冒険者コース


 朝起きて体に石鹸の匂いが付いてるのが気になった。

 魔法鞄の中から村で使ってるのと同じ、匂いのしない石鹸を取り出して、昨日教えて貰った洗面台で顔を洗って歯を磨いた。


 服を着替えて寮の玄関に向かったら、途中で昨日言われた上と下に真っ直ぐになったらってのが、まだ真っ直ぐになってない。


 ボーウェン先生と食堂で夕飯を食べた時に、保存食用に補充しておいた食べ物を魔法鞄から取り出して食べる。

 食堂で貰ったパンと干しぶどうは美味しかった。


「待たせてしまったようじゃのぅ」


 まだ少し離れてたけど呟く様な声が聞こえた。

 寮の中からはいびきしか聞こえない、朝の静けさのおかげだろう。


「おはようございますボーウェン先生」

「おはようライル」


 ボーウェン先生は昨日と比べると少し疲れてそうだったから……


「コレを、滋養の薬です」


 魔法鞄から取り出したのは手製の滋養薬。


 村の大人達がお酒を飲む時や疲れた時に食べてたウコンって草の根を乾燥させて粉末にした物。

 黄色くて変な匂いがするけど、疲れた時に飲むと少し元気になる。


「おお、すまんのう気を使わせて。で、コレはなんじゃ?」


「ウコンです。飲むと少し元気になりますよ。不味いですけど」


 小さな紙に包んである黄色い粉を、魔法で作り出した水と一緒に飲み込むボーウェン先生。


「オオビコ草の根か。どうせなら二日酔いの時に飲みたかったのぅ」


 そんな事を言いながらニカッと笑ったら歯が黄色になってて吹き出しそうになった。




「2次専攻は冒険者コースでええんじゃな。3次専攻は無し……」


 色んな科目があって、選択出来る授業は冒険者コースだけを受ける事にした。


「まずは文字の一覧表じゃ。これを見ながら1文字ずつ読んで見ようかの」


 くねくねした文字が沢山書いてある表を貰った。

先生が順番に読んでくれるから、それについて一緒に1つずつ読んでいく。


「むう……先程の薬は良く効くのう。少し体が楽になったようじゃ」


 僕が一覧表を見ながら1つずつ覚えようと一生懸命な時に、ポソッと呟いたボーウェン先生。


「そうじゃのう、まずは“オオビコそう”と一覧表から探してみようかのぅ」


 そう言われて一覧表の中から文字を1つ1つ読みながらオオビコ草って探してみた。


「それでは、“オオバコせう”になっとるのう。もう一度ゆっくり探してごらん」


 間違った文字を正しい文字に入れ替えて、正解だったら次の言葉を一言ずつ、丁寧に教えて貰った。


 書き取りの時間は羽根ペンの持ち方からだった。

 箸を持つように羽根ペンを持ったら書きにくくて、羽根ペンの握り方から教えて貰った。


「購買部にはインクを付けなくても書けるペンも売ってあるが、今は羽根ペンで書く練習が先じゃ。大事な書類には羽根ペンとインクを使って書くのが正しい書き方じゃからのう」


 午前中ずっと椅子に座って読み書きの練習をしてたら……


「ええと……それは…………こうでしょうか?」


 自分の名前が書けるようになった。


「少し間違えておるのう。そのままではライル・ボインじゃよ」


 一覧表と見比べて、もう一度書き直す。


「よろしい。それが君の名じゃ。何度も書いて何度も読んで覚えてくれたらええからのう」


 一覧表を見る度に、教室の色んな場所に書いてある物が、少しずつだけど読めるのが楽しくて夢中になった。

 そして、楽しい時間はあっという間にすぎてお昼に。


「昼食はマナーの授業じゃ。ワシは食べ方なんかどうでも良いと思うのじゃが、汚い食べ方よりは綺麗に食べた方が同席する他人に不快感を与えんで済むから、しっかり覚えなさい」


 先生が食べる所を見てたら、1つ1つの動作が早くて綺麗で、テーブルにパンクズ1つ落とさない。

 あんな風に早くても綺麗に食べらたら良いなって思えた。



 昼からは選択授業を受ける。ボーウェン先生に案内されて1つ下の階にある教室に来た。


 一覧表と見比べながら扉に書いてある文字を読んだら、冒険者コース特別講習室って書いてあるのが読めるようになってた。


 教室に入ると男女入り交じって30人くらいが席に付いてて、空いてる席に僕も座った。


 ボーウェン先生は魔法鞄から少し大きな椅子を取り出して、1番後ろにイスを置いて、皆が見える位置に座ってる。



 教室内はワイワイガヤガヤしてるけど、扉が開いたら皆が一斉に静かになって、細身で背が高く、歩き方が今すぐにでも剣を抜いて襲いかかれそうな感じの男の人が1番前に立って僕らに向かって最初に言ったのは。


「挨拶は?」


 低くくもぐった声で、ただそれだけだった。


 ボーウェン先生が合図をしてくれるまで、ただ黙って教室内を見てる男の人。


「ゼルマ講師、遊びが過ぎるぞ。まだクラス委員すら決まっておらん。どれ、起立」


 遊びで殺気を投げ掛けて来るとか……


 緊張で手の平が汗でべっとりしてる。


 ゼルマ先生が冒険者コースの説明をしてくれた。


 冒険者ギルドに仮登録して、冒険者と同じ様に様々な仕事を受けつつ、実習を主体に授業は進んで行くらしい。


「疑問に思うのですが、なぜ特別学級の人間がここに居るのでしょうか?」


「聞きたい事はあるか?」と言ったゼルマ先生に、教室の真ん中くらいに座ってた奴が質問してた。


 特別学級って僕しか居ないわけで、そんな僕はここに居たらダメなんだろうか?


「質問を質問で返すのは良い事じゃ無いから真似はするなよ。その質問の答えは自分で考えてみろ。ヒントは……」


 そう言って少し考える素振りをしたゼルマ先生。


「今ここにドラゴンが襲いかかって来たとして、通常クラスの人間と特別学級の人間をより分けて食べると思うか?」


 村の大人達がたまに来るキラキラした服を着た人達に向けるような、少し不機嫌な顔になったゼルマ先生。


「いえ、思いません」そう答えた奴に向かって……


「金を持ってる、親が偉い、綺麗な服を着ている、それが何になる? 冒険者として町の外に出て仕事をする時に、金を持っていたら薬草の1つでも見つかるか?」


 お金は……出来れば持ち歩きたく無いな、重いから邪魔だし。


「親が偉くて使用人を沢山使ってたら、魔物が素材を租税の様に差し出してくれるか?」


 魔物は弱い奴から狙って来るな……親が偉かったらどうなんだろ?


「綺麗な服を着ていたら、森の中で迷子にもならず、怪我もせずに一日を終えられるか?」


 頑丈な服なら大丈夫だと思う。今着てる様な服だと目立つから真っ先に狙われそう。


「良いかお前ら、冒険者として生きて行くなら身分は捨てろ、誰が王様と叫んで魔物が待ってくれる、そんな訳ないだろ。冒険者コースは座学は週に1度だけ、あとは全て現地実習だ、魔物と正面から向かい合って戦う時もある、そんな時に命を預けるのが今周りに居る奴らだと思え」


 預けたく無いな……と言うか、一緒に行動したら逃げるのも大変そう。


「それが出来ない奴は冒険者コースには要らん。違う選択授業を受けるように」


 先生が最後に言った言葉と同時に、殆どの人が教室から出て行った。


 それを座ったまま眺めてたら、後ろの方から……


「全く、何の為に入学してきたんじゃ……」なんてボーウェン先生の呟きが聞こえて来た。




 教室に残ったのはゼルマ先生とボーウェン先生を入れて10人。


 窓側から順に1人ずつ自己紹介をする事になった。


「レグタ城塞都市出身のペインだ、家名は無い。ここで学んだ技術を地元に持ち帰り、軍隊に入って少しでも魔物の被害を減らしたい」


 全員同い年らしいけど、ソイツは皆の中で1番体格が良くて大人に見えた。


「ユング・ランデンベルグです。ランデンベル領都から来ました。対魔騎士団入りして、いずれ地元に帰りたいです」


 ハキハキと話す杖を持った奴。対魔騎士団ってなんだろ?


「ルピナス・フェイリーです。レグタ城塞都市の護民官を目指してます。ここで得た知識を使って街の安全に役立てたいです」


 今度は女の子、目力が凄くて怒ってるように見える。


「東モルベット出身のダズ・エルモです。東西モルベット統合冒険者ギルドの指導教官になるために様々な技術を学びに来ました。皆さんよろしくお願いします」


 この人はドワーフかな。僕より一回り背が低くて、横に2倍くらいあるし、髭が凄い。


「東モルベット出身のイズ・エルモです。ダズとは兄妹です。兄と同じく冒険者ギルドの職員になる為に技術を学びに来ました。よろしくお願いします」


 髭が凄いから男のドワーフかと思ったら女の子だった……


「ルーファス・サイです。ランデンベル領都出身で召喚術師を目指してます。いずれ対魔騎士団入りして地元に帰ります」


 召喚術師って、村に1人居たけど、何時も変な物ばっかり召喚してたな……


 柄の折れた箒とか、ギザギザの鍋の蓋とか……


「ケルビム・ヤリス。ルーファスやユングとは幼馴染です。何があっても魔物の攻撃を後ろに通さない盾兵になりたいです。そのために魔物との戦い方を覚えたくてここに来ました」


 それは、大型の魔物だと出来なさそうだよな……

家より大きい魔物なんてうじゃうじゃ居るんだし。


 そんな事を考えてたら僕の番。


「ライル・ラインです、リンゲルグから来ました。一人前の祓魔師になって、知らない世界を自分の目で見て回りたいです」


 村を出た1番の理由がコレ。その次は魔導書を完成させたいってくらい。


 最後にゼルマ先生が自己紹介してくれた。


「俺はゼルマだ。ゼルマ先生でもゼルマさんでも好きに呼べば良い。冒険者ギルドから特別講師として、お前らに魔物の領域で生き残る為の技術を伝えに来た」


 そう言って残った僕達を一人一人確認してる。


「嫌いな事は、逃げない事だ。覚えておけ」


 村の大人達と同じ様な事を言う。


 逃げないのは馬鹿だ、逃げて皆が助かるなら逃げるのが1番良い作戦だって。


「とは言っても、仲間を見捨てて逃げる奴が居たら、俺が後ろから斬り殺してやるからな、これも覚えておけ」


 それは……僕に……僕に出来るかな……





「今年の新入生はお主の目から見てどうじゃった?」


 何故か今年は冒険者ギルドに出した依頼を受けてくれたのが金級冒険者で、その金級冒険者は初っ端から子供達に向かって殺気を振り撒いておった。

 

「勇者の秘蔵っ子とドワーフ兄妹だけは殺気に反応して身構えてましたね、他の5人はまだまだでしょうか」


 勇者の……


「秘蔵っ子とは、特別学級の生徒の事か?」


 確かリンゲルグは勇者様の終の棲家じゃったのう……


「ええ、兄や義姉がどんな教育をして来たのか楽しみです」


 部屋に帰って冒険者ギルドから渡された資料に目を通した、それによると……


 ゼルマ・ライン クォーターエルフ リンゲルグ出身と書いてあり……

 対人戦闘に特化した金級冒険者と注釈が添えてあった。


 

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