東へ
「男の人はギャップを見せたらイチコロよ。あとは、たまに隙を見せてやれば十分。頑張りなさい」
「ルピナスお姉様、やってやります。必ず仕留めてみせます。それじゃお達者で」
ルピナスさんとシャロンのやり取りを横目に、呆れて物が言えない俺とトムとミカ。
それもそのはず、シャロンの顔には化粧品が塗りたくってある。
「シャロン、早く来ないと置いて行くぞ」
今日は旅立ちの日。半年ほど過ごした地元を出たのは一昨日の事だ。
1度王都を経由して、東の国境都市、モルベット交易都市に向かうつもりなんだ。
「さっさとしなさい見習い冒険者。木級のくせに、キビキビ動きなさいよ」
ミカと正式にパーティーを組んだトムとシャロン、見聞を広める為に各地を放浪しつつ、色んな事を体験してみたいらしく、俺の話を聞いて南部に向かうつもりなんだと。
「お前達が木級とか……海鮮焼きのオバチャンが吃驚するだろうな」
俺の呟きは誰も気にしちゃいない。
「姉ちゃん先生、お土産にはちゃんとエビを貰ってくるから楽しみにしてておくれよー」
東に向かってレグダを離れる俺たち4人、ペインはヤマタノオロチがいなくなった事で先に進めるようになったダンジョンの最深部に潜ってて、見送りには来てない。
ちなみに、なんでエビを貰ってくるなんてミカが言ったかと言うと……
俺たち3人と姉さんとカルロさんが、ダンジョンで戦ってた時くらいに、妹がやってくれたから。
『茹でたら美味しいね、こんなに美味しいなら茹でるだけでも十分じゃない』
村に帰って惨状を見て唖然としてる俺に向かって妹の一言。
沼の水を火魔法で沸騰させて、ブラックライガーを沼ごと茹で上げて、村人全員が美味しそうに頬張ってた。
もちろん俺も食ったよ、確かに美味かった。
『繁殖力が強いなら生きてるのくらいいるでしょ』
『アイリーンちゃん。さすがに無理だよ、魔物ですらないただのエビだもん。たぶん卵まで全滅だろうね』
呆れてる俺の代わりにカルロさんが答えてくれた。
それもこれも、全て俺がプールなんて作って、泳ぎ方を村人が覚えられるような環境を作ったのが悪かったんだ。
沸騰した沼に入って、茹で上がったエビを捕獲して、その場で頬張る村人を見てたら「ああ、こんな村だった」と、諦めるしか出来なかった。
「トム、シャロン、ミカ、この景色を忘れるなよ」
俺の時は、ハルネルケの森から出たのが初めてだったから感傷的になったけど、トム達3人はそんな事ない。
「オイラわくわくが止まらないよ、早く海を見てみたいな、水が塩っぱいんだろ?」
ズボンから出てる尻尾をブンブン振りながら、超ご機嫌のトム。普段からもふもふしてる尻尾がブワッと膨らんで、テンションがはち切れてるっぽい。
「ねえ、獣人相手にするのに化粧はダメよ、ファンデーションの匂いで嫌がられるもん」
ミカはミカで、アライグマの獣人のトムが苦手な事をシャロンに教えてるんだけど……
「ペインお兄様だってクマの獣人よ、クマ系の獣人を射止めた経験のあるルピナスお姉様の言葉の方が信用できるわ」
そしてシャロンは聞いちゃいない。ちなみにシャロンは人間だ。
基本的には一人旅な俺の旅が、ちびっ子を連れてると本当に賑やかになったと思う。
「シャロンは各地に散らばる聖女の奇跡の跡地を巡礼するんだろ、不真面目にしてないで真面目にした方が良いと思うぞ」
ちびっ子達の目的は三者三様に違う。
トムは見聞を広めつつ各地で修行する為に、シャロンは聖女の奇跡の跡地って呼ばれる聖地になってる場所を巡礼する為に、ミカはそんな2人から戦いを学びつつ、2人に文字の読み書きと一般常識を教える為に。
俺は……
「お前達が居なきゃ走れば今日中に王都圏に入れるんだが、のんびり行くか」
俺はダズから来た手紙を見て、何か手伝える事がないかと思ってモルベットに向かう所。
茹で上がった沼に唖然としてる俺に、ダズの手紙を持って来てくれたのはハンセンで……
『モルベットを頼んだ。相手は魔物じゃ無いけど、権力を持とうとせずに、実力が足りてる奴なんて、お前くらいしかいないんだ』
そんな事を言いながら、この国の王子でもあるハンセンに頭を下げられて頼まれたら断る訳にもいかない。
『全部任せとけとは言えないけど、少しは助けになるように頑張ってくるさ』
茹で上がったエビの汁でベチョベチョになってるダズの手紙を読んだ時には「ハンセン、お前もか」って叫んでしまったよ。
ちなみに、俺が向かうモルベットって町は、元は町の中央を東西に分ける壁があって、西はメルキア王国、東はワダ帝国って国に別れてたんだけど、ダズが西モルベットの市長になってから、じわじわと東モルベットを吸収していって、今は東西の壁も無くなり、ひとつの町としてメルキア王国の町になってる。
で、そんなモルベットはワダ帝国の進行を受けて帝国と戦争中って奴なんだ。
メルキア王国側は魔物に特化している騎士団や軍隊はあっても、人と戦う為の戦力なんて殆ど無くて、そんな騎士団や軍隊を投入して帝国と本気で争う事を恐れているし……
帝国側は本気で落とす気はあるのかと聞きたくなるような、ガリガリで死にそうな奴隷達が、ろくな武器すら持たずに押し寄せて来るだけらしい。
そんな状況を打破しようと頑張ってるダズの手助けが何か出来るのかと心配だけど、遠くで心配してるくらいなら、そばで何か手伝ってやろうと思ってる。
「ライにい、早く行こうよ。ゼルヘガンで沢山果物買いたいんだよ」
「栗と芋は沢山買って行きましょ」
トムとミカはだいぶ打ち解けたと言うか、シャロンが少し可哀想……
「ベタベタしないの! はしたないわよ」
楽しそうにしてる2人を見ながら歯噛みしてるし。
「なあシャロ、頼むから化粧落としてくれよ。オイラその匂い嫌いだ。何時ものシャロの匂いの方がずっと良い香りだぞ」
鼻を歪めるトム……よく言った。叩いたら割れそうなほどにファンデーションを塗りたくってるシャロンは……
「そ……そう……」
小さく呟いて、魔法で作り出した水球に、頭ごと突っ込んで化粧を落としてた。
「さあ、モタモタしてないで行こうぜ」
そんな事を言うトムの背中に、俺が南風の2人から貰った魔法鞄が背負われてる。
旅立つには少し肌寒い秋晴れの空、モゾモゾしてる胸ポケットを見たら、袋ネズミのハム子が寝てて……
「お前……着いて来たのか……」
頬袋に何か詰め込んで、気持ちよさそうに眠ってるハム子を見ながら、なんとかしてやろうって思ってた。
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