第92話 新入社員

触れずとも開く扉にも慣れてきた。

背の高いビルの中に足を踏み入れ、顔面蒼白の受付に話しかける。


「署長呼んで」


「も、もう……呼んでます」


「…………そう、みたいだな」


エレベータの到着音。

中に入っている者の溢れんばかりの闘志。

扉が開くと同時に、距離を偽るような速度で距離を詰め殴り掛かってきた。

いつものように片手で軽く受け止め、冷めた目で見つめる。


「なぁ、これもうやめたら?いちいち面倒」


「ただのじゃれ合いだ、流してくれ。それよりも、お前のそれを直してほしいんだが」


初潮と呼ばれたスーツ姿のガタイの良い男は、ギルティがここまで引き摺ってきた巨大な生首を指差す。

断面から流れ出た血がビルの綺麗な床に血の跡を残していた。


「死んだ犯罪者の登録の為に、わざわざ首を持ってきてるんだから別にいいだろ?」


「扱いが雑過ぎる。それに公共の場を汚すな。布で包むなり箱に入れるなり方法はあるだろう?」


「だったら君が出向いたらどう?その方が、僕も君も楽が出来る」


持ってこなくて済む分楽。

怒らなくて済む分楽だが、出向かなくてはならない分面倒。


「……………………駄目だ。持ってくるところまでお前の仕事だ」


長い熟考の末に甘やかすなという結論に行きついた。


「そう、まぁいいや。取り敢えず依頼にあった奴、全く同じ肉体でもない限り間違いはない」


そう言ってギルティは生首をそのまま渡した。


「じゃあ渡したから。確認はそっちでしておいて」


白髪赤目の少年は、自然で静かな足どりで帰っていった。


「…………大丈夫ですか、署長?」


ため息を吐く男に受付の女性が声を掛ける。


「署長ではなくアストライアと呼べ。あれのせいで呼ばれると苛立つようになったからな」


「わかりました、それで…………」


「あぁ、大丈夫ではない。まったく、あれの世話役はココのはずだろう、なぜ俺がこんなことを…………」


殺し屋ギルティはこの街になじんできていた。

今じゃ誰もが知る最強にして最も自由な男であった。

なにせこの街の秩序と言われるアストライアを前に自由を崩さずにいるだけの胆力とそれを可能にする実力を持っていたから。




「…………君誰?」


仕事を終えギルドの拠点へと戻る。

しかし誰もいないはずの暗い拠点には受付机に座る誰かがいた。


「貴方が最強と名高いギルティですね?私はソルト、面接に来まし――――——⁉」


言い終えるよりも早くソルトの身体が崩れ落ちる。

腕が、脚が、胴体も、バラバラにされ地面に落ちた。

ギルティの手には黒いナイフが握られており、冷たく興味のないような瞳で床に転がるソルトを見ていた。


「首に違和感があった。多分切っても意味がない」


殺し屋ギルドに入ろうというのだから相応の実力があると踏み、死ななかったら採用しようと首を切ろうとしてナイフを触れさせたが、その瞬間にこの首を切っても死なないことを理解した。

そして殺すのをやめ、相手の力をきちんと測ろうと真面目に試験を行った結果がこのバラバラの身体であった。


「バラバラになっても生きてれば直せる。違う?」


ギルティの言葉にソルトは苦笑いを浮かべて、ゆっくりと糸のようなものを伸ばしながら首に繋げ直していった。

その様子を眺めてギルティは頷く。


「合格。君は今日から試験官だ。そこの部屋を自由に使うといい。受ける子がいなかったら実質仕事なしの楽な仕事だ、好きにしてればいい」


指を差した先にあるのは何も置いていない四角い部屋。

そんな部屋がいくらか悩んでいるがそのうちの一つをまるまるソルトに渡した。


「こちらからスカウトするのはよろしいでしょうか?」


「相手は?」


「貴方と同じように異常を発した後に現れる者です」


ソルトはただ一人別の世界から現れたギルティに気付いていた。

だからこそ、それが一回で終わるものではない事にも気付いていた。

この世界には、他にもギルティの様な別の世界の住人が現れる。

そして現れた誰かを、現れる誰かの出現位置を、調整する術を身に着けていた。

上手くいくかはわからない、それでも。


「好きにしろと僕は言った」


試す価値はある。

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