朝の仕事


 数日の間、カルラと2人で北の森を散策しつつ、地形や生態系の調査を終わらせて、事細かく知り得た事を書いた地図を冒険者ギルドに買い取って貰った。


 この数日間に何回かあった魔物や肉食獣との戦いは、錬金術師兼付与術師の実力をまざまざと見せつけられるものだったりした。


「誘魔草ってそんな使い方があったんだな」


 少し大き目、胴の太さが20cmくらいのウッドスネークにカルラが巻き付かれた事があったんだけど、腰に付けてた試験管を投げたら、カルラに巻き付いて飲み込もうとしてたウッドスネークが、解けて試験管を追い掛けたんだ。


「誘魔草と幻惑草の成分を抽出して、特殊な配合をしないとだけどね。誘魔草の成分を抽出する時に特殊な付与術が必要だから、普通の錬金術師には作れないんだよ」


 割れた試験管から中身が蒸発してたんだけど、その蒸気に当たったウッドスネークは気絶してひっくり返ってしまった。


「この状態ならボクでも討伐出来るし」


 あとは簡単、首の付け根よりやや胴体側にある心臓を、尖った棒で一刺し。俺の背負ってる魔法鞄の中に入れたら、これだけで金貨12枚。


「巻き付かれる前に討伐しような」


 先に見付けて有利な状態で戦わないと、怪我したら数日休まないとな訳で、休めば収入なんて無くなるなる訳で……


「うん、それはゴメン」


「そこウッドスネークが擬態してるから触るなよ」なんて教えたのに「これが擬態? 嘘でしょ?」なんて言って指で突っついたカルラ。触った瞬間解けた擬態と巻き付いてくるウッドスネークにビビって、そこそこ大きな声で叫んでた。


「普段からあれくらい大きな声で話せたら、工房辞める必要もなかったんじゃないか?」


 それを言ったらシュンとしてた。


「皆がライルやハンスみたいに耳が良ければ良いのに」


「そりゃ無茶だろ、俺やハンセンが少数派なんだからさ」


 エルフの血が混じってる奴なんて、都会にはほんとごく僅か。俺が王都で会ったエルフの関係者は1人もいない。

 殆ど森から出て来る事なんか無いしだし。


 ハンセンも特殊。あいつの探査魔法は王国の中でも超稀少な部類に入る。まあ、アイツの生まれが関係してるから仕方ない節はある。





 日帰り出来そうな範囲で北の森のマップが完成したのもあって、3日くらい休もうかとカルラに相談したんだけど。


「ボクが休むとたくさんの人に迷惑が掛かるから」なんて言って、朝の仕事は続けるみたい。


 カルラが町の中でやってる仕事がどんなものか知りたくて、俺も朝早くからカルラに着いて行く事にした。


「見てても面白い物じゃ無いと思うよ」


 そんな事を言うけど、石造りの大きな建物の中に、百人以上の包丁を持ったオバチャン達が並んでて、運び込まれた魚を開いて、次から次へと氷水に投げ込んで行く様は圧巻で……


「凄いな。1匹30秒くらいで処理が終わるのか」


「それくらいでやらないと、後の水槽に溜まって行く一方だからね」


 漁師さん達が査定して貰った魚を水槽に投げ込んで行く。

 冒険者だってその中には居て、魚用とは別に用意された水槽に魔物に分類される魚や貝を投げ込んでた。


「おお、エビ食いの。なんだお前さん、陸の仕事をするんじゃなかったんかい?」


 ヤバい、エビ獲りジョンさんが担いでるエビ……


 体調4mくらいで、デカいハサミが2つ。なんて名前のエビか分からないけど、あれ1匹食べられたら幸せそうだなと思う。足なんて俺の腕くらいの太さだ。


「パーティーメンバーの仕事の見学してるんですよ。でも……凄いですねそのエビ」


 カルラの方を見ながら答えたら……


「おお。ワシらのアイドル、ひよこの嬢ちゃんがパーティー組んだなんて聞いたが、エビ食いとか。お前さん、嬢ちゃんに怪我なんてさせたらシバキあげたるけぇの。しっかり護衛してつかあさいやぁ」


 まあ確かに、可愛いというかマスコットキャラと言うか……カルラってアイドル扱いなんだな。


「カルラだって立派に冒険者ですよ。十分戦えるんですから。1人前に扱ってあげないと可哀想です」


 カルラは水槽に付与してある魔法の点検中、だから俺とエビ獲りジョンさんの会話は聞こえてない。


「んぁ? ほがな事当たり前じゃろう。嬢ちゃんが居なけりゃワシらの獲って来た獲物は腐らせるだけじゃけぇ、ワシら冒険者も普通の漁師も皆が嬢ちゃんを1人前と認めとるでェ。認めとらん奴なんておるんかいな?」


 そんな会話の後、デカいエビを魔物専用水槽に投げ込んでたエビ獲りジョンさんから、折れた脚を1本お裾分けして貰った。「茹でてかぶりつけ」だそうだ。


「ライル、どうしたのそのエビの脚」


「知り合いから貰った。茹でてかぶりつけだってさ」


 カルラが時間停止の付いた魔法鞄に入れてくれた。鮮度が落ちると味が落ちるからってさ。



 そんな感じでぐるっと漁港近くの関係してる建物全部を回って水産加工ギルドに到着。


 カルラが出した書類には、そろそろ替え時な付与術や、新たに設置した方が良いだろう施設なんかが事細かく書いてあった。


「コールマン女史。今日もお疲れ様です」


「お疲れ様です。2番加工場の氷室から優先的に修理して回った方が良いかもですね」


 驚いたのは、ギルドでカルラの対応をしてたのが、エルフの女性だった事。生粋じゃ無いんだろう茶色の髪だったけど、長い耳や緑の瞳はエルフまんま。


「所長には最優先にしろと伝えておきます。本日もご苦労さまでした」


 そう言われてカルラが受け取った小さな布の袋。


「えへへ、コレでやっとアーリマンのエラが買える」


 中は大金貨1枚分の大銀貨なんだってさ……

 毎日受け取れるらしい……けっ! 高給取りめ!


「ボクは毎日付与術の勉強が出来るし、水産加工ギルドは今まで保存食に加工しなきゃだった物を、新鮮な状態で各地に輸送出来るようになって、売り上げが爆増中なんだよ」


 負けてらんねえ。いつか魔導書を完成させて1発当ててやるからな。そんな事を考えてた。




 カルラの仕事の見学も終わって、宿に帰る前に水棲魔物素材を取り扱ってる問屋ってのに立ち寄った。


「そんなのが白金貨10枚もするのか?」


 カルラが購入したのはアーリマンの乾燥させたエラ。なんでも水中で呼吸する為の道具に付与する魔法の触媒になるそうだ。


「これ一つあれば水の中で呼吸が出来る魔道具100個分の付与術の触媒に出来るんだよ。潜って貝を獲る人達に大人気な魔道具なんだからね」


 ニコニコしながら紙袋に入れられたアーリマンのエラに頬ずりするカルラだけど……アーリマンって……見た目がめちゃくちゃ気持ち悪かった気がする。




「ライル。どうだ、サウスポートを満喫してるか?」


 店を出たらクルトさんに出会った。

 ピッチリした薄いタイツを全身に着込んで、腰に付けた魔法鞄も防水仕様になってるやつで、どうやらひと仕事終わらせて来たみたい。


「ええ。陸の仕事がそろそろ軌道に乗りそうです。」


 カルラはびっくりしてんな、俺がサウスポートで1番ランクの高い冒険者のクルトさんと知り合いな事なんて知らなかったんだろうな。


「あれ? ああ……海馬んとこの嬢ちゃんか。確かライルと同級生だったよな……」


 何やらクルトさんの目付きが怪しくなって来た。


「在学中からたまにパーティーを組んでたんですよ。今は正式にパーティー組んで活動中です」


 違うからな。俺は小さい子が好きな訳じゃ無いから!


 ニヤニヤしてるクルトさんだけど、気が利くと言えば良いのか、察しが良いと言えば良いのか、たぶんカルラが言われて嬉しい事だったんだろうな。


「嬢ちゃん、いつも助かってる。次の新作魔道具はいつ出来る? 新しいのが出来たら、いの一番に教えてくれよ。嬢ちゃんの作る魔道具は使う人間の事を考えて作ってあるからすぐに売り切れるんだよ」


 子供扱いされるのが嫌なのか、それともひよこと呼ばれるのが嫌なのか、そんな所を気にしてるカルラだけど、数年前に国内の安全に最も貢献した冒険者として表彰されたクルトさんに褒められたら、とんでもなく嬉しかったようで、嬢ちゃんと呼ばれてもニコニコしてる。


「ライル、1度お前だけで俺達と一緒に漁に出られないか? 海の仕事は慣れてなきゃ無理だ。嬢ちゃんの足を引っ張るような事をすりゃサウスポート中の冒険者や漁師を敵に回すぞ」


 クルトさんに小声で言われたから、声に出さないように首を縦に振って答えといた。




 宿に帰ったら朝飯が用意してあった。顔をパンパンに腫らした冒険者が食堂の隅で小さくなってたのがびっくり。


「おかえりカルラ。あんたの事周りから色々聞いたよ。頑張ってたんだねェ」


 お袋さんが両の拳に血を付けたまんま、凄い優しい目付きでカルラと話してる。それを見たら、カルラの声を聞いてるんじゃ無くて、唇の動きを見てなんて言ってるか理解してるみたいだ。


 お袋さんに褒められて嬉しそうなカルラだったけど、魔法鞄からエビ獲りジョンさんから貰った巨大なエビの足をお袋さんに渡してた。


「あら。キングロブスターの足じゃないか。こりゃ焼いてかぶりつけば最高に美味いよ」


 なんと、焼いても最高に美味いのか……


「ライルがエビのオジサンに貰ったんだ。茹でてあげてよ」


 やっぱり、唇の動きを見て言葉を理解してるんだな。視線が口元に行ってるもん。


「ライル君。焼きで良いかい? 茹でても美味いけど、ガツンとエビを堪能するなら焼く方がオススメだよ。ジョンは何時も茹でて食えって言うんだが、ワシは焼いて食うのが美味いと思うぞ」


 どっちも食いたいなって思った……


「どっちも食べたいって顔してる」


 何故かカルラは俺の表情を読むのが上手い。なんでわかるのか凄く不思議だ。


「それなら半分ずつ分けて、両方作ろうかね。汁でも吸いながら待っててくんさいや」


 朝から食べたキングロブスターの足。

茹でたのも焼いたのも、甲乙付け難いくらいに美味かった。


「明日は別行動な。俺はちょっとクルトさん達の所で勉強してくる」


「おお、ライルも海の仕事をするんだね。でも船酔いとかしない?」


 それを言われると……


「船に乗った事が無いから全くわからん。船酔いってキツイのか?」


 呆れ顔で渡された試験管。


「船酔いの薬が入ってるから、気持ち悪くなる前に飲んで」


 代金を払おうとしたら、パーティーの経費から引いておくって言われた。


 因みに、パーティーで稼いだ金はカルラに管理して貰ってる。今の俺は小遣い制。


 ハンセンが知ったら、なんて言われるんだろ……


 きっと尻に敷かれてるとか言われて、カユカユ魔法で仕返しするんだろうなって思ったら、なんか急に笑えて来た。







 

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