第46話 セリーナの最期、笑うエリーナ
我ながら、この状況で恐ろしく冷静だったと思う。
隙を突いて、魔剣を持っているセリーナの利き腕である右腕に聖火を浴びせて、右腕を灰にして魔剣を使えなくしてしまおうと考えたのは。
いや、違うか。
確かに、セリーナは強くなっていた。
最後に剣を交えた時よりも、剣の一撃一撃は威力を増し、重くなっていた。
だが、一つ一つの剣技の基本動作が大きくなっていたり、隙が多くなっている。
これでは全く意味がない。
いくら威力があっても避けられたり防がれたりするんじゃ。
皮肉なもんだよな。
親父もお袋もセリーナにもっと強くなって貰って、王国の騎士としてベッツ家の跡取りとして更に相応しい人間にでもなって欲しかったのだろう。
だからセリーナもその期待に応えようと魔剣を使う事を決めたのだろうから。
しかし結果的には、魔剣に自我を乗っ取られて、本来のセリーナの剣技を見失ってしまい、俺にこんな簡単に瞬殺されてしまったのだから。
哀れな奴だ。
本当に。
セリーナもあの二人の暴走に振り回された被害者なのかもしれないな。
「ァァァァァ!!!!! ウデガ! ウデガ!」
セリーナは利き腕を聖火で燃やされ、パニックになっているのか消そうとしているのかは分からないが、必死に燃えている自分の右腕を振り回していた。
「お前を燃やすその火はどんな事をしようがもう消えないぞ。お前が焼き尽くされて灰になるまではな」
「ァァァァァ!!!!! プライスゥゥゥゥゥ!!!!! コロシテヤルゥゥゥゥゥ!!!!!」
まだ勝てると思っているのだろうか。
セリーナは発狂しながら燃える右腕を振り上げ、辛うじて手に握られている魔剣で俺を殺そうとする。
しかし、振り上げられた右腕は魔剣ごと廊下の床へと落ちた。
もうセリーナの右腕は剣一本の重さすら耐えられなくなっていたのだろう。
右腕から下は体から離れ無残に転がっていった。
転がっても尚、燃え続けていたが。
「セリーナ、お前の負けだ。もう諦めろ」
「ウルサイ! マケテナイ! ワタシガオマエニマ……ケルワケ……ガ」
魔剣が体から離れても、魔剣に自我を乗っ取られている状態が続いていたが、力無くセリーナは床に倒れた。
しかし、すぐにセリーナは意識を取り戻した。
「……私は一体何を……? ……そうだプライスと戦って私は勝ったんだ……ああ……私の腕が……魔剣が……無い……」
「……?」
セリーナの独り言に思わず俺は困惑してしまう。
何を言っているんだセリーナは。
「……そうだ、私がプライスに負けるはずが無い。……これで母上や父上に喜んで貰える。……きっとベッツ家の跡取りとして更に期待して貰えるだろう。……利き腕は斬られてしまったようだが魔剣があれば私は……私は……」
もう起き上がる力も残っていないのだろうか。
廊下の床を這いながら魔剣を探す。
いくら憎んでいたとはいえ、姉だ。
こんな無様な姿は、正直見たくなかった。
ましてや、一度も勝ったことが無かった人間のこんな哀れな最期を見るなんてな。
「……魔剣は……魔剣は……何処だ? ……魔剣さえ……魔剣さえあれば……何故だ……? 目の前が真っ暗で何も見えん……夜だからか……?」
魔剣を探し求め、廊下を這い続けるセリーナ。
しかし、全く魔剣の場所が分かっていないようだ。
まるで、もう失明してしまったかのように。
……そうか。
もう、何も見えてすらいないのか。
俺の事も。
聖火によって燃えている自分の腕も。
魔剣も。
「ああ! エリーナじゃないか! お前もステファニーに勝ったんだな! 私も苦戦したがプライスに勝ったぞ! 魔剣のお陰だ!」
「……」
勿論、セリーナの見ている先にエリーナ姉さんなどいない。
それどころか俺に勝ってすらいない。
魔剣に幻覚を見せられているのか?
だとしたら、これが魔剣に自我を乗っ取られてしまった人間の末路なのか。
……これ以上こんな姿で生かしておくのは、可哀想だな。
楽にしてやろう。
弟として、家族としてせめてもの情けだ。
「……じゃあな、セリーナ。あの世で正気に戻ったら、自分が殺してしまった人達に謝りに行くといい」
「……? 何故プライスの声が……? 私は勝ったはずじゃ……私は……勝っ……」
すぱん。
俺はセリーナの首を聖剣で刎ねた。
すまないな。
介錯として聖火で灰にしてやりたい所だが、まだお前はやることが残っているんだよ。
体は必要ないが、お前の顔は必要なんだ。
セリーナの胴体に手を合わせ、その後刎ねて飛んでいった首を拾い上げ抱える。
そして。
「
無残に転がったセリーナの胴体に聖火を放った。
セリーナが身に付けている王国騎士団の鎧も聖火には関係無かった。
全て燃え、灰になっていく。
俺は、セリーナの胴体が全て灰になるまで燃え続ける聖火を見続けていた。
◇
「もう大丈夫だぞ」
階段を降りて、一階で魔法障壁を張ってアザレンカを守っていたダリアに声を掛けた。
「……そう。お疲れ様、辛かったでしょう?」
ダリアは障壁を解除して、俺を慰める。
俺とセリーナがかなり大声でやり取りしていたから、ダリアにも聞こえていたのだろう。
あの、哀れなセリーナの最後も。
「すまん。まだ俺にはやる事がある。ステフを探しに行かなきゃならない。だから、アザレンカを頼むぞ」
ダリアの意思を無視し、ダリアとアザレンカをいつものように抱き寄せる。
「
そして、いつもの宿屋に戻る。
ボーンプラント領主の地獄のような家から、特に何も変わっていない宿屋の俺達の部屋に一瞬で移動した。
「悪いな、ダリア。俺はお前ら二人を失いたく無いんだ。だから、分かってくれ」
「プライ……」
「瞬間移動」
そして二人を宿屋に置いて、俺はまたあの地獄へと戻る。
「……!」
俺は、セリーナが灰と化した領主の家の二階の廊下に瞬間移動した。
そこで俺が見た物は。
聖火で燃やされた事など無かったかのように健在している黒い剣だった。
どういう事だ。
セリーナの右腕は完全に灰になったはず。
なら、右手に握られていた魔剣は灰になってなきゃおかしいはずだ。
何故、まだ存在している?
……そんな事はどうでもいい。
こんなもの、ぶっ壊さなければ。
全力でやれば、必ず壊せるはずだ。
俺が、魔剣に聖剣を振り下ろし壊そうとした時だった。
「いや~流石だね! プライス! お姉ちゃんを圧倒するなんて! こっちの聖剣使いは大して強く無くてさ~」
現れたのは笑顔のエリーナ姉さんだった。
しかも、ステフを引き摺って。
「ステフ!」
「焦らないで、プライス。ステフちゃんは死んでないから。もう戦えなくなるくらいステフちゃんを叩きのめしたから、魔剣と一応お姉ちゃんを回収しようかなーって、思って戻って来たんだけどまさかこんなに早く、プライスに殺されるなんてな~ちょっと期待外れだし、残念」
ステフが死んでいない事に安心はしたが、エリーナ姉さんが全くダメージを受けていない事に気付き、焦る。
いくら本気じゃなかったとはいえ、セリーナには互角以上の戦いをしていたステフが、こんなに圧倒されるなんて。
「まあでも、良いデータになったよ。ママも喜ぶね。計画に活かせるだろうし。私も弱いとはいえ聖剣使いと戦えて楽しかったし、何よりプライスの本気も見れたからね。さ、魔剣から離れてプライス。ほら、ステフちゃん返してあげるから」
そう言ってエリーナ姉さんは、ステフを俺の方へ放り投げた。
ステフは廊下を転がって俺の所へ来る。
……何だこれは、辛うじて生きてはいるけど放っておけばステフが死んでしまう。
「聖剣よ、俺に力を与えろ! 聖なる火を以て俺の大切な人を救え!
「おっ、出た。新しい聖剣の力。凄いよね、どうやってるのそれ?」
興味深そうにエリーナ姉さんは聞いてくるが、構っている余裕はない。
ステフを救わなくては。
そして時間にして一分足らずで、ステフを包んでいた聖火は消える。
「……う……あ……ご……ごめ……ごめん、プ……プラ……プライス……」
俺はすぐに気付いた。
ステフがアザレンカと同じように魔力切れを起こしている事に。
「瞬間移動!」
ステフを抱き寄せ、ダリアとアザレンカが待つ宿屋へ転移する。
「プライス! 貴方また勝手に……って、ステファニー!? そんな! 私の強化魔法で強化された女勇者でもエリーナには勝てないの!?」
ダリアは、俺に小言を言うつもりだったのだろうが、衰弱しているステフを見て驚く。
俺も同意見だ。
一体、エリーナ姉さんはどれだけの実力を隠し持っているんだ。
「悪いダリア! またボーンプラントへ戻る! ステフも魔力切れを起こしているから、ポーションを飲ませてやってくれ!」
「ちょっと! プライス! 一人で大丈夫なの!?」
「大丈夫かどうかじゃねえ! 取りあえずセリーナが使っていた魔剣だけでも破壊しなきゃならないんだ! 瞬間移動!」
また俺は、ボーンプラントの領主の家の二階の廊下に転移する。
しかし、魔剣とエリーナ姉さんの姿は既に無かった。
あったのは、俺が後である目的で使うために廊下に置いていた、セリーナの首だけだった。
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