第4話 ドライブ彼女!?②

 唐突に放たれた由奈の言葉に、琢磨は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「だから、私が琢磨さんのドライブに毎度付き合ってあげる!」

「……はい?」


 琢磨の思考が完全にフリーズした。

 ぽかんと呆けて、思わず助手席の由奈を見つめてしまう。


「ちょっと、運転中だよ! 前見て、前!」

「お、おう、悪い」


 琢磨は慌てて前を向き、運転に集中し直す。


「えっと……なんの話だっけ?」


 琢磨は、もう一度仕切り直すようにして由奈に聞き返した。


「だから、一人寂しい琢磨さんために、私がドライブにお供してあげるって話。助手席に座って、色々悩みとか相談に乗ってあげるの!」


 琢磨は冷静になって考えた。

 うん、全くもって意味が分からない。


「いやっ、俺達今さっき会ったばかりじゃねーか。よくそんな突拍子もない提案できるな」


 呆れを通り越して、感心すら覚えてしまう。


「だって、一人ドライブなんてもったいないもん! ドライブはもっとこう、会話や雰囲気を楽しまなきゃだし!」

「別に同情ならいらねぇよ。一人でも十分にドライブは楽しめる」


 そう言って、琢磨はカーオーディオを片手で操作して、ラジオの音楽番組を流す。

 カーオーディオから最新の流行曲が流れてきて、車内に賑やかな音色が響く。

 琢磨は音楽のビートを刻むように、首を上下に軽く振って見せる。


「ほらな、一人でも歌ったりして楽しめるだろ? だから、同情でお供されるくらいなら一人の方がましだ」

「別に、同情してるわけじゃない。ただ、一人よりも二人の方が絶対楽しいからってだけで……」

「それを同情っていうんだよ」

「同情じゃない!!」


 すると、由奈は強い口調で声を張り上げた。

 由奈の威勢に、琢磨は思わず狼狽えてしまう。

 さすがの由奈も自分の大声に驚いたのか、はっと口元を抑え、反省したようにしゅんと俯いた。


「わ、悪い、俺も言い方が悪かった」

「いえっ、私の方こそごめんなさい……ちょっとむきになり過ぎました」


 話は途切れ、カーオーディオから流れる音楽だけが車内を支配する。

 しばらく走ると、海底トンネルを抜け、車は首都高速湾岸線へと入った。


「でも本当に、私はそういうのもありなのかなって思う」


 沈黙を破るように、由奈が言葉を続けた。


「琢磨さんが行きたいところに、毎回私がついて行くって感じでいいからさ。私と一緒にドライブしてみませんか?」


 由奈が琢磨を見つめて懇願してきているのが横目で確認できる。

 今の彼女に、同情の色は全く見えない。

 むしろ、彼女の方が一緒にドライブをして欲しいというような目で訴えてきているように思える。


「毎回横浜駅に迎えに来てもらう形にはなっちゃうけど、それ以外は琢磨さんの自由にしていいからさ。ダメかな?」


 躊躇いつつも頼み込んでくる由奈。

 由奈の目に先ほどのようなふざけた様子は見られない。

 どうして、彼女がそんなに頼み込んでくるのか、琢磨には分からなかった。


「どうしてだ? 別に俺じゃなくてもいいだろ」

「……なんか、カッコイイから」

「は?」


 ぽそっと呟いた由奈の台詞に、琢磨は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「だから、言葉で伝えるのは難しいけど、一人で悲しむことなく自由にドライブを楽しむ琢磨さんが、ちょっとカッコいいって思えたの!」


 余計に訳が分からない。


「さっきは一人より二人の方が楽しいとか言ってたじゃねーか」


 手のひら返しとはまさにこのことである。


「それは、嘘も方便と言いますか……えへへっ」


 照れたように頭を掻く由奈。

 琢磨は由奈の反応を見て、呆れてしまった。


「結局、由奈は何がしたいわけ?」


 彼女の奥底が見えないことに対し、琢磨は少し恐怖心を感じつつあった


「ごめん、本当はただ私が寂しいだけ。だから、毎週金曜日だけでいい、一緒にドライブしてほしいの」


 すると、由奈は諦めたように自分の気持ちを打ち明けた。


「つまり……由奈は話し相手が欲しいってことか?」

「うん、そういうこと」


 声のトーンから見ても、本当のことを言っているようだった。

 車は間もなく、横浜の観光名所であるベイブリッチへと差し掛かろうとしている。

 琢磨は一瞬チラっと由奈の顔を見て、すぐに前を見据えてため息を吐いた。


「俺、そんなにロマンチックなところ行かないぞ。それでもいいのか?」

「うん、私はただ琢磨さんの都合のいい話し相手だと思ってくれればいいよ。連れて行ってくれる場所に関しては文句言わない。着いてから不満は漏らすかもだけど」

「それ、文句と変わらないよね?」


 琢磨は減らず口を叩きつつも、心の中では由奈の提案に結構乗り気な自分がいた。

 それはおそらく、いずれ誘おうと思っていたあの人のことを思って由奈を練習代わりに利用しようと目論んでいるすさんだ心なのか?

 それとも、夜のドライブに仕事を一切忘れて話せる同席者がいてくれることに対する安心感から来ているのか?

 はたまた、そのどちらなのかは分からない。

 ただ、今確実に言えることは、由奈と夜のドライブデートをすることに対して、やぶさかではないということ。


「わかった。なら毎週、由奈を俺の助手席に乗せてやる」


 琢磨が偉そうに言うと、由奈はにやりと笑む。


「あー、今カッコつけた」

「うるせぇ」


 由奈はけらけらと笑みを浮かべて、琢磨の顔を覗き込んでくる。


「それじゃあ、私は琢磨さんのドライブ彼女ってことでいいかな?」

「はぁ!?  ドライブ彼女!?」

「そう、ドライブ限定で一緒にいるからドライブ彼女! いいでしょ?」


 いや、全然よくはないんだけども、由奈が喜んでいるならいいか。


「わかった。じゃあ今日からお前は俺のドライブ彼女な!」

「うん! これからよろしくね、琢磨さん!」

「おう」


 由奈の嬉しそうな視線が突き刺さり、少し恥じらうように視線を逸らすと、見えたのは煌びやかに彩られた横浜みなとみらいの街並みだった。

 あの街の中で二人デートをする男女よりも、こうして夜の首都高に車を走らせ、二人どこへ行くでもなく旅をするのも、悪くないのかもしれない。


 琢磨はこうして、東京湾の真ん中で突如出会った謎の女子大生由奈と、毎週ドライブ彼女として同席してもらう約束を取り付けた。

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