第22話『あの夜のアップルサンド』

「……あの日の夜のアップルサンド、うまかった。……ほのかにシナモンの香りが効いていてさ、すげーうまかった」


「料理では人は救えません」


「救えるさ」




 二人の間にわずかな沈黙が訪れる。




「ユエはきっと、多くの人間を救う。俺より、多くのな」


「ボクの力は……秘匿すべき、忌むべきスキル。知られれば、災いを招くだけです」



「忌むべきスキル……ねぇ」


「ボクの能力は不幸を招きます。知られれば、また別の人間が……」




 俺は、ある事実をユエに伝える。




「ユエの特殊固有スキルの件、ギルドに正式に受理された。ギルド公認の、バフ系職業スキルの一つの扱いになった」


「……そっ、そんな、だって、そんなっ嘘ですよっ! あのお硬いギルドが……承認してくれるなんて、だって」



 

 俺はギルドから預かっていた新職業。

 付与調理師エンチャント・クッカーのライセンスカードを渡す。

 ユエの瞳からは、涙がこぼれていた。


 まぁ、男だって泣くことはあるさ。

 俺はそれを笑わない。これは心の汗だ。




「ま、俺も元冒険者だ。多少は融通を利かせてくれるってもんだ」


「……っ……。ボクはもう、日陰で過ごす必要はないのでしょうか」



「そうだ。今後は思う存分、堂々とその力を使え!」


「……っ……はい!」




 ギルドマスターの権限を使い特例で承認させた。


 あいつも俺に対しての多少の負い目があるのかもしれない。

 俺は、それを使わせてもらった。



 特殊スキルは一般化された時点で驚異も神秘も失われる。

 ユエの能力はバフ系職業スキルの一つと登録された。



 『幽霊の正体見たり枯れ尾花』 


 

 未知のものを人は恐れる。

 だが、既知になればもう誰も恐れない。




「それが、ユエにしかできない戦いだ」


「これは……奇跡でしょうか」



「違う、これはな、奇跡なんかじゃない。必然だ。ユエのいままでの努力と苦労が、この結果を導いた。起こるべくして起きた事なんだよ」


「こんな嬉しいことがあるなんて……」


「努力して、頑張って、歯を食いしばって……それでも報われないなんてのはな。俺が認めない」




 ……努力や苦労が報われないことは、ある。

 だが、そんな寂しい諦観、将来のある人間が持つ必要はない。


 何でも現実を突きつければ良いというわけでもないだろう。

 親は子にサンタさんは居ると言う。優しい嘘だ。


 いつか成長し、その嘘の意味を理解する。

 正しい努力が報われるって信じさせるのも大人の仕事だと、思う。

 

 現実の苦さや渋さを知るのは大人になってからでも遅くない。

 まぁ、現実の苦さや渋さの中にも旨味はある。



 酒と同じだ。



 苦くて渋いだけの液体。

 いつの日にか渋さや苦さの中の旨味に気づく。

 ユエが成長して大人になったとき人生の深味がわかればいい。 


 なんでもかんでも一足飛びに成長すればいいといわけでもないだろう。

 一歩一歩経験を積み上げ、その先に気づけばいいことだ。

 

 俺は、そのための支援は惜しまないつもりだ。




「あーあ。本当はなぁ……ルナと一緒にサプライズパーティーを計画していたんだぞぉ……? あーあ、ネタばらしだ。ルナに怒られるなぁー」


「だ……大丈夫です。ちょんと、びっくりしますっ! リアクションも練習しますっ!!」



「おうっ。ルナも期待してるからな。まーじで、頼むぜ、ユエ」


「はい!」



「あとな。付与調理師エンチャント・クッカーの料理が食べれるって、ギルドで宣伝してもらうことになった。客増えるから覚悟しとけよー!」


「任せておいてくださいっ! 気合でやり抜きますっ!!」


「いい返事だ。ジャンジャンバリバリ稼ぎまくるぞっ!」


「はい。ボク、もっと、もっと、がんばります!!!!」

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