第5話 同期のエリート社員

 週明けの月曜日。朝から満員の通勤電車に揺られて、オフィスへ出勤する。


 その日のお昼休み、琢磨は社員食堂でAランチの生姜焼き定食を食べながら、向かい側に座る同期で大学の同輩である岡田おかだに、金曜日の一件を話していた。


「ほぉー、つまりドライブ先で出会った見知らぬ女の子と、なし崩し的に毎週二人でドライブデートすることになったと……よかったじゃねーか、夜のお供が見つかって」


 岡田は、にやにやしながら注文したぶっかけうどんをずるずる啜る。


「そんなんじゃねぇんだって、向こうが一方的に頼み込んできたっていうか、強引に丸め込まれたって感じで、岡田が期待するような展開にはならん」


 琢磨は岡田が想像しているようなことをきっぱりと否定して、生姜焼きを頬張る。

 岡田はうどんを飲み込んでから、水の入ったコップを手に持った。


「でも、お前だって一人でドライブするのに飽きていたのは事実だろ?」

「それはまあ……そうだけど」

「ならよかったじゃねぇか。せいぜい、誘拐犯と間違われないように気を付けることだな」

「お前な……そういうこと言うのはやめてくれ。心臓に悪い」

「ははっ、冗談だって。まあ、向こうから誘ってきたわけだし、お互い合意の上なら問題ないだろ。今どきの女子大生は、年上の社会人彼氏を作る機会も増えているらしいからな、もしかしたらワンチャンあるかもな」

「バカ、俺の眼中にあるのは、網香先輩だけだ」


 本当にそういう関係ではない。

 相原由奈あいはらゆなは、東京湾のPAで出会った女子大生で、なし崩し的にドライブ彼女という謎の関係になっただけ。

 琢磨は彼女のことをそれ以外何も知らないし、興味もはたからない。


「相変わらずだねぇー。にしても、網香先輩好きを拗らせて、アプローチの一つも出来ずにいるお前が、他の女の子とドライブの約束を取り付けるとは驚いたぜ。てっきり俺は、網香先輩を次のドライブデートに誘うものだと思ってたぞ」


 生姜焼きを飲み込んでから、琢磨は岡田に鋭い視線を向ける。


「そりゃ俺だって、次にドライブデートに誘うなら網香先輩だと思ってたよ。けど、まさかこんな展開になるなんて予想だもしてなかった」

「まっ、お前の変わった趣味に付き合ってくれる奴なんてそうそういないわけだし、保険が見つかってよかったじゃねーか」


 岡田はそう言って、手に持っていたコップの水を飲み干した。


「保険て、お前な……」


 琢磨が今恋焦がれている女性は網香先輩であって、由奈はただドライブ中に出会った摩訶不思議な女の子ってだけ。

 保険とか以前に、突然であった女の子に恋愛感情など抱くはずもない。

 琢磨の心情など知る由もなく、岡田はコップを机に置くと、ふと思い出したように違う話題を切り出した。


「そう言えば先週のリーダー会議で聞いたぞ、お前がプロジェクトリーダーに推薦された話。網香さんから聞いたか?」

「あぁ……聞いたよ」


 岡田は、同期の中でもいち早くリーダーに昇進した出世街道まっしぐらのエリート社員だ。

 琢磨をプロジェクトリーダーにする話は、プロジェクトリーダーである岡田の耳にも届いていたらしい。


「これでついに、お前もプロジェクトリーダーの仲間入りだな。昇進おめでとさん!」


 岡田は悪気のない笑顔で琢磨の肩を叩いて祝福する。

 しかし、琢磨の表情は晴れやかでない。


「そのことなんだけど……断ろうと思ってるんだ、プロジェクトリーダー」

「はっ!? なんで!?」


 岡田が今日一デカイ声を食堂に響き渡らせた。

 辺りが静まり返り、琢磨と岡田へ突き刺さるような視線が注がれる。


「バカ、声がでけぇ」

「す、すまん……」


 岡田は琢磨に顔を近づけて、ヒソヒソ話をするように声のボリュームを下げて話を続けた。


「でもどうしてだよ!? こんなチャンス滅多いないぞ」

「それは、まあ……今日色々あったんだよ……」


 琢磨は、今日朝起こった出来事を、岡田に語り始めた。

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