第39話 後編 大賢者マリーナの真の計画

「あ、そうだ。ママの計画を話す前にお爺ちゃんに問題です!」


エリーナは突然、バリーへ問題を出そうとする。


バリーは、内心では憤っていたし、大量の騎士や魔法使いが殺された理由をこれから話すのに、悠長に問題です! などと言う孫娘を咎めるべきなのかもしれない。


だが、無駄なのだ。

悪気が全く無いのだから。

いくら、忠告してもエリーナは自分の言うことを聞かないだろう。

それに、エリーナも大人と言って良い年齢だ。


この年齢にもなって、常識が欠落している人間に何を言っても意味がない。


そう考え、咎める事をバリーは放棄し、素直に聞き役に回り、問題とやらに不本意ながら参加する。


「問題? 一体なんじゃ?」

「イーグリット王国の隣国は三つあるけど、その中で一番聖剣を持っているのはマリンズ王国。一体何本聖剣を持っていると思う?」


エリーナの問題に、少しバリーは考えた。

そして、かつて自分が騎士王だった頃を思い出していた。


……懐かしいのう。

ワシが騎士王じゃった頃も、マリンズ王国が持っとる聖剣の数は良く問題になっとった。

数十年前で確か、四本だったかの。

マリンズ王国が持っとる聖剣の数は。

まさか、あれから増えとるというのか。


いや、よう考えれば今まで行けんかった場所に行けるようになったことで見つかった聖剣もあるんじゃろうな。


「五本くらいか?」


バリーは、技術の進歩なども考えた上で、エリーナの問題に答える。

しかし、エリーナは首を振りながら答えを言う。


「答えはね、九本だよ。ステフちゃんがイーグリット王国に来たから、今は八本だけど」

「九本!?」


エリーナの答えに驚くバリー。

それもそのはずだろう。

かつて自分が現役だった頃から、隣国が二倍以上に聖剣保有数を増やしているのだから。


「うんうん。やっぱり驚いちゃうよね? お爺ちゃん」

「……驚くに決まってるじゃろう。マリンズ王国はイーグリット王国の五倍近くも聖剣を持っていることになるんじゃぞ?」

「しかも、イーグリットのもう一本の聖剣は見つかってないからね。あって無いような物だよ」

「コネを作ろうとして正解じゃったな。戦力に差がありすぎる」


エリーナの話を聞いたバリーは、プライスをステファニーと結婚させようとしたのは、正解だったと思うと同時に、ミューレン家の没落くらいで、婚約を破棄させたのを悔やんだ。


現に、ステファニーは全く自分達の言うことを聞かない上に、プライスには敵と認定されている状況。


イーグリットは聖剣が三本あるとはいえ、実質国の戦力として使えるのは皆無だというのだから、王家も頭を抱えたくなるだろう。


プライスとステファニーに対して、酷い事をしてきた自分達や王都の人間達が悪いと言われれば、何も言えないが。


バリーは肩を落とし、自分達の行いを悔やんだ。


「まあまあお爺ちゃん。そう悲しそうな顔しないで、ちゃんと私達は第一王女をマリンズ王国へ嫁がせたでしょ? そして更にそこでママの計画が重要になってくるんだよ」


エリーナは、今イーグリット王国が危機的と言って良い状態なのにも関わらず、あっけらかんとしていた。


確かに第一王女をマリンズ王国に嫁がせたのは、今となっては最善策だった。

しかし、だからといってそれが一生続くわけではない。


そんな事をバリーは考えつつ、マリーナ達が何を企んでいるのか不安になる。


「聖剣に対抗出来るのは、何だと思う? 聖剣以外で?」

「何を言っとる。聖剣に対抗出来るのは聖剣だけじゃろう? ……いや、魔剣もあるが」


歯切れが悪そうに答えるバリー。

まさか、と思っているのだろう。

しかし、そんなことはお構いなしにエリーナは嬉しそうに答える。


「そう! 魔剣だよね! イーグリット王国でも使った人いるよね! それはママだよね!」


魔剣。


聖剣と同じ程度威力を持つ剣だが、少々性能などが違う。

聖剣は勇者のみ扱える剣だが、魔剣は誰でもその気になれば扱えるのだ。

問題は、魔力をかなり消耗するので、魔力が少ない人間が使えばすぐ死に至ってしまうことと、 魔剣に自我を乗っ取られ、使用した者が暴走する危険があるということ。


その為、魔剣はいざという時にしか使用されない。

最後に魔剣が使用されたのは、とある聖剣を持ってない国が隣国の勇者に攻め込まれて、もう少しで国が陥落……寸前で、その国の王子が命懸けで魔剣を使用し、勇者と聖剣を打ち破り死んでいったという話がある。


これが、数年前の話だ。


だが、その更に二十年ほど前にイーグリット王国も魔剣を使って、イーグリット王国に攻めてきたマリンズ王国の勇者を一人殺していた。


そう魔剣を使ってマリンズ王国の勇者を殺したのは、現在のイーグリット王国の大賢者マリーナ・ベッツだった。


「……そうじゃな。イーグリット王国が今も平和なのは、先代勇者のマルクと火の聖剣、そしてマリーナさんと魔剣のお陰じゃ。それは分かっとる。分かっとるが……」


バリーは唇を噛んだ。

かつて命懸けでマリーナがイーグリットを救った事は感謝しても感謝しきれない。

勇者が偶々不在の時を狙われ、勇者が戻って来るまで、マリンズ王国の勇者に国民が殺され、街が破壊されるのをただ見ているしかない。

そう思っていた所に、王国魔導士団の一員だった当時のマリーナが魔剣を使い、マリンズ王国の勇者を殺し、更に他国の聖剣を破壊するという偉業を成し遂げたのだ。


お陰で、マリンズ王国だけでなくライオネル王国などからも、狙われる事が無くなったのだ。

勇者のマルクの他にマリーナという魔剣使いがいる、と有名になった為。


その功績と魔剣を使っても全く体に支障をきたさない無尽蔵の魔力を買われ、どんどん出世していき、今はイーグリット最強の魔法使いの大賢者となっているが、本来マリーナは剣技もロイに匹敵するほど技術がある。


そして、そんなマリーナはロイと結婚した。

三人の子供を産みながらも、決して国に仕える魔法使いとしての仕事を疎かにせず、大賢者までにもなった。

妻としても夫のロイを支えて騎士王になるまでの人間にした。

だからこそ、国民からの信頼も厚く、憧れの存在だったマリーナ。


先代勇者のマルクと同じレベルの国の英雄とまで言われているマリーナ。


マリーナに対して、悪口を言うなど自分の妻のカトリーヌぐらいしかいない。

それも、ただの嫁イビりみたいな物だが。


そのマリーナが、部下を自分の娘に殺させるという愚行を行い、今まで積み上げてきた信頼や人望などを台無しにしてまで何をしようとしているのか。


バリーにはそれが分からなかった。

恐らくそれが、エリーナの言っているママの計画とやらなのだろう。


「ここまで言えば分かるよね? 丁度、騎士達を大量に殺す予定があったから、その騎士達の魔力を使って、魔剣を沢山作ろうって計画なの!」


エリーナの言葉にバリーは絶句するしか無かった。

マリーナ達のやろうとしている事が分かってしまったからだ。


人は魔法の才能が無くても、個人差はあるが魔力が体内にある。

もちろん、全ての体内の魔力を失えば死に至る。

コストカットによって殺す予定の騎士達から魔力を抜き、その魔力で魔剣を作ろうというのだから、絶句せざるを得ないのは当然だろう。


「ただ殺すより、有効利用だと言いたいのか?」

「しかも、魔力を全部抜いて殺した後は私達がその死体を操って戦力にするんだから、有効利用以外の言葉が無いよね」

「……」


バリーは呆れて、何も言えなかった。


「計画だと、魔剣は十五本くらい作れる予定なんだよね。これだけ魔剣があればマリンズ王国が聖剣全てで攻めてきたとしても、返り討ち余裕だね」


そんなバリーをよそにエリーナは話を続ける。

魔剣が十五本もあれば、確かに国としては安泰かもしれない。

だが、その為に多くの騎士達の命を奪う。

そんな事があって良いのか。


「もういい。分かったわい。ワシは帰るぞ。婆さんはしばらく目を覚まさんじゃろうから、好きな時に帰ってこいと伝えておくのじゃ」


バリーはこれ以上話を聞いていられなかった。

こんな話を嬉しそうに話す孫娘を見ていられなかった。

何より、殺された騎士達に申し訳がなかった。


「そっか、お爺ちゃん。帰っちゃうのか。……で、この計画をプライスに伝えるつもり?」

「……」


エリーナはバリーのやろうとしていた事を見透かしたかのように笑いながら聞く。

思わずバリーも黙ってしまう。


しかし、エリーナからとんでもない言葉が出てくる。


「プライスに、この計画の事、その為に私達がやったこと全て伝えて良いよ」

「何じゃと?」


バリーは思わず聞き返してしまう。

プライスには絶対に言うなと釘を刺されると思っていたからだ。


「甘いのよ。プライスは。だから、折角才能が有ったのに、無能の烙印を押されるような事になるの」

「プライスが甘い?」

「そうでしょう? 折角聖剣に選ばれたんだから、パパやお婆ちゃんやお姉ちゃん辺りを殺しても良いと思わない? あの三人がやってる事は最低な事よ? あ、お母さんが殺せって言ってたり殺した人達は、皆魔剣を悪用しようとしていた犯罪者だから、あくまで仕事」


エリーナは自分とマリーナは全く悪くないかのように、三人を批難する。


バリーはお前が言うなと言いたかったが、言っても無駄だと分かっているので何も言わずに黙って聞く。

そして、エリーナは続けて話す。


「ねえ、お爺ちゃん。むしろプライスに伝えてよ。本気の聖剣、本気のプライスと殺り合いたいのよ」


そう言って、エリーナは杖に魔力を込める。

すると、杖は変貌し剣と変わる。

剣に魔法を掛けて杖に見せていたのだ。


「魔……魔剣じゃと……」

「フフッ、 素敵でしょう? お姉ちゃんも持っているのよ?」


禍々しく、ドス黒い。

しかし、聖剣と同じように見るものに威圧感と絶望を与える。


「まさか、そこまで計画を進めていたとは……」

「多くの騎士達の命を奪ったのだから、杜撰な計画は許されないわ。お婆ちゃん辺りと一緒にしないで」


そう言ってエリーナは魔剣を鞘に収める。


「……そうか、分かった。プライスに伝えさせて貰おう」


そう言って、バリーはダイニングを出たのだった。

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