第23話『一人の少年の物語』

「ボクも、戦う力が欲しいです。ユーリさんのような救う力が欲しいです」


「戦う力、ねぇ……」



「ボクは、自分と同じような境遇の人たちを救いたいんです。だから……っ!」


「……。なぁ、ユエ。戦場も、戦い方も、戦う力も一つじゃないんだ」



「ですがユーリさんは、力で多くの人を救っています」


「……力だけでは、救えないものは、ある。剣を振るだけではどうにもできないことも、ある」



「ユーリさんは、なぜ、剣を握る道を、選んだんですか?」


「俺にはな、剣しかなかった。選んだんじゃねぇ、それしかなかった。それだけだ」



「…………」


「力が人を救う、確かに一面を捉えた事実だ。だけどな、それだけじゃ救えないもんだってある」



「それは……もしよければ教えて下さい」


「……ユエ、最近、王都に孤児院ができたこと、知っているか?」


「いえ……知りません、でした」



「見知らぬ誰かが、善意で私財を全額使って。亡くなった冒険者の親の子を養うための孤児院を作ったそうだ」



「……それが、戦うこと、なのですか?」


「ああ、そうだ。一人の少年の物語を話そう。少し長くなるが聞いてくれ」




 俺は一息つき、ユエの目を見て語る。 





「冒険者が死ぬことは珍しいことじゃない。

 多かれ少なかれ皆、死を覚悟している。


 だけどな、冒険者の子はそうじゃない。

 親が死ねば、突然理不尽に全てが奪われる。




 ………………。




 一人の少年の物語を語ろう。



 少年は両親の帰りを家で待っていた。

 帰ってきたらお母さんに抱きしめてもらおう。

 お父さんが好きなホットコーヒーは既に冷めている。



 数日が経った。玄関のほうで扉が開く音がした。

 少年は胸を踊らせて、玄関に駆ける。

 その少年の期待は、打ち砕かれる。



 玄関の男は見知らぬ男。

 少年は男の語る難しい言葉が理解できなかった。



 一つだけ理解できた。

 全てが奪われてしまったということを。



 地べたを這い雨露をすすり生きる日々。

 貧しく苦しい日々は、少年の心を徐々に蝕む。


 やがて、大好きな親すら憎むようになる。

 過酷な現実が、かつての親子のあたたかな記憶を奪い去る。


 冷たい王都の路地裏よりも。

 かつての優しい日々の想い出が心を傷つける。



 少年はいつの日か、人を世界を憎む。

 少年の手元には気がついたらナイフが握られていた。


 ナイフは、果物の皮を剥く小さい物だ。


 殺すためではない。ただ、威嚇するためのもの。

 だから大丈夫。少年は小声で自分に言い聞かす。



 少年は奪われる側から、奪う者になる。



 まず最初はパンを奪った。

 飢えを凌ぐために。



 しばらくして金品を奪うようになった。

 かつて奪われた物を取り返すため。



 少年のナイフは少しずつ大きな物に変わっていった。


 

 ある日のことだ、少年は命を奪った。それは、事故だった。

 だが、少年は簡単に奪う方法を理解してしまう。

 


 少年はまた命を奪った。今度は意図的な物だった。

 徐々に人が金や物に見えてくる。 



 気がつけば、奪うために、奪うようになっていた。

 もう、飢えてはいない。奪う必要などはないのに。

 少年は使い切れないほどの財を手にしていた。



 だが、奪うことをやめない。

 それ以外の生き方を知らないから。


 

 少年はかつての両親と同じ年になっていた。



 彼のもとにかつての自分と同じ境遇の子が、訪れる。

 大人になった彼は、少年に、奪うことを教える。


 そして、元少年の元に来た子もやがて……」





 深呼吸をする。




「それは、とても、とても、……悲しい物語です」


「そして、この少年の物語は、現在も起こっている王都の現実だ」



「でも……ユーリさんなら、きっと、だって、ユーリさんは優しいからっ」


「――いや、救わなかった」



「…………」


「この物語の、後日談を話そう。この元少年は物語の後、黒装束の男に殺された。奪う事を覚えてしまった人間は、もう絶対に元には戻れない。だから、殺す。大勢、殺した。多くの罪のなき民を救うために、その元少年を救わなかった。これがな、俺の現実だ」



「……そんな」



「俺の行いに、悔いはない。俺の行いを悔いるということはな、救われた命に対する侮辱だ。許されることではない。…………だけどなぁ。それでも、もし……この物語の少年が全てを奪われた時に、優しい誰かが手を差し伸べていたら……」


 ……孤児院を作った人のような。


「そんなことを、考えた。だからさ、孤児院の話を聞いた時は、……俺、すげー嬉しかった。戦い方も、戦場も、戦う力も、俺とは違う。だけど、この見知らぬ誰かと共闘しているような気分になった」



 ……戦い方も、力も。求められる戦場によって異なる。

 どれが、一番重要ということもない。皆で戦っているのだ。



「なんだって、いいんだよ。ユエには、ユエにしか使えない素晴らしいスキルがある。その力でさ、救えよ。俺が、俺たちが取りこぼした多くの人たちを」



「……はい。必ず、ボクがヤりきりますっ!」



「ユエ、改めて質問だ。戦い方は、戦場は、戦う力は、――1つだけだと思うか」



 ユエは言葉を噛み締め、考えているようだ。

 いまは、よく考えればいい。


 そもそも正解があるかどうか分からないたぐいの質問だ。

 だから、よく考えればいい。 



「これは俺からの宿題だ。酒が飲める年になったら、ユエの答え、聞かせてくれ」



「はいっ!」




 俺は、ユエの頭を撫でるのであった。

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