか、プライスが鈍感過ぎ。表情や言い方で読み取ってあげられないの?」


 なんだなんだ?

 俺が一体何を言ったって言うんだ?

 アザレンカどころか、ダリアやステフにまでも呆れられる始末だぞ。


 「……そうですね。うん、そうしましょう」


 覚悟を決めたようにして、アザレンカは聖剣に願いを伝える。


 「大切な人達を守れる力が欲しい。そして、プライスを支えられる力が……プライスと一緒にこれからずっと戦っていける力が僕は欲しい!」

 「……!」


 気付かなかった。

 まさか、アザレンカもそこまで俺の事を思ってくれているとは。

 ……問題はその願いで氷の聖剣が抜けるのかって話だが……杞憂だったようだ。


 氷の聖剣が光り始める。


 (フッ……氷の聖剣も納得したようだな。小娘……いや、勇者アザレンカの願いに。しかし、お前も幸せ者だな? 家族以外の女にこんなにも好かれているのだから。しかもある程度の身分や美貌を持った三人とはな)


 火の聖剣は嬉しくてなのか、俺をからかいたいのかは分からんが、俺に問い掛けてくる。


 ……確かに俺は幸せだな。

 いや、贅沢過ぎる。

 家族には恵まれなかったが、俺の近くには一人いれば十分なレベルの女性が、三人もいるんだからな。


 そして、その中の一人であるアザレンカが、聖剣に選ばれようとしている。

 これはとても嬉しい事だ。


 アザレンカは、柄を握り鞘から聖剣を引き抜く。


 「……これが、氷の聖剣……。凄い……何か力が……湧いてくる」


 アザレンカは不思議そうに氷の聖剣を見つめる。


 始めは俺もそうだったな。

 湧いてくる力に戸惑って、俺もただただ火の聖剣を見ていたし。


 「やったのう! アザレンカ!」

 「かれこれ三百年くらいは、氷の聖剣の使い手が現れなかったのに……いやはやアザレンカ殿は流石ですな」


 爺様とホセさんもアザレンカを褒める。

 アザレンカも嬉しそうだ。


 「これで、アザレンカがまたイーグリット王国の勇者に戻る事に対しての異論は出なくなるわね。やはり貴女は勇者よアザレンカ」

 「そうだな、これからも俺達の事を宜しく頼むぞ? アザレンカ?」

 「プライス……ダリアさん」


 完全に俺達は、アザレンカが聖剣を抜けた事に対して祝福ムードになっていた。


 しかし、ステフは冷静に言い放つ。


 「まだ、スタートラインだよ? アザレンカ? 聖剣を使えるって言えるようになるのは、私達みたく聖魔法ホーリーマジックを使えるようになってからだよ?」

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