第53話 黒幕は捨てる、地位も名誉も故郷も

「俺に一体何の用があるというんだ? セリーナとロイを殺した事に関して、文句でも言いたいのか?」


プライスは、近付いてくるマリーナと話をしつつ、ダリアを守るようにしながら、周囲を警戒する。

プライスが倒さなければならない敵は、マリーナだけではなく、エリーナもだ。

そのエリーナが急に自分達へ攻撃してくるかもしれないと考えていたのだろう。

姿を見せないエリーナを警戒していた。


マリーナは警戒するプライスを見て、笑みを浮かべながら話を続ける。

夫と娘が目の前にいる自分の息子に殺された事など気にもせず。


「そんな怖い顔しないでよ。別にアンタやダリアちゃんを攻撃しようとなんてしないわ。負ける可能性がある相手に勝負を挑まないのは、戦いに於いて鉄則でしょ? それをあの二人は分かってないからアンタに殺されたのよ。特に、エリーナには注意したわ。私の言うことを聞かずアンタと戦おうとした事を。悪かったわ、プライス」


マリーナはやれやれと呆れながら、ここにはいないエリーナの愚行を謝罪する。

しかし、プライスにはマリーナの言動に違和感を感じていた。

まるで、自分は悪くない。

そう言いたげに話すのだから。


「おいおい、自分は何も悪くないかのような言い方だな?」

「何回も口を酸っぱくして言ったのよ? プライスには手を出すなって。いくら魔剣を持ったとしてもアンタ達はプライスには勝てないわよって忠告したのに、セリーナとお父さんには」

「その事だけじゃねえよ! 多くの騎士を殺した事についてもだ! 大賢者っていう国の魔法使い達の上に立つ人間なら、ロイ達の暴走を止めろよ! 何故ただ見ているだけで止めなかったんだ!」

「マリーナさん……どうして? どうして国民の信頼を裏切るような事をベッツ家はしてしまったんですか?」


二人の言葉を聞いたマリーナは苦虫を噛み潰したように、不愉快そうな顔をしながら、とんでもないことを言い出した。


「はいはい、分かったわよ。私も悪かったわ。だから、責任を取って私は大賢者の地位を返上して、財産とか全てを放棄してエリーナと一緒にイーグリットを出ていくから。これで文句無いでしょ?」


そう言って不満げに頭を下げた。


サラっとこいつ、とんでもないことを言い出したな。

一連の騒動の責任を取って大賢者の地位を返上するというか辞めるのは分かる。

エリーナ姉さんと一緒にイーグリットを出てくって……何のつもりなんだ?


しかも、後始末もせずに国外逃亡かよ。

何故、文句無いでしょ? って言えるんだ?


「魔剣なんて代物を作ったのはマリーナさんが中心ですよね? 後始末くらいはして頂かないと困ります」

「言うようになったわね? ダリアちゃん? 一人じゃ戦うことも出来ない無能のくせに」

「なっ……」

「どうしたの? 事実でしょ? 所詮貴女は、王の器じゃないのよ。誰かに頼らなければ戦うことすら出来ない、弱い人間。第一王子よりは確かに優秀だけど、私から言わせればどっちもどっちよ。無能には変わりないわ」

「……」


マリーナは、ダリアに軽蔑の眼差しを向けながら憤る。


「気にすんな。これから、誰もが王と認める存在へなっていけば良いさ」

「……プライス」

「本当優しいわね、プライス。私には無理だったわ。数十年、イーグリットに仕えて、命懸けでイーグリットを救ったこともあったのに、この年になって、ダリアちゃんかジョーに仕える事になるかもしれない? いやー無理。無理だったわ。耐えられない。私にだってプライドはあるもの」


悪態をつきながら、ダリアを励ますプライスを嘲笑うマリーナ。

そして、衝撃の事実を話す。


「プライスがジョーを嫌っているから、ジョーが次の王になるって聞けば、ダリアちゃんの味方するのは分かっていたのよね。だから、ダリアちゃんにはラウンドフォレストの農園で死んで貰うつもりだったんだけどね? 失敗だったわ」


マリーナの言葉に耳を疑った。

ダリアにラウンドフォレストの農園で死んで貰うつもりだった?

じゃあ、まさか。

まさか。


「お前が、ライオネル王国との内通者だったのか……!」


プライスの言葉にマリーナは笑顔を見せる。


「正確には、私とエリーナがライオネル王国との内通者よ。ダリアちゃんが邪魔だったのよねえ。ライオネル王国の山賊達にダリアちゃんを襲わせたのは私。ライオネル王国の王太子とダリアちゃんの縁談話を第一王子に持ち掛けて、ダリアちゃんをライオネル王国に嫁がせようとしたのに、嫌だって言うんだもの」

「何故、そんな事を……!」

「決まっているでしょ? 私はイーグリットを見限ったのよ。上に立つ人間が無能ならば、国は滅びる。これ、常識だから。ダリアちゃんかジョーが次の王って……滅びるでしょ? イーグリット」


プライス達は唖然としていた。

かつて国を守った英雄とも言われていたマリーナが、イーグリットを見限り、ライオネル王国との内通者になっていたということに。


「何で多くの騎士が殺されるのを止めなかった? って? 止める訳無いじゃない! だって、勝手にイーグリットの戦力を削ってくれるのよ? 私にとっては、止める理由が無いでしょ? それなのにバカよねアンタ。それに気付かず必死に私を説得しようとしたり、私を責めたりしていたんだから」

「じゃあ……魔剣を作って何か実験をしようとしていたってのも……」

「そうよ? ライオネル王国の王家から相談されていたの。マリンズの勇者を魔剣で殺した貴女の力をお借りしたいってね? 最近、マリンズ王国がライオネル王国にちょくちょくちょっかい出してるみたいだから」


……成程な。

ライオネル王国は、魔法も使える人間も少ないし聖剣も無い。

マリンズ王国は、過去に勇者に他国を攻めさせて侵略しようとした過去がある。

だから、魔剣を簡単に作れるようにしただけでなく、不具合などが起きないようにイーグリットの連中で実験してたって事かよ。

どうせ殺す奴らの魔力を使って魔剣を作っても、文句なんて言われないからな。


「ダメ元で誘うけど、私達と一緒にライオネル王国の王家に仕えない? ステファニーも呼んで良いわよ?」

「行くわけねえだろ! ふざけやがって!」

「まあ、そうよね……。あーあ、ダリアちゃんが死ぬか他国に嫁いでくれれば、プライスもイーグリットから迷いなく出ていくって答えてくれたのに……面倒だわ本当。聖剣使える人間が敵勢力に二人いるって……はあ……お父さんも余計な事を……チッ」


頭を抱えながら、面倒臭そうにするマリーナ。

多くの人間を殺した事に加担した事に対する罪悪感など欠片も無かった。


「それと、勘違いしてるみたいだけど、女王が私達の言いなりになってたのは、ダリアちゃんの為だから。マリンズ王国に嫁いだユリアちゃんみたいに酷い目に合わせたくなかったからなのよ?」

「お姉様が、マリンズ王国で酷い目に?」

「そうよ? コネ作りの道具としてあんな醜悪な面の王子に嫁がされただけじゃなく、無理矢理世継ぎを作らされるなんてねえ……聞いて無かった? ユリアちゃん妊娠したのよ?」


他人事のように話すマリーナ。

そんな態度にプライスが怒らない訳が無かった。


「お前らは、ダリアにも同じことをさせると女王様を脅して自分達の言うことを聞かせていたのか!」

「そうしてたのは、私じゃなくてお父さんよ? 良かったわね? 元凶を潰すことが出来て? これからは平和なイーグリットが戻って来るんじゃない?」

「この……」

「辞めなさい、プライス。今、ここで私と戦ってもアンタが勝つことは無いわ。相討ちならあり得るけど……三人一緒にここで死ぬなんて嫌でしょ?」


怒りの余り、プライスは聖剣を抜こうとしていたが、そんなプライスをマリーナは嗜める。

マリーナは見ていたのだ。

ロイと戦う姿を。

だからこそ、ここで殺すには惜しい。

そう考えていたから、戦う意思を示さないのだろう。


「……まあ、良いわ。いつでも気が変わったらライオネル王国に来なさい。きっと、温かく迎えられるから。じゃあね、プライス。エリーナと一緒に待ってるから」

「ちょっと待て! まだ話は終わってないぞ!」

「これ以上話す事なんて無いわよ? ああ……アザレンカに聖剣を渡すのは、私は反対していたのよ? あの子、全く火属性の魔法のセンス無いんだもの。……ま、頑張ってね。あ、そうそう! 私達の仲間になるかどうかに関わらず、孫の顔は見せなさいよ!」

「おい、待て!」

「……くどいわね。私にこれ以上何かを吐かせたかったり、謝罪の言葉を言わせたいのなら、もっと強くなってライオネル王国に攻めに来なさい? ……あんまり遅いとこっちから攻撃しちゃうかもだけど? じゃあね、二人とも。瞬間移動テレポーテーション


マリーナは自分が言いたい事を全て言って、プライス達の前から、消えたのだった。


二人の空気は、マリーナが現れる前の甘いムードから一転し、重苦しいムードになっていた。

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