記憶の無い殺し屋編
第89話 魔王死す
屋敷にて本を読み漁っていた昼下がり、それは突如起きた。
「アマデウス様‼」
壁際に立っていたジンが焦りを隠すことなく声を上げた。
「神に見つかりました‼」
呼ばれた時点で先の言葉は理解していた。
本を置きイザヤとフレイを呼びに動こうと立ち上がる。
「今すぐ逃げる。
視界の端でジンが何かに弾かれる。
「完全に捉えられてます。もう、逃げられない」
異世界への逃走経路は潰された。
居場所はばれ、逃げることはできない。
残されたのは神と戦う道だけ。
「ここで戦うのはあまりに無意味。我が時間を稼ぐ故貴様らは門の開ける場所まで逃げよ」
ここで殺したところで神々は復活する。
かといって戦うにしても分の悪い相手。
だったら一人が耐えて他を逃がし後につなげる方がまだ良い。
「それは駄目だ」
部屋に入ってきたイザヤとフレイがアマデウスの言葉を否定する。
「貴方に俺らが託すのは良い。だが、俺らに貴方が託すのは駄目だ」
「確かに私も、こいつも、神を殺したいとそう思っている。けれど、その道を示した貴方を踏み台にしていく気など毛頭ありません」
嫌い合う二人はやはり同族であった。
もしも誰かを犠牲にしなければ前に進めないというのなら、進んで自分が犠牲となる。
神へ復讐を誓いながら、遠回りであると知りながらも、神から人を守護するのだから。
「ならば我ら四人で迎え撃つ。よいな?」
「ああ‼」「はい‼」「わかりました」
それぞれの返事を聞き、覚悟が決まる。
時期尚早の神との戦い。
アマデウスは闇を真上に放った。
破壊される屋敷。
空は光り地上は焼ける。
神ゼウスの雷霆であった。
「久しいなゼウス。殺されに来たか?」
「貴様は、世界に不要である」
暗い暗い空を照らす稲光。
闇に呑まれ返されるそれを、ゼウスは全て相殺した。
「闇よ、全てを呑み込め」
地面を覆う闇が、天高くにいるゼウスに波のように迫った。
闇は全てを呑む、それは神でさえも。
だがしかし、闇は無数の光に掻き消された。
雲の奥から放たれた無数の攻撃。
雲が晴れその攻撃の主が姿を現す。
数多の神々が、そこにはいた。
「随分な大所帯じゃないかゼウス。そんなにも我が怖いか」
ここにいるのは一騎打ちであれば神を打ち倒せる程度の者達。
無論神を除きこれ程の強者は他にいないが、何十何百何千という神々が出張るような相手ではない。
完全な過剰戦力。
全知全能たるゼウスらしからぬ戦い方であった。
「フレイ、いけるか?」
「誰にものを言っている」
これがどれほどに無謀で絶望的な状況かは理解できている。
嫌い合っていながらも、互いを心配しての言葉であった。
「先陣は」
「「俺達が切る‼」」
炎を纏うフレイが、羽を羽ばたかせたイザヤが、今高速で飛び立ち突如出現した闇に呑み込まれた。
その瞬間にジンは理解する。
アマデウスを最も見ていたから。
たとえ別の世界の者であったとしても、彼に全てを託したその男は紛れもなくアマデウスであったから。
「我が闇の中であれば神々も邪魔は出来ん。二人を頼んだ、ジン」
彼は答えなど聞いていない。
ただ、覚悟を決めろとそう言っただけ。
最強は今死ぬ、その屍を超えて、いつか時の果てで神を殺せと、自分ではない誰かに未来を託した。
闇に呑まれる最後の瞬間に見た王は、優しく微笑んでいた。
「世界の敵よ、我が配下が逃げ切るまで付き合ってもらおうか」
獰猛に笑うアマデウスだが、それは紛れもなく無謀な戦いであった。
マグマが地上を埋め尽くし、隕石が空から降り注ぐ。
時折時間が飛ぶような感覚と共に体の一部が消失する。
浄化の光に身体を灼かれ意地だけで立っている一人の魔王は、未だその瞳に復讐の炎を燃やしながら獰猛に笑う。
ガクリと膝を落とすも地面に膝を付けることはせずに踏ん張り、うなだれるようにしながら力を振り絞る。
「喰らっていけ。全部全部、貴様らのものだ」
掠れた声でそう言うと、最後の力で全てを放った。
マグマの下に広がる闇が今までの攻撃その全てを吐き出す。
神すら殺す一人の魔人へ向けて神々が放った攻撃が自分たちに牙を剥く。
多くが死んだ。
神に並んだ男を殺すべく放った攻撃は、神さえ殺した。
だが、全てを殺すことは出来なかった。
ぼやけた視界の中、天に浮く影を前に口にする。
「お前らが作った最低最悪の失敗作に、お前らは負けんだ。悪いなとは言わない、自業自得だ」
掠れた声で、死が近づき魔王の在り方を捨て、ただ一人の魔人、アマデウスとして口にしたのは、負け惜しみにも聞こえる逃走成功の言葉だった。
この日、史上最も神を殺した最強の魔王は死んだ。
意地だけで持っていた身体は、雷霆に貫かれ、その命を終えた。
「ついに死んだかアマデウス」
ここは死後の世界。
球体の内に収められたアマデウスの死体を、巨大な男は眺め呟いた。
「クロノス、残念だがお前の託した男はゼウスに殺された。希望はここで潰えたぞ」
たとえ先代神々の王であるクロノスであっても、ゼウスとの敵対は死を意味する。
故に人間に神殺しを託した。
だが結局、人間は人間で神に勝つことなど出来なかったのだ。
「神々の暴走を止められずすまなかったアマデウス。次の生はどうか平穏な日常を…………」
アマデウスを平和な世界で平穏な日常を過ごせるよう転生させようとしたとき、突如として男の操作を受け付けなくなった。
「…………ヴィシュヌ、お前一体何をした?」
死んだアマデウスの肉体を包み込んでいるのは消えたはずのヴィシュヌの力。
アマデウスの内に潜んでいたその力が、男の意思とは関係なしにアマデウスを転生させた。
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