第73話 英雄となった少年
街を見た。
国を見た。
世界を見た。
旅をしながら人を救う日々の中でいつしか少年は英雄となっていた。
老爺との約束を破ったわけではない。
少年はただ手の届くものを救っていただけ。
ただ今までの英雄と違い、目に写る全てを救うことが出来てしまえるほどに強かっただけなのだ。
「ねぇ、俺を雇ってくんない?」
ローブを身に纏いフードを深く被り人相を隠す少年は世界で最も多くの信者を有する宗教団体、その総本山ともいえる国に、街に、大聖堂にいた。
「子供ながらになんと信心深い」
「そうじゃなくて。あんたら求めてるんでしょ?英雄をさ」
「ここは子供の遊び場ではありませんよ?」
受付の男の目が、対応が変わった。
「世界中の情報がここに集まってる。何かを救うには都合がいい。英雄様囲ってあんたらは信者を獲得する。良い関係だよね」
「何が目的だ?」
「ああいいんだ。どうせあんたに言っても意味無いってわかってた。もっと上の連中じゃないと信用ならない」
信頼ならないのは上も下も一緒だけど。
少年は建物の外に出るとローブの内から鎖を出し壁を昇っていく。
そして空いている窓を見つけると中へ侵入した。
鎖に天井を這わせ周りの振動から位置を特定する。
目的の人物のいる部屋を見つけると建物内を駆け抜けた。
静かに、気付かれないように、それでいて速度を落とさず。
出来るだけ止まらず視界から外れるように動いていく。
そして扉の前まで辿り着いた。
「さて、どんなのが出てくるのやら」
ノックもせずに部屋に入ると、一人の老爺が椅子に座りこちらに視線をやった。
ローブを外すと少年は不敵に笑う。
「ねぇ、俺を雇う気はある?」
「此度の英雄は随分と面白い奴の用じゃな。いや、精神がまだ幼いと言うべきかのう」
少しイラっとするが、これが腹の探り合いであることを理解すると老爺に対する警戒心を一気に上げた。
「英雄ってのは御免だね。俺に世界を救う気はない。救えるなら救うけど救えそうにないからね。俺は俺の目的のためにあんたらを利用する。その代わりあんたらの客寄せに使われてあげる」
「世界を救う気もないのに英雄としての立場に就こうというのか?」
「世界を救う気なんてないに決まってる。だってあんたら全員殺さないと救えないんだもん」
鎖に呑まれた際に見た過去の英雄の記憶を整理して辿り着いた結論を口にした。
それを口に出来てしまえるような人間だから少年は思うのだ、英雄はなんて馬鹿なんだろうと。
どう考えたって世界を救うには人をたくさん殺さなくてはならなくて、それ以外の方法をお願いだ誰か見つけてくれと次へと託し続けてきた。
世界を救えなかった英雄という烙印を護った人々に押されて死んでいく。
そりゃお爺ちゃんも英雄なんてって言うよ。
だって英雄は今の今までない方法を探して駄目な奴って指差されてるんだから。
「……以前、お前と同じこと言う男がいた」
「その男がどうしたの?」
「責務から逃げた愚か者だと、それだけだ」
「そう…………ならあんたに見る目はないね」
薄く笑うと少年は部屋を出て行く。
「交渉は?」
「無論決裂だよ。そもそも嫌いなんだよね、神とかさ」
勢いよく扉を閉じ、窓から外へ飛び降りた。
少年のいなくなった部屋、影から一人の執事が現れる。
「どういたしましょう?」
「必要なのはあの鎖の特異性だけだ。あの少年は殺しても構わない」
「御意に」
執事は敬礼するとそのまま消えていった。
「おじさん、一泊させてくれない?」
少年は机に座ると宿の店主にフードの下の顔をちらりと見せる。
「お金はないけど……宣伝にはなるよ」
「タイミングは?」
「明日出て行く前に」
「それでいい。部屋は階段上って一番奥だ」
鍵を受け取り借りた部屋のベッドに飛び込んだ。
仰向けに寝転びながら笑う。
「さて、どう動くのかな」
太陽は落ち夜が来る。
人も街も眠りにつく。
少年もまた、ベッドの上で目を瞑る。
部屋の中に広がる鎖。
窓を、ドアを、誰も立ち入ることを許さない。
「大丈夫だよみんな。俺が必ずみんなの未練を晴らすから」
鎖に包まれ眠る少年の言葉を聞く者は誰もいない。
鎖の隙間から日が差し込む。
朝が来た。
仕度を済ませ部屋を出て階段を降りる。
そこには朝食を食べる他の客の姿があった。
まぁこれくらいいれば問題ないか。
フードを外そうとしたその時、燕尾服を着た一人の男が剣を向けてきた。
無視をしてそのままフードを外す。
「…………さぁ皆さんご注目‼私の名はセバスチャン・ミカエリス。君らが持て囃す英雄だ。そしてそんな私が泊まったこの宿を、今後ともよろしく‼」
静かな朝の街に響き渡る少年の声。
この場にいる者はもとより近隣住民もこの声を聞いたことだろう。
人相を隠さないと街を歩けない程に広まっている英雄の姿。
誰もが知っているその姿が、今この場で皆の目に焼き付いた。
そして、剣を握る男は英雄に斬りかかった。
軽々と避けて宿の外まで飛び出す。
「まったく。いきなりとはひどいじゃないか」
英雄には笑みを浮かべるだけの余裕がある。
もはや鎖を出す必要もないほどの余裕が。
「お前が英雄であったのは昨日まで。今日からその役目は私に交代だ」
剣を構え地面を蹴る。
勢いよく距離を詰める男を、英雄はただ一蹴りで沈めた。
「自称英雄、その程度か?」
「そんなわけが……あるかァァァア‼」
男は剣を投げつけた。
当然の如く受け止められる剣。
しかし男の狙いは別にあった。
男の足元の影が蠢く。
影は伸び、しなやかでありながら槍のように固く尖り、囲うようにして英雄を狙う。
英雄が狙うはただ一点、男までの最短距離を中央突破。
影の攻撃を掻い潜り、男の胸に触れる。
耳元で幼くも背筋を震わせる声が聞こえた。
「悪魔祓い」
瞬間固く尖った影は地面に落ち、薄れ消えていった。
「これがあの爺さんが求めた、異能無効化だけに留まらず異能を縛ることの出来る鎖の力だ」
旅の中でミカは鎖の力を検証していた。
誰かを救うために戦闘だけでなく瓦礫の除去などでも。
無論モンスターとの戦いでも、野党との戦いでも、検証に検証を重ね理解した。
この鎖は持ち主の異能以外の全てを消す。
ミカの異能はモノのサイズを変えるというもので、異能を無効化する鎖は最強の武具へと変貌した。
しかしそれを抜きにしても、ミカは自身の辿る道がいかに険しいものかを理解していたために研鑽を積んだ。
圧倒的なセンスに任せて無作為に世界中の武術を吸収し続け誕生したのが歴代最強の英雄であった。
「じゃあ、俺は旅を続けるから。まぁ、怒られるだろうけどめげないで頑張って」
ミカは見物客を飛び越え街の外まで駆けて行った。
…………しかしどうしたものか。
あそこの上層連中なら会う方法とか知ってるかと思ったんだが。
せっかく修行も終わって目的のために動けるようになったのに一番最初でつまずくか。
「そこの少年」
突然声を掛けられピクリと肩を震わせる。
フードで顔は見えていないはず。
子供の背格好で性別を中てることも出来ないはず。
何故少年と呼ばれたのかに戸惑う。
「私の旅についてきませんか?」
声だけでは性別がわからない。
幻想的なその声に、ミカは振り返った。
そこにいたのは、声を超えるほどに幻想的な、おおよそ人とは感じられない存在であった。
咄嗟に鎖を出すミカにその者は微笑む。
「私はサティーしがない旅人です」
敵意はない。
かといって警戒しないわけにもいかない。
「俺が誰かは?」
「先の騒動を見ていたので知っていますよ」
「随分と足が速いんだな」
「貴方に置いて行かれない位には」
発言から、ついてこないかと提案しておきながら置いて行こうとしてもついていくと隠す気も無しにそう伝えてきた。
「わかった、好きにすればいい。俺も何処に行くか決めて無かったからね。誰かに付いて行くだけなのは気が楽だ」
「ああ、でしたらそれはすみません。貴方を誘うことしか考えていなくて行先を決めていませんでした」
「…………わかった。もうお前いいよ、置いてく」
「ああ待ってください。貴方と旅をということしか考えていなかったのは事実なんですからぁ」
墓場で手にした目的への近道は閉ざされたが、遠回りをしてでも目指さなければならない。
それが少年があの日誓った、あの日追いかけた憧れだから。
サティーと名乗る旅人と共に、今再び世界を巡る旅に出る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます