障壁


 鍬を振って地面に溝を掘って水路を作り始めて三週間、やっとの事で水路が完成した。


 どうして水路なんて作ってるかと言うと、安請け合いしてしまった「今度教えてやるよ」の、俺の一言のせい。


「明日からレグダに行くから、帰って来てからな」


 ミカを預かって約二ヶ月、一度レグダに帰らせてみて、自分がどれくらい成長したのかを確認させないとなんだ。


「おばあちゃん家に行って、使ってないタイツ貰ってくるね。じゃ、後はよろしく」


 目の前に広がる長さ縦25m横12m、浅い所で1m、深い所で5mのプール。


 土魔法使いで罠師のトムの親父さんに頼んで土を凹まして貰ったのと、村の鬼畜魔法使いに火魔法で表面を焼き固めて貰って出来たプールなんだけど、火力が強過ぎて、まるでタイルみたいにツルツルした表面になってしまった。


 そして出来上がったプールに水を張るのは魔法で出来る人が居るけど、排水できなくて、仕方ないから排水用の水路を川まで引っ張ってたんだ。


 沼や川で教えようと思ってたんだけど、沼にはブラックライガーが住んでるし、川は流れが早いから危ない、だから仕方なく作ったプールだったけど、完成してみれば、これはこれで良かったのか? なんて疑問だ。


「ライにい、明日からダンジョンに潜るんだろ? オイラ何を持って行けば良いと思う?」


 トムはダンジョンに行くのが楽しみなようだ、前回の時は不死属性の魔物達がメインのダンジョンだったけど、今回はもう1つのダンジョン・獣や爬虫類の出るダンジョンの方に潜るつもりなんだ。


「初めての場所だろ? それなら1番得意な武器にしろよ。怪我なんてしたらつまんないぞ」


 因みに、シャロンとミカは、他のちびっ子達と一緒にプールで泳いでる。とは言っても浅い所で水浴び程度だけど。


 服を着たままだから、泳ぐのはしんどいだろうな。


「そろそろ帰るぞ、上がってこい」


 楽しみなのは、今のミカを見たペインの反応だな。


 特訓と称したトムとシャロンのしごき、全身筋肉痛になった後、即座に魔法で回復させられて、また特訓。二週間くらいで重力10倍まで対応できるようになってたし。


 ただ、そんなやり方で特訓しても、筋肉が太くならないんだよな。

細くてしなやかで瞬発力に優れる筋肉にはなるんだけど、見た目は普通の体型だから、いまいち鍛えた感がしないんだ。


「ライにい、温泉行ってから帰ろうぜ」


「ああ、そりゃ良いな。着替えは持ってるか?」


 ちびっ子全員が、大きな声で「「持ってる」」と、答えてくれたけど、全員がポシェットタイプの空間拡張の付いた魔法鞄を持ってるから、見た目には荷物を持ってるようには見えない。



 そんなちびっ子達を、罠で囲まれた温泉まで連れて行来た。

 因みに、この温泉は、ションじいちゃんが自力で掘ったらしい、地下1500mくらいから湧き出てて、湧き出る間に冷えて、浸かるのにちょうど良い温度まで冷めるそうだ。


 風呂好きだったもんなあと、少し懐かしい。


 もちろん男湯と女湯は別れてるし、俺はトムと7歳の男の子と3人で入ったよ。





 そして次の日のレグダで……


「はははっ……やっぱりこうなったか……」


 ドン引きして乾いた笑いをこぼすペイン。


 それもそのはず、迷宮討伐隊の正規隊員とミカの模擬戦を見てるんだけど、百戦錬磨のはずの隊員がミカに押されて負けそうになってるから。


「出会った頃のお前は魔法が使えなかったんだよな? 使えてた頃はあんな感じだったのか?」


 俺が魔法を使えてた頃か……


「俺は身体強化にとんがってたからな、アイツらよりずっと体術は強かったと思うぞ」


 俺が子供の頃は、何かにとんがって鍛えるのが主流だったんだ。んで俺は身体強化と体術を鍛えまくってた。


「三回生の時に二週間くらい休んだ事があったろ? あの時に村のちびっ子達にダスやイズさんの話をしたら、色々出来るのが流行っちゃってな」


 姉さんの結婚式の時に帰省した時だな。

たしかトムやシャロンも聞いてたような気がする。


「お前は祓魔師になって、魔法が使えなくなったせいで弱くなっちまったのか?」


 ん……そんなことは無いと思う。


「今のトムくらいなら余裕だぞ。疲れるし筋肉痛になるから、あんまりやりたくないけど」


「マジか……はははっ……」


 俺とペインの会話を横で聞いてたトム……


「なあライにい、一度オイラと勝負してくれよ」


「ん、いっちょやるか」


 ミカの模擬剣が隊員さんの膝裏を薙いで決着がついた、ミカの勝利だな。


「アイリーンおばちゃんがいつも「お兄ちゃんには叶わない」なんて言ってたから、どんだけ強いのか楽しみだぜ」


 傍若無人っぷりは負けるけどな。

 しかしトム、アイリーンにおばちゃんとか言ったら怒るぞたぶん。



 もちろん俺は魔導書を使うよ。負けたらかっこ悪いし、トムも魔法を使うんだからフェアだろ。


 モスキートンのページを開いてホルスターにセット、これで無詠唱で連射出来るし。


「んじゃライにい、よろしくな」

「ああ、お手柔らかに」


 迷宮討伐隊の訓練場で、お互いに端に立って、始めの合図。こんだけ距離が離れてたら、どうとでも料理出来る気がする。


 トムが持ってるのは長巻きって名前の武器、切ってよし、突いてよし、薙いでよし、殴ってよしの万能な武器。


 俺が構えてるのはエストック、突き主体の武器。


 開始の合図直後にトムの背後に30以上の魔法陣が展開された、様々な属性の様々な強さの魔法陣だな。

 

 俺はのんびり気負わずにトムに近づいて行く。


「ふんっ」なんて呼吸と共に一気に俺に向かって飛び掛って来るトムだけど、カユカユ魔法を発動しつつ、反対側に抜けるように大きく踏み込めば……


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 なんて叫びながら、展開した沢山の魔法陣が消滅しつつ、トムが地面に這いつくばってのたうち回ってる。


「隙ありっ!」すごく軽めにトムの尻をエストックで突いてやった。


「はははっ……なんだよそりゃ……」


「久しぶりにやるか? 魔導書も使うしさ」


 学生時代、ゼルマ先生に魔導書を使う事を禁止されてた。まあバイトの時は普通に使ってたけど、同級生に使った事は1度も無かった。


「ちっ、魔導書有りだと勝てる気がしねえ、何が起きてんのか全く分かんねえし」


「んじゃ無しでもかまわんよ」


 結局、懐かしい相手との模擬戦は魔導書無し。


「兄ちゃん先生頑張れ!」「ペイン兄ちゃん、ライにいなんかボコボコにしてやれ」


 ペインを応援するミカとトム、掻きむしって全身赤くなってるトムに怨まれるのは仕方ないかな。


「レイラお姉ちゃんやアイリーンおばちゃんでも勝てない人に普通のオジサンか勝てるわけないでしょ」


 ペインがおじさん扱いか、シャロンの奴は口が悪いな……


 ペインの得意な戦い方は良く覚えてる。デカい体を使って相手をジリジリ追い詰めて、細かくチクチク攻撃しつつ、隙を見つけたら大きな声を上げて萎縮させてから強烈な一撃を打ち込んで来る。


 まあ、ペインだって成長してないわけじゃ無いだろうし、そうなるとは決まってないんだけどさ。


「げっ! 障壁魔法とか!」


「はははっ! 予想外だったか?」


 ペインの周りに見えない壁がある。エストックで小さく突いて気付いた。


「ルピナス直伝の障壁だからな、簡単には負けないぜ」


 ペインの使う斧槍を避けつつ、障壁を壊す為にエストックに力を込めて、突いて突いて突きまくる。


「そんなの卑怯だろ! 何枚展開してんだよ」


 壊れる端から障壁が補充されて、ペインの護りはほぼ完璧に近い。


「卑怯でもなんでも、勝てば良いのさ、勝てば」


 それならこっちにも手がある。少し距離を離す為に後ろに飛ぶ、そしてペインから見えないように魔法鞄の中から小さな紙包みを1つ取り出す。


 ペインはフルプレートメイルを着てるから、俊敏には動けないし、時間には余裕がある。


「逃げるのか?」「違うさ、準備してるのさ」


 空いてる左手に紙包みの中身を握りしめて、もう一度ペインに近づいて行く。


「どりゃ!」なんて掛け声と共に、ペインが大きく踏み込んでくる。そのタイミングで掌の中をペインの顔に向かって投げ付けた。


「ひぃ! 痛い! なんだよコレ」


 障壁魔法ってのは、攻撃と判断したものだけを通さない。だから目潰しの為に投げつけた、ルーファスから貰った唐辛子粉は障壁をすり抜けて綺麗にペインの顔に直撃したんだ。


 何故か食べ物を投げ付けると、たとえ目潰しでも通り抜けてしまうのは障壁魔法の欠点だったりする。


「隙ありっ!」トムに食らわしたカンチョーより少し強くして、目を抑えてもがくペインのフルプレートメイルのケツの部分に穴を開けつつ、強めに一撃入れといた。




 ダンジョンに潜る前に昼食を護民官の屋敷で貰える事になった。


「そう言えば食べ物は受け取れたわね。懐かしいわ、あの時の焼き鳥」


 障壁魔法は食べ物ならすり抜ける、そんなことに気付いたのは、学生時代の現地実習の時。

 ルピナスさんに焼き鳥の串を投げて渡した時なんだ。


「まだケツが痛え気がする。てか俺の鎧に穴が空いてっし……」


「ライにいってさ、いつもトドメはカンチョーだよな。なんか意味でもあんのか?」

 

 ブツブツ言ってるペインと質問してくるトムに挟まれて飯食ってんだけど、トムの質問を真剣に考えてみた。


「昔な、俺が村に住んでた頃、いつも練習に付き合ってくれてたじいちゃんがな、毎回強烈なカンチョーでトドメをさして来てたんだよ。だからかな、カンチョーされるような体勢って事は、どうとでもされる体勢って事だろ?」


 アイリーンは3つ下、姉さんは15歳上、同世代の子供なんて村にはいなかった、アイリーンの下だと6歳下だったから、いつも遊んでたのはションじいちゃんとなんだ。


『腰の曲がった爺さんに負けて悔しいか? 悔しいだろ? ガハハっ』なんて馬鹿にされてたけど懐かしいな。


 父さんや母さんには森の事を、ションじいちゃんには戦い方や体の動かし方や……


「くだらない事が大好きなじいちゃんでさ、教えて貰った事は役に立たない事の方が多いけど、はっちゃけたじいちゃんだったよ、あの人は」


「ふ〜ん」


 俺とトムの会話を聞いて、なんか言いたそうにしてるペインだったけど、昼からはダンジョンに潜るからさっさと飯食って準備しないとなわけで……


「とりあえず、さっさと食って、保存食買いに行くぞ」


 ペインに向かって話しかけたら。


「だな。どっちが早く食えるか競走しようぜ!」


 そんな言葉を返された。


 もちろん早食いでも負ける気は無いよ。

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